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第十一話
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またジェラール様はお屋敷を空けた。きっとあの日ジェラール様が迫ってきたのは、また外へ出てしまうから、今のうちにということだったのかもしれない。それなのに私は夜伽が出来ないどころか泣き出して、逃げ出してしまったのだから。
お見送りはしたけれど、表情は変わらないし、言葉も必要最低限しかしゃべらないから、怒っているのかどうかすらも分からない。失望されたのか、私のような女を相手にするのが嫌になったのか。嫌になるに決まっている、外で愛人を作って私が子の御屋敷から追い出される日も遠くないかもしれない。
こんなことになるならもっと調べておくべきだった。知ろうとするべきだった。私に勇気と度胸があれば。
窓際の椅子に座り悶々と考え込んでいた時、陶器でも落として割れるような音が背後でした。振り返ると、まだ若い侍女が立ち尽くして、足元に転がった割れたティーカップを目を丸く見つめていた。私と目が合うと、慌てふためいてティーカップを集め始めた。
「も、申し訳ありません!」
「落ち着いて。布巾を持ってくるから」
立ち上がって布巾でも持ってこようとした。
「いえ、そんなことは」
「大丈夫よ」
部屋の扉がノックされ「どうかなさいましたか?」と声がかけられた。私はその侍女の脇を通り過ぎて、扉を開けた。掃除をしていたらしい侍女が立っていた。
「実は紅茶を飲もうとしたら、ティーカップを落として割ってしまって。ごめんなさい。布巾かなにか持ってきてくださる?」
「お怪我はありませんか?」
「ええ」
「割れ物に近づかないでくださいね」
「ありがとう」
振り返ると、信じられないものでも見るように、目を丸くして私のことを見つめていた。彼女に近づいて、同じようにしゃがみ込んだ。散らばったティーカップの破片を集めようとしたけれど止められた。
「お名前はなんておっしゃるの?」
「メ、メアリーです」
「素敵なお名前。私はセラフィナというのよ。もうご存じかもしれないけれど。メアリーはおいくつ?」
「18でござます」
「あら、私の一つ下なのね」
笑いかけたけれどメアリーはまだまだ怯えていた。
「貴女がティーカップを割ってしまったことを咎める気はないし、誰にも言わない。私が割ったことにするから。だから、一つお願いを聞いていただけないかしら」
「お願い?」
彼女は首を傾げた。
「空いているお時間は?それか、私のそばにいられる時間」
「私はまだ下っ端の下っ端ですから、奥様のおそばにいるなど」
「じゃ、私が侍女頭にお願いするわ。近しい歳の人に、私のそばにいてもらいたいの。そうお願いすれば聞いてくださるはずだわ」
彼女の背中を撫でてから立ち上がった。ちょうど他の侍女たちがやってきて、メアリーと一緒にティーカップの後片付けをしてくれた。
私の想像通り、侍女頭のジェニーにメアリーを傍へ置いておきたいと頼んでみたところ快く承諾された。ジェニーは週に一度来ていた教師のように、胸を張り厳しい表情をしていたけれど、嫌な顔をすることはなかった。
「構いませんよ」
「ありがとう。私のわがままを聞いてくれて。ここへ来たばかりで心細くて、近しい歳の子と話したいと思って。ジェニーにはいろいろ迷惑をかけるわね。私が何も知らないばかりに」
「いえ、結婚前よりマシでございますわ。旦那様が結婚なさる前は、ほとんど家を空けていらっしゃいましたから、主人がいないからと勝手をする侍女が後を絶たなかったのです。奥様がいらっしゃるというだけで、侍女たちはテキパキ働きます。ですから、もっと厳しい態度を取ってもよろしいかと」
しかし私も元々侍女のような生活をしていたわけだから、気持ちが分かる相手に上から目線で厳しくするなんてできる気がしない。
「今の子の御屋敷の主は奥様でございますから」
「たしかに、そうね。もっと本を読んで勉強するわ」
「そんなことする必要ございません。好きなことを自由になさればよろしいのです。模様替えをしたければ命令し、食事や掃除、そういうことも口を出してくだされば私から指示を出します」
よくわからない。そんな自分勝手な事ばかりしていたら侍女たちが苦しくなってしまう。仕事なんてのは大変な物なのに。
「私は侍女たちの健康と、幸福を祈ってるわ。だから必要最低限以上のことをする必要はない。今のままで十分回っているのだから」
「そうでございますか」
「でも一つだけいいかしら」
「はい?」
「中庭の一角を私くださらない?それから鉢植えが三つほどほしいの」
ジェニーは本当に仕事ができる人間で、三日後には、私が求めたものをすべて用意してくれた。そしてメアリーもお付きの侍女にしてくれた。
お見送りはしたけれど、表情は変わらないし、言葉も必要最低限しかしゃべらないから、怒っているのかどうかすらも分からない。失望されたのか、私のような女を相手にするのが嫌になったのか。嫌になるに決まっている、外で愛人を作って私が子の御屋敷から追い出される日も遠くないかもしれない。
こんなことになるならもっと調べておくべきだった。知ろうとするべきだった。私に勇気と度胸があれば。
窓際の椅子に座り悶々と考え込んでいた時、陶器でも落として割れるような音が背後でした。振り返ると、まだ若い侍女が立ち尽くして、足元に転がった割れたティーカップを目を丸く見つめていた。私と目が合うと、慌てふためいてティーカップを集め始めた。
「も、申し訳ありません!」
「落ち着いて。布巾を持ってくるから」
立ち上がって布巾でも持ってこようとした。
「いえ、そんなことは」
「大丈夫よ」
部屋の扉がノックされ「どうかなさいましたか?」と声がかけられた。私はその侍女の脇を通り過ぎて、扉を開けた。掃除をしていたらしい侍女が立っていた。
「実は紅茶を飲もうとしたら、ティーカップを落として割ってしまって。ごめんなさい。布巾かなにか持ってきてくださる?」
「お怪我はありませんか?」
「ええ」
「割れ物に近づかないでくださいね」
「ありがとう」
振り返ると、信じられないものでも見るように、目を丸くして私のことを見つめていた。彼女に近づいて、同じようにしゃがみ込んだ。散らばったティーカップの破片を集めようとしたけれど止められた。
「お名前はなんておっしゃるの?」
「メ、メアリーです」
「素敵なお名前。私はセラフィナというのよ。もうご存じかもしれないけれど。メアリーはおいくつ?」
「18でござます」
「あら、私の一つ下なのね」
笑いかけたけれどメアリーはまだまだ怯えていた。
「貴女がティーカップを割ってしまったことを咎める気はないし、誰にも言わない。私が割ったことにするから。だから、一つお願いを聞いていただけないかしら」
「お願い?」
彼女は首を傾げた。
「空いているお時間は?それか、私のそばにいられる時間」
「私はまだ下っ端の下っ端ですから、奥様のおそばにいるなど」
「じゃ、私が侍女頭にお願いするわ。近しい歳の人に、私のそばにいてもらいたいの。そうお願いすれば聞いてくださるはずだわ」
彼女の背中を撫でてから立ち上がった。ちょうど他の侍女たちがやってきて、メアリーと一緒にティーカップの後片付けをしてくれた。
私の想像通り、侍女頭のジェニーにメアリーを傍へ置いておきたいと頼んでみたところ快く承諾された。ジェニーは週に一度来ていた教師のように、胸を張り厳しい表情をしていたけれど、嫌な顔をすることはなかった。
「構いませんよ」
「ありがとう。私のわがままを聞いてくれて。ここへ来たばかりで心細くて、近しい歳の子と話したいと思って。ジェニーにはいろいろ迷惑をかけるわね。私が何も知らないばかりに」
「いえ、結婚前よりマシでございますわ。旦那様が結婚なさる前は、ほとんど家を空けていらっしゃいましたから、主人がいないからと勝手をする侍女が後を絶たなかったのです。奥様がいらっしゃるというだけで、侍女たちはテキパキ働きます。ですから、もっと厳しい態度を取ってもよろしいかと」
しかし私も元々侍女のような生活をしていたわけだから、気持ちが分かる相手に上から目線で厳しくするなんてできる気がしない。
「今の子の御屋敷の主は奥様でございますから」
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よくわからない。そんな自分勝手な事ばかりしていたら侍女たちが苦しくなってしまう。仕事なんてのは大変な物なのに。
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「そうでございますか」
「でも一つだけいいかしら」
「はい?」
「中庭の一角を私くださらない?それから鉢植えが三つほどほしいの」
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