5 / 10
5 薔薇の道化師
しおりを挟む
私が家を出たのは人生で最悪の時期だった。一番の理解者である母を亡くし,大学を退学し,何をする気力も失っていた。それでもそばには2人がいてくれたから生きようと決めたのだ。あのときに貰った言葉は心に響いた。
「今あとを追ってもお母さまを悲しませるだけだ。そのときが来るまで何とか生きてみようよ」
そうだ,彼もちょうど母親と死別したばかりで,同じ境遇にある互いを慰めあったのだ……
ホストクラブで渡された薔薇の一輪が風にさらわれた――同じ境遇,母親と死別,彼――彼は一体誰? 観空でも聴蝶でもない。どうして,そんなことがありうるだろうか。でも,ああ,そうなのだろうか。そうなのかもしれない……
通りすがりの誰かとぶつかる。「ごめんなさい」
白塗りの顔面に桃色の丸い頰と墨色の薄い唇――道化師だ。クリスマスは過ぎたというのにサンタの格好をしている。もじもじと後ろに隠した両腕を出してみせれば,抱えきれないほどの薔薇の花束があらわれる。
「これ,私に?」
忙しげに瞬きしながら繰り返し頷く。
「ありがとう」花束を受けとれば,道化師は小躍りしながら雑踏のなかに消えた。身も心も熱くなる。
携帯の呼びだし音が響く。ジーンズのポケットに手をやって気づいた。携帯は家に置いてきたのだ。意識的にしたことだった。
呼びだし音が電話のベルから『エリーゼのために』の曲にかわる。花束のなかから曲が聞こえる。薔薇の花に埋もれて見知らぬ携帯が出てきた。道化師の消えた方角に目を走らせたが,それらしき人影はない。
携帯を耳にあてる。「ガウジ――あんただね」
「今あとを追ってもお母さまを悲しませるだけだ。そのときが来るまで何とか生きてみようよ」
そうだ,彼もちょうど母親と死別したばかりで,同じ境遇にある互いを慰めあったのだ……
ホストクラブで渡された薔薇の一輪が風にさらわれた――同じ境遇,母親と死別,彼――彼は一体誰? 観空でも聴蝶でもない。どうして,そんなことがありうるだろうか。でも,ああ,そうなのだろうか。そうなのかもしれない……
通りすがりの誰かとぶつかる。「ごめんなさい」
白塗りの顔面に桃色の丸い頰と墨色の薄い唇――道化師だ。クリスマスは過ぎたというのにサンタの格好をしている。もじもじと後ろに隠した両腕を出してみせれば,抱えきれないほどの薔薇の花束があらわれる。
「これ,私に?」
忙しげに瞬きしながら繰り返し頷く。
「ありがとう」花束を受けとれば,道化師は小躍りしながら雑踏のなかに消えた。身も心も熱くなる。
携帯の呼びだし音が響く。ジーンズのポケットに手をやって気づいた。携帯は家に置いてきたのだ。意識的にしたことだった。
呼びだし音が電話のベルから『エリーゼのために』の曲にかわる。花束のなかから曲が聞こえる。薔薇の花に埋もれて見知らぬ携帯が出てきた。道化師の消えた方角に目を走らせたが,それらしき人影はない。
携帯を耳にあてる。「ガウジ――あんただね」
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる