祀鶴歌――明日をつかみとれ！――

19 火炎

「どうした！　何が起きた！」蜜瑠が立ち泳ぎしながら声を荒げる。
「爆破犯のボートにつけた火が，クルーザーに引火したようです」逆さまのボートを正常に戻しながら男が答えた。それを手伝う仲間の男があたしを睨んだ。「１度は消しとめていたのに再度発火した！――」
「なかにいた社員たちは？」蜜瑠の問いかけに返事をする者はなかった。
　蜜瑠がボートに乗りこみ，暴れるあたしを捕まえ，有無を言わさずひきあげる。繰りかえす爆発のたびに火災の勢力が増し，すっとのびた炎の舌先に男たちが絡めとられた。クルーザーが沈みはじめ，万物が渦を巻きながら海中にのまれていく――
「脱出するぞ！」蜜瑠がエンジンをかけると，憔悴しきった同乗する１人が慌てて運転をかわった。もう１人の男が後方のボートに声をかける。数艇のボートが沈没するクルーザーに背をむけて走りだした。
　海風が鋭い声を発しながら，炎の息を刺激した。全世界を壊滅させそうな爆発が繰りかえし，火炎の化け物がのびあがり追ってくる。その触手をかいくぐり，しけはじめた海を進むうちに一つ二つとボートが消える。
　唯一並走していたボートが火の手につかまり，即座に爆裂する。蜜瑠が操縦席に立つ男の背後から舵を切り，危機一髪船体を避難させた。
　爆発で海に落ちた男たちが助けを求めている。蜜瑠が救助の指令を出すが，部下の１人が定員オーバーで同乗させられないと訴える。もう１人の部下があたしを海に捨ててほかの誰かを救ってやろうとまくしたてた。生存者は全員救出すると告げて，蜜瑠は溺れかける男たちを１人ずつひきあげた。
　８人を乗せた燃料ぎれのボートが荒海の暗闇を木の葉のように漂流していた。
　折からさしこむ雲間の月光が，ごつごつとした岩肌の露出される小さな陸地を，数百メートル先に浮かびあがらせた。
　同乗の誰かが無人島だと言った。潮の流れに全てを委ね，ボートは時間をかけて島へと近づいた。