10 / 10
10 魂の帰還
しおりを挟む
爆裂音が1,2,3度と耳を劈いた。経験のない震動に襲われながら観覧車を確かめる。全てのゴンドラが炎上していた。
熱風に視界が霞む。そんなの嫌よ……
燃えあがるゴンドラとゴンドラとを繫ぐ連結部に二つの人影がちらついた――
「よせ,行っちゃ駄目だ――」背後から抱えこまれる。悲鳴にも似た声をあげ禹錫の腕を振り解いた。
爆風に何度も押し返され,顔面を焦がした。
「こっちだ」手を強く握られる。ふっと高熱の大気がとぎれ,前進がたやすくなる。
禹錫が制御室の鉄扉を蹴り倒し,レバーを倒した。12の炎塊を円状に帯びた鉄輪がゴロリゴロリと回転し,炎塊が地上に接するたびに火片を飛ばしつつ黒い煙を噴く。五つ目の炎塊が地上にくだり再び浮きあがったとき,観空が聴蝶を抱いて昇降段に飛び降りた。どちらの顔も真っ黒だ。でも生きている。私たちは抱きあった。
観覧車からできるだけ距離をとって屋上の端に避難する。消防車のサイレンが近づいてくる。デパートの入るビルの周辺に人集りができていた。
聴蝶が私の腕に触れた。瑛炎を掠め見てから,右手の指を前方へ2度落とし,両掌を重ねると右方向へ倒す――死が呼んでいる。観空が火の粉と雪の交じる夜を見あげた。
消防車からのびる 梯子先端 のバスケット部に,消防士が乗って救助にむかってくる。上空をヘリが飛び交い,青い光線の照射を屋上の5人に集めた。
消防士が達して合図を送った。最初に聴蝶がバスケットへと移る。譲りあいの短い口論に勝利し,観空を先に乗せてからバスケットに足をかける――
禹錫が声を発した。瑛炎が突如走りだし,数歩ばかり駆けたところで痙攣した。
積雪が一瞬にして色をかえ瑛炎が倒れこむ。
禹錫が瑛炎を抱き起こし,激しく揺さぶるも,かたく目をとざし微動だにしない。
「誰が撃った!」禹錫が胸をそらせて空に吠えた。
確かな予感に襲われ禹錫の身に飛びついた。絡みあって雪上を転がる。目端や肩を銃弾が掠める。いつまでも執拗に撃ってくる。抱きあったままメリーゴーラウンドのなかに隠れこんだ。銃弾が絶え間なく撃ちこまれ木馬の耳や肢を砕いた――
「ねぇ,僕と来てくれる?」覆いかぶさったまま耳打ちする。「一緒に行こう」
「こういのは吊り橋効果というんだ。女なら大抵は落ちる――普通の女なら」
吐息だけで笑う。私は声を立てて笑ったが,啜り泣きとも思える息遣いに気づき,沈黙を決めた。
「一般人もいるんだぞ! 一般人を撃っていいのかよ!」観空の怒鳴り声だ。「公衆の面前だぞ! 大勢の人間が見てんだよ!――みなさん,ですよね!」
あいつも大したバカだ。
銃弾の雨がやんだ。
「ネット上に拡散してやっからな――人でなし!」まだ言っている。
プロペラの大気を搔き混ぜる破裂音が遠ざかり,いれかわるようにパトカーのサイレンが反響する。
「あんたはもう行って――見つからないようにそっとね」
禹錫が静かに身を起こした。「西洋ならお別れのキスする場面だよね」
上半身をあげた。「嫌だ――」
「即答なの」
「東洋だし,ここは。おまけに四国よ。ど・ジパングよ――」
いきなり前のめりになってまた人に覆いかぶさってくる。あたたかな体温。弾力性のある雪に後頭部が沈んだ。まあいいか……
「すぐに会いにくるよ」
温もりが消えてからゆっくりと目をあける。
彼はもういない……
「結局,何もせんかったんかい」
「何,独りツッコミいれてんだよ」観空が覗きこみ,ぶっきらぼうに手をさしのべてくる。白魚の指を払って立ちあがる。「別に――あはははははぁ」
「さっき話した件だけどよ……」
「ええ?」
「店で話したろ」
「何だっけ?」
「だから――聴蝶のことで俺は何にもしてやれねぇけど,今のままならいいんじゃないか。聴蝶が結婚しても俺たちは俺たちのままだよ。おまえが年をくっても俺たちがいる限り寂しい思いはさせやしない。おまえが身動きとれなくなっても俺たちがいる限り面倒見てやる。だからおまえは今のまま何にも心配しなくていいんだ」
滑らかな額を軽く打つ。
「何だよ,おまえ,マジに話してんのに――」
放水車のポンプが象の鼻みたいにのびて撓むなり勢いよく弾けて大量の水を広範囲に放射した。水飛沫が観空に命中して水も滴る何とやらができあがる。
もう1度額を打つと,そりあがる鼻先を摘み揺すって弄んでから,フードをかぶって走りだす。
「マジ最悪――マジ疫病神――マジ――おい,ちょっと待て!」
広場の一画に刑事たちが群がっている。手をあわせ祈りを捧げる。せめてその魂だけは兄弟とともに生まれ故郷へ帰れますように。
放水で解けた雪の濁り水に薔薇の花弁が流されていく。拾いあげて高く翳せば風に舞いながら白い闇に紛れた。(終)
熱風に視界が霞む。そんなの嫌よ……
燃えあがるゴンドラとゴンドラとを繫ぐ連結部に二つの人影がちらついた――
「よせ,行っちゃ駄目だ――」背後から抱えこまれる。悲鳴にも似た声をあげ禹錫の腕を振り解いた。
爆風に何度も押し返され,顔面を焦がした。
「こっちだ」手を強く握られる。ふっと高熱の大気がとぎれ,前進がたやすくなる。
禹錫が制御室の鉄扉を蹴り倒し,レバーを倒した。12の炎塊を円状に帯びた鉄輪がゴロリゴロリと回転し,炎塊が地上に接するたびに火片を飛ばしつつ黒い煙を噴く。五つ目の炎塊が地上にくだり再び浮きあがったとき,観空が聴蝶を抱いて昇降段に飛び降りた。どちらの顔も真っ黒だ。でも生きている。私たちは抱きあった。
観覧車からできるだけ距離をとって屋上の端に避難する。消防車のサイレンが近づいてくる。デパートの入るビルの周辺に人集りができていた。
聴蝶が私の腕に触れた。瑛炎を掠め見てから,右手の指を前方へ2度落とし,両掌を重ねると右方向へ倒す――死が呼んでいる。観空が火の粉と雪の交じる夜を見あげた。
消防車からのびる 梯子先端 のバスケット部に,消防士が乗って救助にむかってくる。上空をヘリが飛び交い,青い光線の照射を屋上の5人に集めた。
消防士が達して合図を送った。最初に聴蝶がバスケットへと移る。譲りあいの短い口論に勝利し,観空を先に乗せてからバスケットに足をかける――
禹錫が声を発した。瑛炎が突如走りだし,数歩ばかり駆けたところで痙攣した。
積雪が一瞬にして色をかえ瑛炎が倒れこむ。
禹錫が瑛炎を抱き起こし,激しく揺さぶるも,かたく目をとざし微動だにしない。
「誰が撃った!」禹錫が胸をそらせて空に吠えた。
確かな予感に襲われ禹錫の身に飛びついた。絡みあって雪上を転がる。目端や肩を銃弾が掠める。いつまでも執拗に撃ってくる。抱きあったままメリーゴーラウンドのなかに隠れこんだ。銃弾が絶え間なく撃ちこまれ木馬の耳や肢を砕いた――
「ねぇ,僕と来てくれる?」覆いかぶさったまま耳打ちする。「一緒に行こう」
「こういのは吊り橋効果というんだ。女なら大抵は落ちる――普通の女なら」
吐息だけで笑う。私は声を立てて笑ったが,啜り泣きとも思える息遣いに気づき,沈黙を決めた。
「一般人もいるんだぞ! 一般人を撃っていいのかよ!」観空の怒鳴り声だ。「公衆の面前だぞ! 大勢の人間が見てんだよ!――みなさん,ですよね!」
あいつも大したバカだ。
銃弾の雨がやんだ。
「ネット上に拡散してやっからな――人でなし!」まだ言っている。
プロペラの大気を搔き混ぜる破裂音が遠ざかり,いれかわるようにパトカーのサイレンが反響する。
「あんたはもう行って――見つからないようにそっとね」
禹錫が静かに身を起こした。「西洋ならお別れのキスする場面だよね」
上半身をあげた。「嫌だ――」
「即答なの」
「東洋だし,ここは。おまけに四国よ。ど・ジパングよ――」
いきなり前のめりになってまた人に覆いかぶさってくる。あたたかな体温。弾力性のある雪に後頭部が沈んだ。まあいいか……
「すぐに会いにくるよ」
温もりが消えてからゆっくりと目をあける。
彼はもういない……
「結局,何もせんかったんかい」
「何,独りツッコミいれてんだよ」観空が覗きこみ,ぶっきらぼうに手をさしのべてくる。白魚の指を払って立ちあがる。「別に――あはははははぁ」
「さっき話した件だけどよ……」
「ええ?」
「店で話したろ」
「何だっけ?」
「だから――聴蝶のことで俺は何にもしてやれねぇけど,今のままならいいんじゃないか。聴蝶が結婚しても俺たちは俺たちのままだよ。おまえが年をくっても俺たちがいる限り寂しい思いはさせやしない。おまえが身動きとれなくなっても俺たちがいる限り面倒見てやる。だからおまえは今のまま何にも心配しなくていいんだ」
滑らかな額を軽く打つ。
「何だよ,おまえ,マジに話してんのに――」
放水車のポンプが象の鼻みたいにのびて撓むなり勢いよく弾けて大量の水を広範囲に放射した。水飛沫が観空に命中して水も滴る何とやらができあがる。
もう1度額を打つと,そりあがる鼻先を摘み揺すって弄んでから,フードをかぶって走りだす。
「マジ最悪――マジ疫病神――マジ――おい,ちょっと待て!」
広場の一画に刑事たちが群がっている。手をあわせ祈りを捧げる。せめてその魂だけは兄弟とともに生まれ故郷へ帰れますように。
放水で解けた雪の濁り水に薔薇の花弁が流されていく。拾いあげて高く翳せば風に舞いながら白い闇に紛れた。(終)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる