4 / 10
4 回顧
しおりを挟む
いつになく金回りがよかった。
調査を請け負った失踪者は結局ガウジの餌食となっていたが,それでも行方をつきとめてくれたのだからと遺族は相当の謝礼金を払ってくれた。それに加え,ガウジの本名をリークして警察からも褒美を貰った。
素直に喜べなかった。汚い金のように思えた。
観空の務めるホストクラブへ行ってボトルを何本も空ける。美少年やセクシーオジに誉めそやされ上機嫌に舞いあがる振りにも疲れ果てていた。
「今夜はおひらきだ――」白いスーツで装って神々しささえ覚える観空が隣に座る。ホストたちが異口同音に口惜しげな文句を並べたてテーブルから散っていく。
「生活費にとっておけよ」
「あんたに貢いでいるんだろうが。今月も売り上げ1位だ!――感謝しろ!」
「うっせえよ――どうせ金に困ったら,うちに転がりこむくせに」
「はーい,はい,感謝していますよ。毎度済みません。聴蝶ちゃんの卵焼きは最高! 観空ちゃんのお味噌汁も最高! あたいは2人がいなけりゃ生きていけません! 2人ともだ~い好きよ!」観空の肩に頭を押しつけた。
「結良――」真面目な声だった。「以前にも言ったけど,聴蝶には普通の結婚をして普通の家庭をもって普通に生きてほしいんだよ」
グラスを一気に呷り,ボトルに手をのばす。既に空だった。
「おまえにだって幸せになる権利はあるけど,どうにもしてやれねぇって言うかさ,つまり――」
「観空――」彼の言葉を遮った。「分かっているから。あんたの考えは正しい。そして私もあんたと同じ考えだ。更に言えば,あんたにだってもっと普通に生きてほしいよ」
「どういう意味だよ」
「そろそろ誰かを好きになっても彼女は許してくれるよ。それともまだ彼女を忘れられない? 私が彼女なら,あんたが素敵な女性と幸せになることを望むと思う」
絶望的な表情をする。
「悪い。余計なことを言ったね」
「あのとき決めたから――一生,彼女を背負ってくって」
「そうか,お互い切ないね」立ちあがる。
「結良――」
「何?」
「俺,さっきから何も見ないようにしてる――また,おまえの闇を見てしまいそうで――」
「何だ,今夜は殊勝じゃないか――そんなのらしくないよ」ボーイを呼びとめ,カードを渡す。ホストたちの見送ろうとするのを素に戻り真顔で固辞する。カードを受けとり,逃げるように歓楽街の通りへと出た。
「年が明けたら,おふくろさんの命日だろ。法事に行けよ」背後から言葉をかけられる。「戻ろうと思えば戻れる家が,おまえにはあるんだから」
4人の兄と姉は全てエリートで立派な家庭を築き,子供ももう大きい。片や末っ子の不良娘は4年も留年した大学を退学し,ニート生活を経て数年前に中年家出したきり幼馴染みを頼りつつ,やさぐれた生活を送っている。そうした状態だから,敷居が高く正面から家に出入りできる身分にない。ただ観空の言うように,自分が恥を忍び周囲に謙虚であれば,戻れない場所ではなかった。
しかし聴蝶と観空には今の居場所しかない。峰橋の実家には母親の違う兄弟や姉妹が大勢いるし,親族たちは昔から聴蝶と観空の味方ではなかった。祖父母や小姑たちは2人のことを「偽障害」などと嘲ったし,障害をもったばかりの観空が聴蝶をつれて家を出ると言った際,実の父親さえ安堵したような言動をした。
2人が実家を出て問題物件の襤褸アパートに住みはじめた夜,私は大量に買いこんだジャンクフードをもちこみ,朝まで歌い続けた。パーティーでもないのに……
パープルやピンクのネオンに染められながらスーツの色を七変化させる観空が店先に立っていた。群がるギャルたちの誘いを躱しつつ心配げな顔つきでこちらを見ている。
肩をいからせ胸前で両拳をふるわせてから,両手で屋根をつくり,そのなかに人差指をいれる――寒いから入れと手話で伝える。
手話を遊びで使うな――いつもならそう怒るのだ。しかし,むかいあわせた2本の人差指を回転させ,縦に並べた両手を前後に振ってから,甲を上むけて水平に置いた左手を右の手刀で切る――手話を覚えてくれてありがとう。
今夜の観空は変だ。背後から来る視線にいたたまれず,普段は使わない脇道に逸れた。
調査を請け負った失踪者は結局ガウジの餌食となっていたが,それでも行方をつきとめてくれたのだからと遺族は相当の謝礼金を払ってくれた。それに加え,ガウジの本名をリークして警察からも褒美を貰った。
素直に喜べなかった。汚い金のように思えた。
観空の務めるホストクラブへ行ってボトルを何本も空ける。美少年やセクシーオジに誉めそやされ上機嫌に舞いあがる振りにも疲れ果てていた。
「今夜はおひらきだ――」白いスーツで装って神々しささえ覚える観空が隣に座る。ホストたちが異口同音に口惜しげな文句を並べたてテーブルから散っていく。
「生活費にとっておけよ」
「あんたに貢いでいるんだろうが。今月も売り上げ1位だ!――感謝しろ!」
「うっせえよ――どうせ金に困ったら,うちに転がりこむくせに」
「はーい,はい,感謝していますよ。毎度済みません。聴蝶ちゃんの卵焼きは最高! 観空ちゃんのお味噌汁も最高! あたいは2人がいなけりゃ生きていけません! 2人ともだ~い好きよ!」観空の肩に頭を押しつけた。
「結良――」真面目な声だった。「以前にも言ったけど,聴蝶には普通の結婚をして普通の家庭をもって普通に生きてほしいんだよ」
グラスを一気に呷り,ボトルに手をのばす。既に空だった。
「おまえにだって幸せになる権利はあるけど,どうにもしてやれねぇって言うかさ,つまり――」
「観空――」彼の言葉を遮った。「分かっているから。あんたの考えは正しい。そして私もあんたと同じ考えだ。更に言えば,あんたにだってもっと普通に生きてほしいよ」
「どういう意味だよ」
「そろそろ誰かを好きになっても彼女は許してくれるよ。それともまだ彼女を忘れられない? 私が彼女なら,あんたが素敵な女性と幸せになることを望むと思う」
絶望的な表情をする。
「悪い。余計なことを言ったね」
「あのとき決めたから――一生,彼女を背負ってくって」
「そうか,お互い切ないね」立ちあがる。
「結良――」
「何?」
「俺,さっきから何も見ないようにしてる――また,おまえの闇を見てしまいそうで――」
「何だ,今夜は殊勝じゃないか――そんなのらしくないよ」ボーイを呼びとめ,カードを渡す。ホストたちの見送ろうとするのを素に戻り真顔で固辞する。カードを受けとり,逃げるように歓楽街の通りへと出た。
「年が明けたら,おふくろさんの命日だろ。法事に行けよ」背後から言葉をかけられる。「戻ろうと思えば戻れる家が,おまえにはあるんだから」
4人の兄と姉は全てエリートで立派な家庭を築き,子供ももう大きい。片や末っ子の不良娘は4年も留年した大学を退学し,ニート生活を経て数年前に中年家出したきり幼馴染みを頼りつつ,やさぐれた生活を送っている。そうした状態だから,敷居が高く正面から家に出入りできる身分にない。ただ観空の言うように,自分が恥を忍び周囲に謙虚であれば,戻れない場所ではなかった。
しかし聴蝶と観空には今の居場所しかない。峰橋の実家には母親の違う兄弟や姉妹が大勢いるし,親族たちは昔から聴蝶と観空の味方ではなかった。祖父母や小姑たちは2人のことを「偽障害」などと嘲ったし,障害をもったばかりの観空が聴蝶をつれて家を出ると言った際,実の父親さえ安堵したような言動をした。
2人が実家を出て問題物件の襤褸アパートに住みはじめた夜,私は大量に買いこんだジャンクフードをもちこみ,朝まで歌い続けた。パーティーでもないのに……
パープルやピンクのネオンに染められながらスーツの色を七変化させる観空が店先に立っていた。群がるギャルたちの誘いを躱しつつ心配げな顔つきでこちらを見ている。
肩をいからせ胸前で両拳をふるわせてから,両手で屋根をつくり,そのなかに人差指をいれる――寒いから入れと手話で伝える。
手話を遊びで使うな――いつもならそう怒るのだ。しかし,むかいあわせた2本の人差指を回転させ,縦に並べた両手を前後に振ってから,甲を上むけて水平に置いた左手を右の手刀で切る――手話を覚えてくれてありがとう。
今夜の観空は変だ。背後から来る視線にいたたまれず,普段は使わない脇道に逸れた。
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる