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24 シズカ
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「松平の島?」あたしは女役人に尋ねた。
「ここは動く日本の領土――松平の島だ。そう,諜報候補生の間では万平埜島とか呼ばれていたっけ。どうでもいい――」と手をさしのべる。
その手をとって立ちあがる。
「よろしく。諜報庁長官の松平シズカだ」そう言うなり,あたしの腕をねじりあげ,投げとばした。
アスファルトで顔面をすり,頰から流血した。
「油断は禁物だ。始終神経を研ぎすましていないとね」
松平シズカ?……あたしは痛みのひかない腕を押さえて身構えた。「シズカですって……あんた,もしかして――もしかして,あんたが航空機爆破犯のシズカなの!」
「いかにも私は航空機を爆破する予定だった。しかし邪魔が入って計画は失敗しかけた。ところが,どうしたことか――航空機は自然発火したんだ。米国の要人を見事に暗殺することができたよ」
「冗談じゃないわ! あんたのせいで祀鶴歌は無実の罪を着せられてひどい目に遭ったのよ!」
「祀鶴歌?……ああ,おまえと一緒に来るはずだった候補生のことか。あの子は逸材だった。ロシアの一級スパイに育てられた子だからね。それに病気を逆手にとって完璧な任務を遂行できる諜報員になっただろう。人格の1人に仕事をさせて,その人格を殺してしまう。正常に戻ったときには何も覚えちゃいないのさ。どんなに拷問されたってゲロ一つ吐けやしない」下腹から絞りあげるみたいな声で笑う。
「ふざけんな! 人のことを,なんだと思ってんの!」
「落ちついて――」憐れむような表情を見せる。「私も貴重な人材を失って心から失望してる。だがあの子は落第だ。ここに辿りつく試験にパスできなかったんだから。不合格者には諜報員になる素質はない」
「試験? 諜報員? さっきから何よ――わけ分かんない!」
「おまえたち犯罪者は諜報庁に買われたのさ。航空機爆破を搔いくぐり,松平の島に上陸できれば試験は合格。合格者は諜報員として育成する――どう? 理解できたかい?」
「分かんないわよ! 全然分かんない! なんで,あたしたちが諜報員なんかにならなきゃなんないのよ!」
「罪を償うためさ。望まないなら逃げだせばいい。ただ逃げられたらの話だけど」不敵な笑みを浮かべる。「もっとも逃げだしたところで何処へ行く? 何処へ逃げたとしても世間は冷たいよ。むしろ国家に守られて生きるほうが,おまえにとっちゃ幸せだと思うがね。それに諜報機関に所属してれば,犯した罪の真実も分かってくるかもしれないよ」女と目があった。「母親を殺したときのこと,おまえ自身が何も分かってないというじゃないか。火災の原因はまだ解明できてないそうだね」
「あたしには素質なんてないし……」
松平がむきなおった。
「諜報員になる素質なんてない――だって,ここに来られたのも祀鶴歌や色んな人を犠牲にしたから,できたことだもん。自分じゃ何もできない人間が諜報員なんかになれるはずない」
「それが素質なのさ」松平がきっぱり言った。「他人を犠牲にしてでも必ず本国に帰る――最も大事な素質だ。さあ,今から,おまえは諜報候補生だ。そしてやがてはシズカになる」
「シズカになる?」
「そう,日本の諜報員はみなシズカと呼ばれてる。おまえもシズカとして生まれかわればいい」そう告げて手をさしのべる。「一緒に行こう」
手をとりかけて身をひいた。それでいいと松平が笑ってから先に立って歩きはじめた。
「待って! 約束したわよね!」
「約束?」
「島に辿りついたら願い事を一つだけ叶えてやるって――確かに約束したはずよ」
振りかえり,不快を露わにする。「がめつい子だ――何が欲しい? 金かい? 洋服かい?」
あたしは海のむこうを指さした。「無人島があるの。そこに祀鶴歌がいる――救出してよ!」
松平は返事をせず,再び歩きだした。
「嘘つき! 約束したでしょ!――そうだ,祀鶴歌だけじゃない! ほかにも生存者がいるのよ! 大中華エアラインの御曹司も生き残ってる! 劉は航空機爆破の秘密を知ってるわ! いいの? 放っておいて!」
松平が背をむけたまま片手をあげた。「おいで――作戦会議をひらくから」
彼女を追った。絶対に助けてみせる!――シズカに生まれかわり,祀鶴歌をとりもどす!
白い大型の鳥が甲板擦れすれに飛んで海上へと抜けていく。鳥のフォルムを砕く波濤のぶつかりが強風に煽られ,飛沫を浴びせる。霧雨に気づき,頭上を見あげれば大粒の雨へとかわった。
松平に声をかけられる。
黒雲のわく天の下で空母が静かに動きはじめた。(終)
「ここは動く日本の領土――松平の島だ。そう,諜報候補生の間では万平埜島とか呼ばれていたっけ。どうでもいい――」と手をさしのべる。
その手をとって立ちあがる。
「よろしく。諜報庁長官の松平シズカだ」そう言うなり,あたしの腕をねじりあげ,投げとばした。
アスファルトで顔面をすり,頰から流血した。
「油断は禁物だ。始終神経を研ぎすましていないとね」
松平シズカ?……あたしは痛みのひかない腕を押さえて身構えた。「シズカですって……あんた,もしかして――もしかして,あんたが航空機爆破犯のシズカなの!」
「いかにも私は航空機を爆破する予定だった。しかし邪魔が入って計画は失敗しかけた。ところが,どうしたことか――航空機は自然発火したんだ。米国の要人を見事に暗殺することができたよ」
「冗談じゃないわ! あんたのせいで祀鶴歌は無実の罪を着せられてひどい目に遭ったのよ!」
「祀鶴歌?……ああ,おまえと一緒に来るはずだった候補生のことか。あの子は逸材だった。ロシアの一級スパイに育てられた子だからね。それに病気を逆手にとって完璧な任務を遂行できる諜報員になっただろう。人格の1人に仕事をさせて,その人格を殺してしまう。正常に戻ったときには何も覚えちゃいないのさ。どんなに拷問されたってゲロ一つ吐けやしない」下腹から絞りあげるみたいな声で笑う。
「ふざけんな! 人のことを,なんだと思ってんの!」
「落ちついて――」憐れむような表情を見せる。「私も貴重な人材を失って心から失望してる。だがあの子は落第だ。ここに辿りつく試験にパスできなかったんだから。不合格者には諜報員になる素質はない」
「試験? 諜報員? さっきから何よ――わけ分かんない!」
「おまえたち犯罪者は諜報庁に買われたのさ。航空機爆破を搔いくぐり,松平の島に上陸できれば試験は合格。合格者は諜報員として育成する――どう? 理解できたかい?」
「分かんないわよ! 全然分かんない! なんで,あたしたちが諜報員なんかにならなきゃなんないのよ!」
「罪を償うためさ。望まないなら逃げだせばいい。ただ逃げられたらの話だけど」不敵な笑みを浮かべる。「もっとも逃げだしたところで何処へ行く? 何処へ逃げたとしても世間は冷たいよ。むしろ国家に守られて生きるほうが,おまえにとっちゃ幸せだと思うがね。それに諜報機関に所属してれば,犯した罪の真実も分かってくるかもしれないよ」女と目があった。「母親を殺したときのこと,おまえ自身が何も分かってないというじゃないか。火災の原因はまだ解明できてないそうだね」
「あたしには素質なんてないし……」
松平がむきなおった。
「諜報員になる素質なんてない――だって,ここに来られたのも祀鶴歌や色んな人を犠牲にしたから,できたことだもん。自分じゃ何もできない人間が諜報員なんかになれるはずない」
「それが素質なのさ」松平がきっぱり言った。「他人を犠牲にしてでも必ず本国に帰る――最も大事な素質だ。さあ,今から,おまえは諜報候補生だ。そしてやがてはシズカになる」
「シズカになる?」
「そう,日本の諜報員はみなシズカと呼ばれてる。おまえもシズカとして生まれかわればいい」そう告げて手をさしのべる。「一緒に行こう」
手をとりかけて身をひいた。それでいいと松平が笑ってから先に立って歩きはじめた。
「待って! 約束したわよね!」
「約束?」
「島に辿りついたら願い事を一つだけ叶えてやるって――確かに約束したはずよ」
振りかえり,不快を露わにする。「がめつい子だ――何が欲しい? 金かい? 洋服かい?」
あたしは海のむこうを指さした。「無人島があるの。そこに祀鶴歌がいる――救出してよ!」
松平は返事をせず,再び歩きだした。
「嘘つき! 約束したでしょ!――そうだ,祀鶴歌だけじゃない! ほかにも生存者がいるのよ! 大中華エアラインの御曹司も生き残ってる! 劉は航空機爆破の秘密を知ってるわ! いいの? 放っておいて!」
松平が背をむけたまま片手をあげた。「おいで――作戦会議をひらくから」
彼女を追った。絶対に助けてみせる!――シズカに生まれかわり,祀鶴歌をとりもどす!
白い大型の鳥が甲板擦れすれに飛んで海上へと抜けていく。鳥のフォルムを砕く波濤のぶつかりが強風に煽られ,飛沫を浴びせる。霧雨に気づき,頭上を見あげれば大粒の雨へとかわった。
松平に声をかけられる。
黒雲のわく天の下で空母が静かに動きはじめた。(終)
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