真実を聞く耳と闇を見る目と―― 富総館結良シリーズ①――

せとかぜ染鞠

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10 魂の帰還

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 爆裂音が1,2,3度と耳を劈いた。経験のない震動に襲われながら観覧車を確かめる。全てのゴンドラが炎上していた。
 熱風に視界が霞む。そんなの嫌よ……
 燃えあがるゴンドラとゴンドラとを繫ぐ連結部に二つの人影がちらついた――
「よせ,行っちゃ駄目だ――」背後から抱えこまれる。悲鳴にも似た声をあげ禹錫の腕を振り解いた。
 爆風に何度も押し返され,顔面を焦がした。
「こっちだ」手を強く握られる。ふっと高熱の大気がとぎれ,前進がたやすくなる。
 禹錫が制御室の鉄扉を蹴り倒し,レバーを倒した。12の炎塊を円状に帯びた鉄輪がゴロリゴロリと回転し,炎塊が地上に接するたびに火片を飛ばしつつ黒い煙を噴く。五つ目の炎塊が地上にくだり再び浮きあがったとき,観空が聴蝶を抱いて昇降段に飛び降りた。どちらの顔も真っ黒だ。でも生きている。私たちは抱きあった。
 観覧車からできるだけ距離をとって屋上の端に避難する。消防車のサイレンが近づいてくる。デパートの入るビルの周辺に人集りができていた。
 聴蝶が私の腕に触れた。瑛炎を掠め見てから,右手の指を前方へ2度落とし,両掌を重ねると右方向へ倒す――死が呼んでいる。観空が火の粉と雪の交じる夜を見あげた。
 消防車からのびる 梯子先端 のバスケット部に,消防士が乗って救助にむかってくる。上空をヘリが飛び交い,青い光線の照射を屋上の5人に集めた。
 消防士が達して合図を送った。最初に聴蝶がバスケットへと移る。譲りあいの短い口論に勝利し,観空を先に乗せてからバスケットに足をかける――
 禹錫が声を発した。瑛炎が突如走りだし,数歩ばかり駆けたところで痙攣した。
 積雪が一瞬にして色をかえ瑛炎が倒れこむ。
 禹錫が瑛炎を抱き起こし,激しく揺さぶるも,かたく目をとざし微動だにしない。
「誰が撃った!」禹錫が胸をそらせて空に吠えた。
 確かな予感に襲われ禹錫の身に飛びついた。絡みあって雪上を転がる。目端や肩を銃弾が掠める。いつまでも執拗に撃ってくる。抱きあったままメリーゴーラウンドのなかに隠れこんだ。銃弾が絶え間なく撃ちこまれ木馬の耳や肢を砕いた――
「ねぇ,僕と来てくれる?」覆いかぶさったまま耳打ちする。「一緒に行こう」
「こういのは吊り橋効果というんだ。女なら大抵は落ちる――普通の女なら」
 吐息だけで笑う。私は声を立てて笑ったが,啜り泣きとも思える息遣いに気づき,沈黙を決めた。
「一般人もいるんだぞ! 一般人を撃っていいのかよ!」観空の怒鳴り声だ。「公衆の面前だぞ! 大勢の人間が見てんだよ!――みなさん,ですよね!」
 あいつも大したバカだ。
 銃弾の雨がやんだ。
「ネット上に拡散してやっからな――人でなし!」まだ言っている。
 プロペラの大気を搔き混ぜる破裂音が遠ざかり,いれかわるようにパトカーのサイレンが反響する。
「あんたはもう行って――見つからないようにそっとね」
 禹錫が静かに身を起こした。「西洋ならお別れのキスする場面だよね」
 上半身をあげた。「嫌だ――」
「即答なの」
「東洋だし,ここは。おまけに四国よ。ど・ジパングよ――」
 いきなり前のめりになってまた人に覆いかぶさってくる。あたたかな体温。弾力性のある雪に後頭部が沈んだ。まあいいか……
「すぐに会いにくるよ」
 温もりが消えてからゆっくりと目をあける。
 彼はもういない……
「結局,何もせんかったんかい」
「何,独りツッコミいれてんだよ」観空が覗きこみ,ぶっきらぼうに手をさしのべてくる。白魚の指を払って立ちあがる。「別に――あはははははぁ」
「さっき話した件だけどよ……」
「ええ?」
「店で話したろ」
「何だっけ?」
「だから――聴蝶のことで俺は何にもしてやれねぇけど,今のままならいいんじゃないか。聴蝶が結婚しても俺たちは俺たちのままだよ。おまえが年をくっても俺たちがいる限り寂しい思いはさせやしない。おまえが身動きとれなくなっても俺たちがいる限り面倒見てやる。だからおまえは今のまま何にも心配しなくていいんだ」
 滑らかな額を軽く打つ。
「何だよ,おまえ,マジに話してんのに――」
 放水車のポンプが象の鼻みたいにのびて撓むなり勢いよく弾けて大量の水を広範囲に放射した。水飛沫が観空に命中して水も滴る何とやらができあがる。
 もう1度額を打つと,そりあがる鼻先を摘み揺すって弄んでから,フードをかぶって走りだす。
「マジ最悪――マジ疫病神――マジ――おい,ちょっと待て!」
 広場の一画に刑事たちが群がっている。手をあわせ祈りを捧げる。せめてその魂だけは兄弟とともに生まれ故郷へ帰れますように。
 放水で解けた雪の濁り水に薔薇の花弁が流されていく。拾いあげて高く翳せば風に舞いながら白い闇に紛れた。(終)
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