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9 兄と弟
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「瑛炎,もうやめろ」禹錫が私の前に立ち,自分よりやや細面な相似形に対峙した。
男がナイフを折りたたみ,革ジャケットの懐にしまった。
「復讐は十分だ」
「十分ですって? 十分なわけがないでしょう。帝野一派を全滅させるまでは何も終わらない! 帝野の血を一滴でも引く人間は生かしちゃおかない。奴らに加担する者どもも虱潰しに抹殺してやる」
「おまえの憎む者たちの血族が,今も何処かで産声をあげているだろう。それを世界の果てまで追っていき始末すると言うのか。自分の素性すら知らぬまま毎日を生きのびることに必死な人々まで」
帝野――四国に本部を置く製薬会社「帝王ファーマシー」の創業者一族だ。数箇月前の会社主催のパーティーにおいて,会長から子会社の社員やその家族に至るまで,出席者は尽くガウジの犠牲となった。その後会社とは無縁と思しきホームレスや戦争難民まで惨殺されたために世間の人々は無差別殺人ではないかと戦々恐々としていたのだった。
「誰であろうと,帝野の関係者は許さない。帝野一派であることを後悔させ,戦慄させてやる」
「そんなことをしても母さんは帰ってこない」
「そうさ! 帰ってこない! 帰ってこないから,母さんの苦しみの万分の一でも,奴らに与えてやるのさ! 新薬の治験に協力させられたせいで想定外の不調に陥り,食事も水も喉を通らず,呼吸も儘ならない。体はどんどん痩せ細っていくくせに心臓だけは日を追って肥大して胸部は今にも破裂しそうだった。七転八倒しながら殺してくれと絶叫し,とうとう自分の胸を刺した――母さんはモルモットにされた挙げ句,殺されたんじゃないか!」
「奴らを殺して少しは気が晴れたのか。自分の父親の胸まで切りさいて一瞬でも満足できたのか」
「……お,怒っているんですか。あの男は母さんを帝野にさしだした人間ですよ。自分の研究と出世のために妻を献上した。その上,同じ日本人の妻をもち,母さんや俺たちを平然と騙していた――母さんが苦しんでいるときも,それよりずっと前から! 母さんの体の変調を観察した後で何事もなかったようにあたたかな家庭に帰っていく――そんな残忍な男を父親というだけで許せますか!」
「許せないよ――彼も,彼と同類のおまえも」
「俺が……あいつと同類……」
「おまえのしていることは,彼の血を引いていることの証明だ。騙されていると知りつつも自らの命さえ捧げる母さんの血を汚す所業だ」
「俺は……俺はどうしたら……」降り積もる雪の上に崩れ落ちた。
禹錫が近づき腰を屈めると,瑛炎の肩に手を置いた。「村に帰ろう。僕たちの掟でおまえは裁かれることになる」
瑛炎が怯えた目をあげた。
「心配するな」瑛炎の頭を撫でる。「双子の兄さんも一緒に罰を受けてやるから。命だけは救ってもらえるよう僕が長老を説得してみせる」
「兄さん……」瑛炎が禹錫の胸にとりすがって泣いた。
男がナイフを折りたたみ,革ジャケットの懐にしまった。
「復讐は十分だ」
「十分ですって? 十分なわけがないでしょう。帝野一派を全滅させるまでは何も終わらない! 帝野の血を一滴でも引く人間は生かしちゃおかない。奴らに加担する者どもも虱潰しに抹殺してやる」
「おまえの憎む者たちの血族が,今も何処かで産声をあげているだろう。それを世界の果てまで追っていき始末すると言うのか。自分の素性すら知らぬまま毎日を生きのびることに必死な人々まで」
帝野――四国に本部を置く製薬会社「帝王ファーマシー」の創業者一族だ。数箇月前の会社主催のパーティーにおいて,会長から子会社の社員やその家族に至るまで,出席者は尽くガウジの犠牲となった。その後会社とは無縁と思しきホームレスや戦争難民まで惨殺されたために世間の人々は無差別殺人ではないかと戦々恐々としていたのだった。
「誰であろうと,帝野の関係者は許さない。帝野一派であることを後悔させ,戦慄させてやる」
「そんなことをしても母さんは帰ってこない」
「そうさ! 帰ってこない! 帰ってこないから,母さんの苦しみの万分の一でも,奴らに与えてやるのさ! 新薬の治験に協力させられたせいで想定外の不調に陥り,食事も水も喉を通らず,呼吸も儘ならない。体はどんどん痩せ細っていくくせに心臓だけは日を追って肥大して胸部は今にも破裂しそうだった。七転八倒しながら殺してくれと絶叫し,とうとう自分の胸を刺した――母さんはモルモットにされた挙げ句,殺されたんじゃないか!」
「奴らを殺して少しは気が晴れたのか。自分の父親の胸まで切りさいて一瞬でも満足できたのか」
「……お,怒っているんですか。あの男は母さんを帝野にさしだした人間ですよ。自分の研究と出世のために妻を献上した。その上,同じ日本人の妻をもち,母さんや俺たちを平然と騙していた――母さんが苦しんでいるときも,それよりずっと前から! 母さんの体の変調を観察した後で何事もなかったようにあたたかな家庭に帰っていく――そんな残忍な男を父親というだけで許せますか!」
「許せないよ――彼も,彼と同類のおまえも」
「俺が……あいつと同類……」
「おまえのしていることは,彼の血を引いていることの証明だ。騙されていると知りつつも自らの命さえ捧げる母さんの血を汚す所業だ」
「俺は……俺はどうしたら……」降り積もる雪の上に崩れ落ちた。
禹錫が近づき腰を屈めると,瑛炎の肩に手を置いた。「村に帰ろう。僕たちの掟でおまえは裁かれることになる」
瑛炎が怯えた目をあげた。
「心配するな」瑛炎の頭を撫でる。「双子の兄さんも一緒に罰を受けてやるから。命だけは救ってもらえるよう僕が長老を説得してみせる」
「兄さん……」瑛炎が禹錫の胸にとりすがって泣いた。
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