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15 きれいな人
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祀鶴歌が劉の首筋を突いた。劉の体が崩れおち,祀鶴歌にかかえられる。劉をフロアに寝かせて,すり足で後退してから祀鶴歌は窓外を見渡した。
「凪だ――絶好のチャンスだ」ダイビングスーツを投げて渡し,挑戦的な目色を見せた。
「あんた,誰よ?」
「俺か? 祀鶴歌に決まってる」
「そりゃそうだろうけど,いつもの祀鶴歌じゃないよね。もしかして,あんたがメインの祀鶴歌の眠ってるうちに飛行機爆破した奴なの?」
「そんなことするかよ。それよか出発の支度をしてくれ。時間がねぇ」
「あんたたちなんて信用できない――飛行機爆破の犯人についてくなんて,ありえない」
「残れば間違いなく拷問されて死ぬぞ」反論できない説得力があった。「つべこべ言わずに俺と来い。後ろをむいててやるから早く着がえなよ」と屈伸運動をはじめる。メインの祀鶴歌とくらべて随分強気なタイプだ。
ダイビングスーツを着ながら聞いた。「ねえ,メインの祀鶴歌のことだけど?」
「俺らを統合してる第一祀鶴歌のこと?」
「うん――彼がアレクサンドロフを殺したんじゃないよね?」
「第一祀鶴歌も,俺らの誰も,殺しちゃいねぇよ。アレクサンドロフは第一祀鶴歌に捨てられて自殺したんだ。けど第一祀鶴歌は善の塊だからよ,彼を追いこんだ自分のことがよっぽど許せなかったんだろう。彼を殺したのは自分だって思いこんで警察に自首しちまった」
着がえを終えて,強気な祀鶴歌に近づいた。
「祀鶴歌の人格のなかでは俺しか知らねぇ事実だし,俺がそれは違うぜって説得してみても,あいつの心には届かねぇ。また機会があったらよ,未琴からもそれとなしに話してみてくれよ。あいつ,未琴の言うことなら聞くかもしんねぇから」
呼びすてすんな,図々しい奴め……まあ,厚かましい性格はメインの祀鶴歌も同じか。
海を見おろすと足がすくんだ。背中を優しく撫でられる。メインの祀鶴歌でも強気の祀鶴歌でも犬の祀鶴歌でも関係ない。祀鶴歌のなかの誰が出てこようとも,あたしに危害を加える存在はいない。それが全てだ――
祀鶴歌と抱きあって海に飛びこんだ。
きっと強気な祀鶴歌の言うように,彼はアレクサンドロフを殺してはいないのだ。祀鶴歌はそういうきれいな人間だ。だとすれば彼の主張どおり航空機の爆破とも無関係なのかもしれない。
何故かしら物悲しさにとらわれた。彼が爆破犯であればいいのにとさえ思ってしまう。2人がかけ離れた遠い存在になってしまうみたいな感覚に襲われて,眼前の体にしがみつく。わきたつ水泡を突きやぶり,全身を力強くうねらせながら,祀鶴歌は海面へと躍りでた。黒雲にのまれて月は見えない。
「凪だ――絶好のチャンスだ」ダイビングスーツを投げて渡し,挑戦的な目色を見せた。
「あんた,誰よ?」
「俺か? 祀鶴歌に決まってる」
「そりゃそうだろうけど,いつもの祀鶴歌じゃないよね。もしかして,あんたがメインの祀鶴歌の眠ってるうちに飛行機爆破した奴なの?」
「そんなことするかよ。それよか出発の支度をしてくれ。時間がねぇ」
「あんたたちなんて信用できない――飛行機爆破の犯人についてくなんて,ありえない」
「残れば間違いなく拷問されて死ぬぞ」反論できない説得力があった。「つべこべ言わずに俺と来い。後ろをむいててやるから早く着がえなよ」と屈伸運動をはじめる。メインの祀鶴歌とくらべて随分強気なタイプだ。
ダイビングスーツを着ながら聞いた。「ねえ,メインの祀鶴歌のことだけど?」
「俺らを統合してる第一祀鶴歌のこと?」
「うん――彼がアレクサンドロフを殺したんじゃないよね?」
「第一祀鶴歌も,俺らの誰も,殺しちゃいねぇよ。アレクサンドロフは第一祀鶴歌に捨てられて自殺したんだ。けど第一祀鶴歌は善の塊だからよ,彼を追いこんだ自分のことがよっぽど許せなかったんだろう。彼を殺したのは自分だって思いこんで警察に自首しちまった」
着がえを終えて,強気な祀鶴歌に近づいた。
「祀鶴歌の人格のなかでは俺しか知らねぇ事実だし,俺がそれは違うぜって説得してみても,あいつの心には届かねぇ。また機会があったらよ,未琴からもそれとなしに話してみてくれよ。あいつ,未琴の言うことなら聞くかもしんねぇから」
呼びすてすんな,図々しい奴め……まあ,厚かましい性格はメインの祀鶴歌も同じか。
海を見おろすと足がすくんだ。背中を優しく撫でられる。メインの祀鶴歌でも強気の祀鶴歌でも犬の祀鶴歌でも関係ない。祀鶴歌のなかの誰が出てこようとも,あたしに危害を加える存在はいない。それが全てだ――
祀鶴歌と抱きあって海に飛びこんだ。
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何故かしら物悲しさにとらわれた。彼が爆破犯であればいいのにとさえ思ってしまう。2人がかけ離れた遠い存在になってしまうみたいな感覚に襲われて,眼前の体にしがみつく。わきたつ水泡を突きやぶり,全身を力強くうねらせながら,祀鶴歌は海面へと躍りでた。黒雲にのまれて月は見えない。
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