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16 必ず日本に帰れ
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ボートの上に押しあげられた。
昨日海に落ちたときには感じなかったが,今日はひどく水の冷たさがこたえた。がたがた震えがとまらない。両腕でつつみこまれた。メインの人格の彼が戻ってきたようだ。
不満をぶつけるみたいにその胸に頭をこすりつけた。胸もとが妙にごわごわしている。祀鶴歌はダイビングスーツの内側からあたしのスニーカーをひっぱりだし,足に履かせてから,自分も誰かのおさがりのジョギングシューズを履いた。
海面を何かが走りぬけた。光線だ。クルーザーから照射される無数の光線が縦横無尽に海面を駆けめぐる。
祀鶴歌の合図でボートに這いつくばった。強烈な光線が突きささる。大声があがった。何を言っているのか分からない。だが粗暴で不穏な雰囲気だ。全ての光線が一斉に集中する。大海の一角に白昼の空間が幻出された。
「見つかったな」そう呟いて祀鶴歌はエンジンをかけた。急旋回して方向転換すると一気に加速する。体を船外へもっていかれそうになり,祀鶴歌に支えられる。「しっかりつかまって」
周囲が俄に騒然となる。聞き間違いかもしれない――種々の声が飛びかうなかに日本語の怒号の響いた気がする。
列をなして浮かぶボートの連なりを滑り抜ける。同時に担いだボンベをおろし,ダイビングスーツのジッパーをおろすと,ガスバーナーをとりだし,ボンベのベルト部分に着火するなり,長い睫毛も動かさぬまま後方へ投げすてる。
一艇が火をふき,付近のボートを巻きこみながら炎上していく。次々と飛び火して別のボートに引火しつつ連続爆発が起きた。
「あんたはやっぱ爆破犯よ」
「ボートの爆破さ――飛行機は僕じゃない」スピードをあげる。
祀鶴歌に抱きついた。
夜よりも濃い黒煙を切りさき,燃えあがる炎の間隙を縫いながら数艇のボートが現れた。後を追ってくる――
背を丸めて祀鶴歌もスピードを最速にあげた。
眼前の風よけに一つ二つと穴があく。破片が飛びちる。
「伏せろ!」不快な軋みを発して大きな亀裂が生じ,風よけが垂直に砕けおちた。鋭い衝撃音が襲来し,船内のあちこちに陥没をつくりながら金属質の粒塊が足もとにたまっていく。これって――
「銃弾だよ」
「あいつら,あたしらを殺そうとしてる」
「同感だね」
急激にスピードが落ちた。何かを測定する計器の針がゼロへとむかっている。祀鶴歌を見あげた。
「燃料タンクを駄目にされた」そう言って顎を拭う。「未琴ちゃん――君はこれまでどおりの君でいい。クールな方法を貫くといい」
「何よ,こんなときに! 何が言いたいの!」
「僕なら大丈夫だと思うのさ。アレクサンドロフに教わったことを活かせば,なんとかなる」
「わけ分かんないわよ……」涙が溢れでた。「何言ってんの……」
エンジンが途切れ,船が動きをとめた。後は波のなすがままだ。
祀鶴歌に両肩をつかまれた。「僕のことはいい――自分のことだけ考えて必ず日本に帰れ。それが僕の本望なんだ」
「真実を教えてあげる」うまく喋れない。声を振りしぼった。「あんたはアレクサンドロフを殺してなんかない。彼は自殺だったのよ」
ふっと祀鶴歌が笑う。「もう1人の僕が言ったんだね――鼻っ柱の強い男だったろう。勝負心はあっていいが,とかく嘘つきなのさ。平気で人の心を弄ぶ,残酷なところがあっていけない」
追っ手のボートに包囲されて銃口を突きつけられる。ライフル銃を構えているのは劉だった。
昨日海に落ちたときには感じなかったが,今日はひどく水の冷たさがこたえた。がたがた震えがとまらない。両腕でつつみこまれた。メインの人格の彼が戻ってきたようだ。
不満をぶつけるみたいにその胸に頭をこすりつけた。胸もとが妙にごわごわしている。祀鶴歌はダイビングスーツの内側からあたしのスニーカーをひっぱりだし,足に履かせてから,自分も誰かのおさがりのジョギングシューズを履いた。
海面を何かが走りぬけた。光線だ。クルーザーから照射される無数の光線が縦横無尽に海面を駆けめぐる。
祀鶴歌の合図でボートに這いつくばった。強烈な光線が突きささる。大声があがった。何を言っているのか分からない。だが粗暴で不穏な雰囲気だ。全ての光線が一斉に集中する。大海の一角に白昼の空間が幻出された。
「見つかったな」そう呟いて祀鶴歌はエンジンをかけた。急旋回して方向転換すると一気に加速する。体を船外へもっていかれそうになり,祀鶴歌に支えられる。「しっかりつかまって」
周囲が俄に騒然となる。聞き間違いかもしれない――種々の声が飛びかうなかに日本語の怒号の響いた気がする。
列をなして浮かぶボートの連なりを滑り抜ける。同時に担いだボンベをおろし,ダイビングスーツのジッパーをおろすと,ガスバーナーをとりだし,ボンベのベルト部分に着火するなり,長い睫毛も動かさぬまま後方へ投げすてる。
一艇が火をふき,付近のボートを巻きこみながら炎上していく。次々と飛び火して別のボートに引火しつつ連続爆発が起きた。
「あんたはやっぱ爆破犯よ」
「ボートの爆破さ――飛行機は僕じゃない」スピードをあげる。
祀鶴歌に抱きついた。
夜よりも濃い黒煙を切りさき,燃えあがる炎の間隙を縫いながら数艇のボートが現れた。後を追ってくる――
背を丸めて祀鶴歌もスピードを最速にあげた。
眼前の風よけに一つ二つと穴があく。破片が飛びちる。
「伏せろ!」不快な軋みを発して大きな亀裂が生じ,風よけが垂直に砕けおちた。鋭い衝撃音が襲来し,船内のあちこちに陥没をつくりながら金属質の粒塊が足もとにたまっていく。これって――
「銃弾だよ」
「あいつら,あたしらを殺そうとしてる」
「同感だね」
急激にスピードが落ちた。何かを測定する計器の針がゼロへとむかっている。祀鶴歌を見あげた。
「燃料タンクを駄目にされた」そう言って顎を拭う。「未琴ちゃん――君はこれまでどおりの君でいい。クールな方法を貫くといい」
「何よ,こんなときに! 何が言いたいの!」
「僕なら大丈夫だと思うのさ。アレクサンドロフに教わったことを活かせば,なんとかなる」
「わけ分かんないわよ……」涙が溢れでた。「何言ってんの……」
エンジンが途切れ,船が動きをとめた。後は波のなすがままだ。
祀鶴歌に両肩をつかまれた。「僕のことはいい――自分のことだけ考えて必ず日本に帰れ。それが僕の本望なんだ」
「真実を教えてあげる」うまく喋れない。声を振りしぼった。「あんたはアレクサンドロフを殺してなんかない。彼は自殺だったのよ」
ふっと祀鶴歌が笑う。「もう1人の僕が言ったんだね――鼻っ柱の強い男だったろう。勝負心はあっていいが,とかく嘘つきなのさ。平気で人の心を弄ぶ,残酷なところがあっていけない」
追っ手のボートに包囲されて銃口を突きつけられる。ライフル銃を構えているのは劉だった。
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