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2. 杏里 ~逃がさないから覚悟して?

杏里 ⑨

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なんとか今日中に更新できました ( ̄▽ ̄;)

暫らくお休みしていましたが、ようやくパソコンの前に座っていられるまで、体調が回復しました。
お待ち頂いた方々、済みませんでした。
これからも宜しくお願い致します (o_ _)o))

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 その日の朝、顔を合わせた瑠珠はいつにもまして蒼白い顔をしていた。

 杏里は心配して『休んだら?』と言ってみたけど、彼女曰く『明け方まで映画観てて寝不足なだけだから、大丈夫だよ』と、力なく笑うだけで取り合ってくれなかった。瑠珠が映画に嵌まって徹夜、と言うのは今に始まった事じゃない。
 朝、顔を合わせた瞬間から大欠伸の連発、なんて珍しい事じゃないが……。

(にしたって、今日は顔色悪過ぎじゃなかったか?)

 本当は寝不足なんかじゃなかったのかも知れない、そう思ったら他におかしな所がなかったか、今朝の瑠珠を思い出して思考をグルグルさせる。

 元々色白だったが、この一年ほぼ、日中の野外に出かけることをしなくなり、酒量が増えたのも手伝って、不健康な顔色になった。それに輪をかけて悪いとなると、杏里の心配は深まるばかりだ。

(やっぱ、無理にでも休ませれば良かった)

 何事もなく出社していればもう勤務しているだろうけど、気が気じゃなくて授業どころではない。

 家に居辛いなら、杏里の部屋で寝かせとけば良かったと、今頃になって思い付き「俺のバカ!」と机にゴンゴン額を打ち付ける。彼の奇行に教科担任や級友たちの視線が集まっていることなど、この際どうでもいい。

 赤くなった額を軽く擦り、上着のポケットからスマホを取り出して電話帳を開けば、一番最初に出てくる瑠珠にLINEを送った。
 杏里の心配するメッセージに対して、意外と早く返事が来てホッとする。

 “大丈夫だよ。心配性だなぁ(笑)” たったそれだけの短い文章でも、時間を空けずに返事がくれば、身体的に切羽詰まってはいないだろう。
 それでも心配なものは心配だ。

(だってさ、弱っている所に付込もうとする奴って、絶対いると思うんだよな。人のこと言えないから、確信持って言える! ……悲しいかな)

 椅子に寄り掛かって溜息を吐き、天井を仰いだ目が遠くを見詰める。

「あ…相沢~ぁ? どっか調子悪いかぁ?」
「ああ?」

 声を掛けて来た古典教師を藪睨みする。決してわざとではないが、それで怯えた顔をし「いや。何でも……」と目を逸らすくらいには、迫力があったようだ。

 杏里は周囲を見渡し、また溜息を吐く。
 隣の列の三つ後ろの席で、真珠が何か言いたそうな視線を投げてくる。彼女の言いたいことなど考えるまでもない。
 すっと視線を外して前を向き直る。
 気がないと言ってるのだから、いい加減諦めてくれないかと考えて、失笑する。

(人の事とやかく言えない、か)

 瑠珠に何度振られたって、好きな気持ちは変えられない杏里が、真珠に諦めろって言ったところで、身近で見ている彼女に通じる訳がない。
 彼女が諦める時は、杏里が瑠珠を完全に手中に収めた時だろう。

(や……それで諦めるような女か……?)

 程良く遊んでいる真珠だが、根っこは中学の頃と変わらず杏里を慕っている。
 杏里が好きだって言う気持ちに偽りはないだろうけど。

(息抜きと称して迫って来そうだ。うん。真珠なら有り得る。悪びれた顔なんて一切しないで、瑠珠を裏切る行為、平気でする! 『杏里が黙ってれば済む事じゃん』とかなんとか言って)

 これまでも報われない恋をし続けて来た杏里に、真珠は何度も甘言を囁いて来た。
 正直ヤリタイ盛りの男子には、魅力的な言葉だとは思う。
 が、やっぱりと思い直す。

(たとえ魔法使いになったとしても、俺の童貞は瑠珠にしかやらない! あともうちょっとなんだ。ここで諦めるもんかッ!!)

 机の上でぐっと拳を握り、大きく頷く。
 授業などそっちのけで杏里が決意している頃、彼の危惧する事態がじわじわと進行しているとは、この時点ではまだ知り得ない杏里であった。



 本当は直ぐにでも帰りたかった。
 授業が終わったら速攻で帰宅して、瑠珠が戻るのを自宅待機していたかったけど、おいそれと仕事に穴を空ける訳にも行かず、迎えに来た車に乗った。
 尤も帰ったところで就業時間が終わらなければ、瑠珠が帰って来ることはないと解っているのだが、先刻から妙な胸騒ぎがして仕様がない。

 いつもみたいに顔が作れず、カメラマンに怒られ、他のモデルに迷惑を掛けたのに変に慰められ、矜持をゴッソリ抉られて凹んでいる所に、その連絡は来た。
 杏里が強制的に休憩を取らされて、脚に頬杖を着いて頭を抱えていると、黒珠からLINEが入った。
 テーブルの上で震えているスマホを手にし、黒珠からのメッセージに目を落とした瞬間、杏里は絶叫した。

「はあっ!? ふっざけんなッッッ!!」

 スタジオ内に響き渡った怒声に、カメラのシャッター音も停まった。

「杏里ッ、やかましいわッ!!」
「悪い澤井さん。俺の巻いてさっさと終わらせてくんない!?」
「なんだ。それが先刻まで作れなかった奴が言う台詞かよ?」
「先刻までの俺とは違う。ホントは一分一秒でも早く駆け付けたいんだけど、仕事に穴開けたら瑠珠に怒られるし、杏花ばばあに蹴り込まれるから仕事だけは決めてくっ。だからッ! さっさと撮ってくんない!?」
「杏花さんをばばあとかって・・・何がそんなに杏里を焦らせてるんだよ?」
「瑠珠に近付く不届き者が、具合の悪い彼女を引っ張って飯に行きやがった」

 澤井は束の間、素の顔になって杏里を見、「そゆことかよ」とうんうん頷いてカメラに向き直る。馴染みのモデルたちの苦笑が聞こえた。
 杏里に場所を譲るようにモデルが移動するのを見送って、

「ほら! さっさとカメラ前に立てッ! ったく。瑠珠ちゃんが原動力って、良くも悪くも安定した奴だな、お前は」
「瑠珠は俺の一部!」
「はいはい」

 呆れ返った笑みを浮かべる澤井とは、キッズモデルからの付き合いだ。
 当時まだまだ駆け出しだった澤井と一緒に仕事するようになってから、ずっと兄のように慕って来た。瑠珠の事も何でも報告、相談してきた仲なので、知り過ぎている彼が苦笑しても仕方ない。
 しかし杏里が宣言した通り、気合の入った彼が巻き巻きで仕事を終えた。

 サクサクと帰り支度をする杏里に、澤井は「最初からやれよと」と皮肉を食らわせてきたが、頭には瑠珠の事しかない。「ごめんなさーい」と笑って誤魔化すと、マネージャーを巻き込んで杏里は勢いよくスタジオを飛び出し、一路瑠珠の元へと向かうのだった。

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