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8 憩いの広場の非情
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エレベーターの扉があくなり,どさりとなだれこむものがあり,水滴を浴びた。
ケージの床が赤く染まっていく。観空のシャツにも,腕にかけた上着にも,ズボンにも真紅のシミがついている。
視線を落とす。
死体だ。あのミュージシャンの死体が転がっている。胸から鮮血がどくどく溢れている。
こめかみを汗が流れた。拭えば更に頰がべたつき,手の甲が真っ赤になる。見ればウインドブレーカーいっぱいに油っぽい血玉が浮いている。何度か裾を引っ張り,血玉を払った。
観覧車が赤や青の原色電光を帯びてカタカタ規則的な音をたてながらゆっくり回転している。
その下の憩いの広場に人の気配はない。錆びたジャングルジム,重石で固定されたシーソー,使用禁止の札の貼られた滑り台,横木のないぶらんこ,シートで覆われた砂場,停止しかけては動力をとりもどすメリーゴーラウンド。
雪の積もる煉瓦舗道を1歩ずつ踏みしめて進む。数メートル先を何かが横ぎる――
風に弄ばれる紙屑だった。
「結良……」観空がメリーゴーラウンドを指さした。
禹錫がいる。木馬の一つに跨って手招きしている。駆け寄れば,メリーゴーラウンドが回転速度をあげた。
「聴蝶を返せ!」観空が怒鳴った。
禹錫は不敵な笑みを浮かべ,上空を見あげた。観覧車が軋みながら動きをとめる。
爆音が立て続けに響いた。震動と爆風が押し寄せ火の粉と破片が降ってくる――
禹錫が高笑いする頭上で観覧車の大半のゴンドラが火炎を噴いていた。残存するゴンドラは四つ。最も高い位置につられるゴンドラに聴蝶が乗って泣きながらガラス窓を叩いていた。
燃えあがる火の手が,残存するゴンドラの一つに引火してまた大きな爆発を起こす――
「聴蝶!」観覧車にむかって走った。
しかし禹錫が立ち塞がる。片手を一振りしてジャックナイフを構えるなり観空に襲いかかる――
回し蹴りでナイフを払い,急所を突いた。禹錫がよろめく。
「行け,観空!」
「結良……でもおまえ1人じゃ――」
「早く行け!」
「バカヤロウ,死ぬなよ!」突っ走っていく――
自分こそ死ぬな。絶対聴蝶を助けろ。
「カンフーを嗜むのか」不協和音が耳底にこだまする――違う。禹錫の声は低く心に染みわたる。それは慈恵の雨音だ。何かに怯えるみたいな,上擦った安定しない声とはまるで違う。「見たことのない型だ。どこの流派だ」男も身構えた。
「ブルースジャッキーだ」
「ブルースジャッキー? 知らんな」
「ブルース・リーとジャッキー・チェンの映画から学んだ型だ」
「おもしろい女だ。しかし日本人は嫌いなのさ」既に男の指先が喉もとにあった。よけられない――
空気の弾ける音がして閃光が走った。頸部の皮膚を貫く寸前で血に汚れた爪先は静止した。脇から腕がのび,嘴を想わせる型の手指で男の手首を挟んでいる。腕に視線を這わせれば禹錫の静かな眼ざしに辿りついた。
ケージの床が赤く染まっていく。観空のシャツにも,腕にかけた上着にも,ズボンにも真紅のシミがついている。
視線を落とす。
死体だ。あのミュージシャンの死体が転がっている。胸から鮮血がどくどく溢れている。
こめかみを汗が流れた。拭えば更に頰がべたつき,手の甲が真っ赤になる。見ればウインドブレーカーいっぱいに油っぽい血玉が浮いている。何度か裾を引っ張り,血玉を払った。
観覧車が赤や青の原色電光を帯びてカタカタ規則的な音をたてながらゆっくり回転している。
その下の憩いの広場に人の気配はない。錆びたジャングルジム,重石で固定されたシーソー,使用禁止の札の貼られた滑り台,横木のないぶらんこ,シートで覆われた砂場,停止しかけては動力をとりもどすメリーゴーラウンド。
雪の積もる煉瓦舗道を1歩ずつ踏みしめて進む。数メートル先を何かが横ぎる――
風に弄ばれる紙屑だった。
「結良……」観空がメリーゴーラウンドを指さした。
禹錫がいる。木馬の一つに跨って手招きしている。駆け寄れば,メリーゴーラウンドが回転速度をあげた。
「聴蝶を返せ!」観空が怒鳴った。
禹錫は不敵な笑みを浮かべ,上空を見あげた。観覧車が軋みながら動きをとめる。
爆音が立て続けに響いた。震動と爆風が押し寄せ火の粉と破片が降ってくる――
禹錫が高笑いする頭上で観覧車の大半のゴンドラが火炎を噴いていた。残存するゴンドラは四つ。最も高い位置につられるゴンドラに聴蝶が乗って泣きながらガラス窓を叩いていた。
燃えあがる火の手が,残存するゴンドラの一つに引火してまた大きな爆発を起こす――
「聴蝶!」観覧車にむかって走った。
しかし禹錫が立ち塞がる。片手を一振りしてジャックナイフを構えるなり観空に襲いかかる――
回し蹴りでナイフを払い,急所を突いた。禹錫がよろめく。
「行け,観空!」
「結良……でもおまえ1人じゃ――」
「早く行け!」
「バカヤロウ,死ぬなよ!」突っ走っていく――
自分こそ死ぬな。絶対聴蝶を助けろ。
「カンフーを嗜むのか」不協和音が耳底にこだまする――違う。禹錫の声は低く心に染みわたる。それは慈恵の雨音だ。何かに怯えるみたいな,上擦った安定しない声とはまるで違う。「見たことのない型だ。どこの流派だ」男も身構えた。
「ブルースジャッキーだ」
「ブルースジャッキー? 知らんな」
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「おもしろい女だ。しかし日本人は嫌いなのさ」既に男の指先が喉もとにあった。よけられない――
空気の弾ける音がして閃光が走った。頸部の皮膚を貫く寸前で血に汚れた爪先は静止した。脇から腕がのび,嘴を想わせる型の手指で男の手首を挟んでいる。腕に視線を這わせれば禹錫の静かな眼ざしに辿りついた。
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