デッフェでお逢いしましょう――デッフェコレクション1――

せとかぜ染鞠

文字の大きさ
7 / 13

7 噓

しおりを挟む
 雲母に会うのが先だと言われた。だが一刻も早く巣沼のもとへ行きたかった。十字路佇み駅付近の時間ぎめ駐車場に到着したとき,ついに伽藍堂は口調を荒くした。
「俺がおまえに金を払ってやってんだ。社長の俺の命令にスタッフのおまえは従え」
「分かりました。社長とスタッフの関係を解消していただいて構いません――では僕はもう行きます」
「はぁ?!――おい! ちょっと待て! おい,斎薔薇!――」
 吹きぬけの小さな待合前に2台のパトカーが横づけして,改札口で警官が3人の男女から事情を聞いていた。
 僕は立ちどまった。だが,改札むこうのホームにビニールシートをかけられた薄い何かのあることに気づき,ゆっくり近づいていく。
 シートは風に飛ばされないように長方形の短辺二つに金属製のゴミ箱が置かれていた。ゴミ箱をずらしてシートのなかを覗きみる。
 頭部だけは目だった損傷がない。「へ」の字にかたく曲がる薄紫の唇が甚だ無念そうだ。
「大迷惑だよ――列車は停められるは,片づけはさせられるはで,てんやわんやさ」ゴム手袋をはめた駅員が線路からあがって改札の方向へ歩いていく。
「待ってください」
 億劫そうに駅員が立ちどまる。
「まだ――たくさん残っているではありませんか」線路に飛びちる肉片や内臓の一部を見た。
「ええっ!――」不満と嫌悪の色を露骨に表す。「もう勘弁してよ! あとは警察に任せて,ホースの水でちゃちゃっと――」
 線路におりて巣沼の生きた痕跡を搔きあつめた。
「ちょ,ちょっと……君,御遺族の方?……これ,使います?」駅員がゴム手袋をはずし,差しだす。こちらの感情が顔に出たのか,おずおずと手をひっこめた。
 目視で確認できる骨や身は残らず拾った。両手をあわせ両眼を閉じる。「身命を賭してお誓い申しあげます。あなたさまの穢れを頂戴いたします」魂を浄化する祈りを捧げた。
 待ちかねた警察が遺体を運びさった。
「おい――」伽藍堂が洗面所に行ってから駅員室へ来いと声をかけた。
 待合とガラス張りの隔てで仕きられた駅員室には,伽藍堂のそばで,泣いて化粧崩れした雲母が複数の警官と駅員に囲まれて座っていた。
 伽藍堂に手渡されたスマホを見れば,ユーチューブチャンネルが再生されている。既に1億PVをこえている。
「はーい,久々の生配信――ということでぇ,今日はぁこの十字路佇み駅からお送りしていまっす。この駅は市の中央部にもそこそこ近くってぇ,近くにお洒落なケーキ屋さんとか画廊とかもあったりするんだけどぉ――けど何故だか乗客が少ない! 駅がなくなっちゃうんじゃないかなんて心配してる住民もいっぱいいるみたいでっす。そこで十字路佇み駅が生きのこるべく活路ってやつを――ちょっと! 何すんのよ! やめて! きゃああぁぁー!」
 画面が乱れ,映像が途切れた。
「貢義が突然襲いかかってきて揉みあいになったけど,やってないよぉ!」雲母が涙声で訴えた。「――あたしは突きおとしてなんかない! 貢義が自分で落ちたんだって!」
「ずっと,やってないの一点張りだけど,見てた人がいるんだよ――3人も」警官の1人が困り顔で言った。
「でも本当にやってないもん! 噓なんかついてない!」
「混乱してて,知らないうちに突きおとしちゃったんじゃない?」別の警官が優しく聞いた。
「違うってば!――」足を踏みならす。 
 警察側の説明によれば,雲母に突きとばされてホームから転落した巣沼を,十字路佇み駅を通過する特急列車が轢いたという。一部始終を見ていた目撃者3人が口を揃えてユーチューバーの星雲母が被害者を押したと証言している。
 雲母が必死に抵抗するも警察署への連行は回避できなかった。その後,勾留・起訴が決まったが,伽藍堂の紹介した弁護士が保釈を勝ちとり,雲母の身体拘束は解除された。
 事件に関する雲母自身の弁明を期待する世間の声が数多あまたあがっていた。彼女の生配信をチェックしようとする視聴者のアクセスが集中し,トラブルの発生するサイトもあった。
 保釈された翌日に今からデッフェにむかうという電話が入ったきり,雲母との連絡はつかなくなった。警察に相談するや否や「雲母,失踪!」という文字がテレビやインターネットを駆けめぐり,あらぬ噂も飛びかった。空港や駅や港湾地帯に厳重な捜査網が張られ,警察は逃亡の阻止に躍起になっていた。
 デッフェでも雲母の探索に着手した。
 ゴミ捨て場の片隅で2人組の警官に軽くあしらわれている老人を目にした。
「おい,フラフラはなれんなよ――」伽藍堂が立ちどまっている僕を急かした。
「はーい,はい――今度ゆっくり話を聞かせてよ」警官たちが手を振って通りすぎていく。「噓八百ジイサンの相手してる時間はねぇっつうの」声を低めもせずに言って高笑いする。
 僕は老人に近づいていった。
「おい,斎薔薇!――」伽藍堂も後ろからついてきた。
「警察に何を話したのですか?」
 頰の削げた皺塗れの顔面が輝いた。「見ただよ! あのがつれさられんのを!」
「あの娘というのは――まさか,星雲母さんのことですか!」
「うんだ,その娘だ! ここでゴミを漁っとっただ。ほしたら,あの娘がパンをくれただ。金天街の大型テレビであの娘の事件はよくやっとったで,本人だなってすぐに知れただ。あんたもしんどいなってわしが言うたらば,おじいちゃんのほうが大変だって――ほいで2人で爆笑しただよ」
「それから?!――それから彼女はどうなりました?!」
「うんだ! 儂と別れてすぐだ――車がキキッーて停まっただ! でっけぇくっろい車だで! ほいでから男が2人出てきて,あの娘を車に無理やり乗っけてトンズラしただでよ!」
「2人の男のうち,1人はハンチングを被っていませんでしたか! 前びさしのある平たい黄土色の帽子です!」
「うんだ! うんだ! 鳥打ち帽子だでな! 昔,狩りをしとったときに被っとった帽子だで! 黄土色の鳥打ち帽子を被っとったで!」 
 老人に丁重に礼を述べてから,謝意を形で示してくれと伽藍堂へ頼んだ。
 伽藍堂が財布を上着の内ポケットにしまいながら不機嫌な声色を出す。「どうせ出鱈目だぜ――警官も言ってたろ。噓八百ジイサンだって」
「僕は噓だと思いません」
「何故そう言いきれる?」
「鳥打ち帽子の男を見ているからです」
「鳥打ち帽子の男?」
「そうです。僕は確かに見ました。鳥打ち帽子を被った男を――雲母さんのマンション前でも,十字路佇み駅でも。そして雲母さんを拉致した男の1人が,鳥打ち帽子を被っていたと,今のお年寄りも言っているのです」
「つまり?……」薄い二重の横広な両眼を細め,後方へ逆だつ大量の髪を搔いた。
「男はずっと以前から雲母さんを監視していたのです。十字路佇み駅でも警官に事情聴取される男を見ました。彼女が巣沼さんを突きとばしたという証言をした目撃者の1人は,紛れもなく鳥打ち帽子の男なのです。男は噓の証言をし,彼女を陥れようとしたのではないでしょうか」
「だったら目撃者のほかの2人もグルだってことになるじゃねぇか」
「目撃者の証言が噓で,雲母さんの言葉が真実であるならば,巣沼さんはどうして自ら命を絶ったのでしょうか」
「死んだ人間のことを今更言っても仕方ねぇよ。それよか,女を監視して陥れるようなヤバイ奴らに拉致された雲母が危ねぇ。陥れるだけじゃ事足りねぇから拉致ったんだろうよ――今度はるかもしんねぇぜ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...