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14 爆破犯

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「これはどういうことだ……」劉が震える声で言った。濡れた瞳も震えている。まともに吹きこむ海風がオールバックの髪を乱した。「また君は私を裏ぎったのか」
 祀鶴歌が後退りする。
「一度は君を助けた。だが君の罪は重すぎる。やがて白日のもとにさらされてひどい罰を受けることになる。そうなる前に私は君と海の底で死のうとしたのだ。しかし君はどうしても生きたいと願った。そこで君を生かすために私は自分の全てを犠牲にしようと決めた。そのかわり私と生きる約束をさせたね――君だって私なら犯罪を揉みけす力があると考えたのだろう? 罰から逃れようとして私の申し出を受けいれたのだろう?」
 祀鶴歌ははじめは微かに,そして最後にしっかりと首を横に振った。
「それはないだろう。今更なかったことにはさせない」劉が近づこうとするなり,祀鶴歌は叫んだ。「覚えていない! 本当に覚えていないんだ!」頭を両手でかかえこむ。「でも絶対していない! 飛行機爆破などしていない!」
「もうよそう,祀鶴歌――爆破を未然に防ごうとした部下が刺されて死んだ。彼が言い残しているのさ。通信機から指令を受ける際に犯人は祀鶴歌と呼ばれていたと」
 祀鶴歌がぶるっと身震いした。
「祀鶴歌――」劉がゆっくり歩みよる。
「来ないでくれよ!」髪の毛を搔きむしる。「どうして絵空事ばかり並べるの!」
「絵空事などではない。航空機爆破犯は祀鶴歌という名の女だと,この耳で確かに聞いた。そう部下からしっかり聞いたんだよ」
「祀鶴歌……という名の女……」呼吸を乱し,おおいかぶさる髪の隙間から憑かれたみたいな目をあげた。「では違います。犯人ではありません」
 劉が悲しげな表情をして相手を労わるように頷いた。それに促されたみたいに何かをのみこんで祀鶴歌は一息に言った。「ごめんなさい。隠していたけれど女の人ではありません。僕は男です」
「分かっていたよ」劉が大きく踏みこんで有無を言わさず祀鶴歌を抱きよせた。「出会った瞬間から私には何もかも分かっていた――任務の遂行のために女に扮していたのだろう。誰もが騙されたのだろうね。だが私は騙されなかった。ありのままの君を愛し,一緒に落ちていこうと決めた。君は疾うに気づいていたはずだ――私が君を男として見ていることを。そして男の君を愛する私を,君は今朝受けいれようとしてくれたのではないのかい?」
 祀鶴歌が劉の胸に顔を埋めて泣きだした。「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ああ,祀鶴歌――かわいそうな祀鶴歌――君をどうしたら守ることができるのだろう――どうか謝らないでおくれ――」
「……ごめんなさい……本当にごめんなさい……でもあなたとはいられない。さようなら,アレクサンドロフ」
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