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18 超沸点
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「坊ちゃま――」あたしのそばに立っている,白鬚を蓄えた老人が1歩踏みだす。
劉が銃口を老人にむけた。「どうして誰もが私たちの邪魔をするのだ? 孤独のなかでようやく見つけた伴侶なのだ!」
「もうやめてくだせえ! そんなことをなさいますと,旦那さまも,亡くなった奥さまも,お悲しみになりますで!」
「邪魔だてするなと言っている!」劉が発砲した。老人は弾けとんで,息絶えた。
「真造爺さん!」イーチン姿の男がかけよって老人を抱きおこす。「何てひどいことを!」涙を流しながら劉を見あげた。「70年もお家に仕えた爺さんを!――副社長の養育係まで務めた爺さんを!――あんただって世話になったじゃないか!」
男の眉間が撃ちぬかれた。そのままばたりと後ろに倒れる。
ほかのイーチン集団が身構えようとするのを蜜瑠が制止した。
「おっしゃるとおりにしましょう。航空機爆破犯はあなたにお任せします。あなたにとって邪魔な娘は僕が預かります」蜜瑠に肩をつかまれ,必死に抵抗する。
「行け,未琴ちゃん――」汗まみれの蒼い顔で,祀鶴歌が強く言った。「お願いだから早く――」
「さあ,来い――」蜜瑠はあたしを無理やり祀鶴歌からひきはなし,別のボートに乗せた。蜜瑠が逃げださないように腕をつかもうとするのを,発狂したみたいに拒絶した。
「触れないであげて! 彼女は病気です」祀鶴歌が声をかけた。
至る部分を搔きむしる少女の異様な行為を認め,蜜瑠は距離を置いた。
目のあった祀鶴歌が微笑を返す。何よ,自分のほうが重症の病気なくせに――。涙に滲む視界のむこうで,劉が腰を屈め,強引に祀鶴歌を自分のほうへとむかせた。
悔し涙がとまらない。あたしがもっと強ければこんな思いをしなくて済むのに……
かつて父が10歳にも満たない娘をよその男に売った後,母が同じ言葉を呟いた。母も今のあたしのような思いを抱いていたのだろうか。そして祀鶴歌はあの日のあたしと同じように絶望と憎悪を宿しているのだろうか。それならあたしがしたように復讐すればいい。あたしが母にしたようにいっそあたしを殺せばいい――
だけど祀鶴歌は絶対そうしない。祀鶴歌はあたしと違うからだ。彼は自分を犠牲にしても他人の幸せを願っている。汚されたとしても決して汚れない美しさをもっている。だからこそ誰もが彼を好きになる。彼のなかの真実の美しさを求めようとするのだ。
「もう泣くな。彼のことは諦めたほうがいい」蜜瑠が言った。「一旦欲しいと思えば是が非でも手にいれる――そんな海滋に魅いられたんだ。彼は一生奴隷さ」
ボートの群れがクルーザーの停泊する方角へと戻りはじめた。
祀鶴歌と劉の乗るボートは群れから遅れ,まだ動きださないでいる。そしてどんどん後方に遠のいてすぐに見えなくなってしまった。
「彼のことより自分の身の安全を考えるべきだ。当局の取り調べは甘くないぞ。幸い生存者は海滋と君たち2人だけだ。目撃者はほかにいない。事件に加担しているにせよ,徹底的に関与を否定して彼1人の責任にしてしまえばいい」
この世は汚い奴ばかり! どいつもこいつも消えてなくなれ!
――突如波濤が縦に躍りあがった。爆風に巻きこまれる。先を疾走するボートが転覆し,自分も海に投げだされている。
爆裂音が耳を劈き,身を溶かすような熱風が押しよせる。ひっくりかえったボートにつかまり,クルーザーの立て続けに火をふくありさまを目のあたりにした――
劉が銃口を老人にむけた。「どうして誰もが私たちの邪魔をするのだ? 孤独のなかでようやく見つけた伴侶なのだ!」
「もうやめてくだせえ! そんなことをなさいますと,旦那さまも,亡くなった奥さまも,お悲しみになりますで!」
「邪魔だてするなと言っている!」劉が発砲した。老人は弾けとんで,息絶えた。
「真造爺さん!」イーチン姿の男がかけよって老人を抱きおこす。「何てひどいことを!」涙を流しながら劉を見あげた。「70年もお家に仕えた爺さんを!――副社長の養育係まで務めた爺さんを!――あんただって世話になったじゃないか!」
男の眉間が撃ちぬかれた。そのままばたりと後ろに倒れる。
ほかのイーチン集団が身構えようとするのを蜜瑠が制止した。
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「行け,未琴ちゃん――」汗まみれの蒼い顔で,祀鶴歌が強く言った。「お願いだから早く――」
「さあ,来い――」蜜瑠はあたしを無理やり祀鶴歌からひきはなし,別のボートに乗せた。蜜瑠が逃げださないように腕をつかもうとするのを,発狂したみたいに拒絶した。
「触れないであげて! 彼女は病気です」祀鶴歌が声をかけた。
至る部分を搔きむしる少女の異様な行為を認め,蜜瑠は距離を置いた。
目のあった祀鶴歌が微笑を返す。何よ,自分のほうが重症の病気なくせに――。涙に滲む視界のむこうで,劉が腰を屈め,強引に祀鶴歌を自分のほうへとむかせた。
悔し涙がとまらない。あたしがもっと強ければこんな思いをしなくて済むのに……
かつて父が10歳にも満たない娘をよその男に売った後,母が同じ言葉を呟いた。母も今のあたしのような思いを抱いていたのだろうか。そして祀鶴歌はあの日のあたしと同じように絶望と憎悪を宿しているのだろうか。それならあたしがしたように復讐すればいい。あたしが母にしたようにいっそあたしを殺せばいい――
だけど祀鶴歌は絶対そうしない。祀鶴歌はあたしと違うからだ。彼は自分を犠牲にしても他人の幸せを願っている。汚されたとしても決して汚れない美しさをもっている。だからこそ誰もが彼を好きになる。彼のなかの真実の美しさを求めようとするのだ。
「もう泣くな。彼のことは諦めたほうがいい」蜜瑠が言った。「一旦欲しいと思えば是が非でも手にいれる――そんな海滋に魅いられたんだ。彼は一生奴隷さ」
ボートの群れがクルーザーの停泊する方角へと戻りはじめた。
祀鶴歌と劉の乗るボートは群れから遅れ,まだ動きださないでいる。そしてどんどん後方に遠のいてすぐに見えなくなってしまった。
「彼のことより自分の身の安全を考えるべきだ。当局の取り調べは甘くないぞ。幸い生存者は海滋と君たち2人だけだ。目撃者はほかにいない。事件に加担しているにせよ,徹底的に関与を否定して彼1人の責任にしてしまえばいい」
この世は汚い奴ばかり! どいつもこいつも消えてなくなれ!
――突如波濤が縦に躍りあがった。爆風に巻きこまれる。先を疾走するボートが転覆し,自分も海に投げだされている。
爆裂音が耳を劈き,身を溶かすような熱風が押しよせる。ひっくりかえったボートにつかまり,クルーザーの立て続けに火をふくありさまを目のあたりにした――
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