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6 雪と花の夜
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「約束したよね――電話すると」
「東帝大学をやめても,別の大学で学問を続けたんだね」
一時の間が流れた。
「ほかにすることがなかったから。僕はスパイ活動の容疑をかけられて半ば追放されるように大学をやめた。君は人間関係に悩んでやめたと言っていたね」
「そう――私,難しい性格だから人とあわないんだ」
「教授に靡かなかったから嫌がらせを受けた」
「全部調査済みか」
「あいつを後悔させてやろう。僕が抹殺してあげる」
「心臓を抉りだして殺す?」
「僕の方法は違う。一生じわじわ苦しめてやるのさ。つまり社会的に抹殺してやる」
「つまらないことに時間を使うのはやめて」
「つまらないこと? 君をアンラッキーな気分にさせた相手さ。僕は許せない」
「本当にやめてよ。後味悪くてもっとアンラッキーになる――でもありがとう。親身になってくれて。どうしてそんなに優しくしてくれるの。境遇の似た者同士,1度話して励ましあっただけなのに」
「君は運命の人だから」
「……話が見えない」
「君は木札を拾ってくれたよね」
大学に退学届を出したあの日,吹き抜けの渡り廊下から日本庭園へ何かを投げようとするが,なかなか思いきれず,結局は自分の足もとにぽとりと小さな木片を落とす男を認めた。アクション映画の一齣から抜けだしたような,胸板が厚く長身で彫りの深い顔だちの男がちまちました行為をするありさまに,どん底の心境なのに噴きだした――
「笑っているの?」
「ごめん,何でもない」
「あれはね,僕のお守りなのさ。中国の村を発つとき,卜占師から貰ったものだ。彼は僕に告げた――木札が運命の人と巡り会わせてくれる。1度会ったきりなら天運に身を任せろ。再度会ったなら絶対にその人を逃すなと。10年もの間,木石のように心を凍らせて君を待ち続けた。そしてようやく再会することができたのさ。君を決して諦めない。運命の愛のためなら僕は何でもする――」
行き過ぎる人々がどよめいた。
あたりが真っ暗だ。街灯もネオンサインも尽く消えている。停電のようだ。
星明かり一つない天から牡丹雪が落ちた。はじめはゆっくり,次第に激しさを増しながら結晶と結晶とが結びあい,全てを浄化していく。白の世界に黒より濃い真紅のユラメキが大量に降り,気高い香りが押し寄せる。薔薇の花びらよ――歓喜のため息は連鎖して無数の時間を同一の異次元へと昇華させつつ降り頻る花弁と雪との綯い交ぜがただ街を埋め尽くした。
「禹錫――あんたはガウジじゃない」
「東帝大学をやめても,別の大学で学問を続けたんだね」
一時の間が流れた。
「ほかにすることがなかったから。僕はスパイ活動の容疑をかけられて半ば追放されるように大学をやめた。君は人間関係に悩んでやめたと言っていたね」
「そう――私,難しい性格だから人とあわないんだ」
「教授に靡かなかったから嫌がらせを受けた」
「全部調査済みか」
「あいつを後悔させてやろう。僕が抹殺してあげる」
「心臓を抉りだして殺す?」
「僕の方法は違う。一生じわじわ苦しめてやるのさ。つまり社会的に抹殺してやる」
「つまらないことに時間を使うのはやめて」
「つまらないこと? 君をアンラッキーな気分にさせた相手さ。僕は許せない」
「本当にやめてよ。後味悪くてもっとアンラッキーになる――でもありがとう。親身になってくれて。どうしてそんなに優しくしてくれるの。境遇の似た者同士,1度話して励ましあっただけなのに」
「君は運命の人だから」
「……話が見えない」
「君は木札を拾ってくれたよね」
大学に退学届を出したあの日,吹き抜けの渡り廊下から日本庭園へ何かを投げようとするが,なかなか思いきれず,結局は自分の足もとにぽとりと小さな木片を落とす男を認めた。アクション映画の一齣から抜けだしたような,胸板が厚く長身で彫りの深い顔だちの男がちまちました行為をするありさまに,どん底の心境なのに噴きだした――
「笑っているの?」
「ごめん,何でもない」
「あれはね,僕のお守りなのさ。中国の村を発つとき,卜占師から貰ったものだ。彼は僕に告げた――木札が運命の人と巡り会わせてくれる。1度会ったきりなら天運に身を任せろ。再度会ったなら絶対にその人を逃すなと。10年もの間,木石のように心を凍らせて君を待ち続けた。そしてようやく再会することができたのさ。君を決して諦めない。運命の愛のためなら僕は何でもする――」
行き過ぎる人々がどよめいた。
あたりが真っ暗だ。街灯もネオンサインも尽く消えている。停電のようだ。
星明かり一つない天から牡丹雪が落ちた。はじめはゆっくり,次第に激しさを増しながら結晶と結晶とが結びあい,全てを浄化していく。白の世界に黒より濃い真紅のユラメキが大量に降り,気高い香りが押し寄せる。薔薇の花びらよ――歓喜のため息は連鎖して無数の時間を同一の異次元へと昇華させつつ降り頻る花弁と雪との綯い交ぜがただ街を埋め尽くした。
「禹錫――あんたはガウジじゃない」
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