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第一章 村防衛編
第十話 旅立ちの時
しおりを挟む俺は部屋のベッドに横になり天井を眺めていた。
ちなみに自分の家はこの前燃えたのでここは村長の館の一室である。
村長はこういった時のことも計算に入れていたようで、村の人たちが一部屋ずつ入れるように作ってあるのだとか。
あの人には頭が上がらないよな…。
部屋の中はとても静かで窓からそよぐ夜風が花瓶に入った水色の花を優しく揺らしていた。
館の中に結構あるけど聖女様が好きなのかな。
「分からんなあ…。」
あれから''勇者の力''というものについて調べようとしたのがビックリするぐらい何も分からない。
村長のように空で手を握り力を使おうとしてみてもオーラが出てくるわけでもないし、そもそもその存在を感じる事もない。
そのまま天井に腕を突き出したままボーッと考え込んでも手掛かり一つありゃしない。
''神の書物''を使ってみたのだが、もちろん勇者についてのページはあった。
だが、そのほぼ全ての箇所に黒塗りがされており、何も分からないのだ。
これには驚いたが…。
俺の実力じゃまだ見れないのかもしれないし、何者かに阻害されているのだろうか、さっぱり分からないよ…。
それに…あれから村長の体調がよろしくない。
今までが元気すぎただけで年相応になったと言うぐらいだが、あまりにも急激すぎる。
もしかして俺に力を渡したからなのか…?
本当にこの力は受け取っても良かったのだろうか…?
俺のせいだとしたら聖女様にどう顔向けしてらいいんだよ…。
—————
そんな葛藤の日々をしばらく過ごしたが、俺は明日から旅立つ。
ベッドの隅に置かれた荷物を見る。
携帯食料、どこでも野宿が出来る道具や護身用のナイフ、などなど。
旅の目的は村の復旧。
村長の友人だというドワーフの大工を連れてきて、村の建物を直してもらうのである。
いつもは村長が行っていたらしいのだが今はそうもいかなくなってしまったので、俺が代わりに行くと名乗りをあげたのだ。
俺のモットーである''楽しく生きる''を実現するためには村の修復は欠かせない。
それに村長の村だ。
大事にしていかないと。
—————
する事もないので明日に備えて早く寝ようと思ってたら、コンコンと扉を叩く音が聞こえる。
「どうぞ。」
返事をすると入ってきたのは村長だった。
あれ?聖女様が一緒じゃないな。
「夜分遅くにすまんな。少し良いかな?」
「もちろんですよ。どうぞ、座ってください。」
ここ最近、やはり村長は老け込み弱々しくなっている気がする。
罪悪感…感じるな…。
「そんな顔するな。私は元気じゃぞ?それにいつもステラーと一緒ではないわい。」
ありゃ、また見透かされてた。
「村長様は…心が読めるんですか?」
「はっはっは。読めれば嬉しいんじゃが、生憎私にそんな力はない。お主はステラーと同じで顔に出やすいんでな。」
俺、聖女様に顔に出やすいとか言うのやめます。
自分の顔って分からないモンだなあ…。
「まあ良い。お主に話があってな。…ん?まさか''勇者''の力を使おうとしておったか?」
「本当に心を読む力ありませんか…?村長様に頂いた力なのでしっかりと活用したかったのですが…さっぱり上手くいきません。」
全てお見通しってわけね…。
この人、セブルス・スネ○プのように開心術の達人だったりするんじゃないか?
「はっはっは。そんなに焦らずとも良いさ。きっと自然に使えるようになる日が来るじゃろうよ。」
「ありがとうございます…。話を折りましたね。村長様、話とは?」
優しい微笑みに実家のような安心感を覚えながらも話を戻す。
「おお、そうじゃった。明日の旅立ちの前に一言伝えておきたいことがあってな。」
「伝えておきたいこと、ですか?」
「うむ。心して聞きなさい。」
村長の顔が威厳のある厳格な表情をしているので俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
—————
「良いかマナ。もし万が一旅の最中に……。
奴、賢者を見つけたら迷わず殺すのじゃ。」
「…は?」
衝撃。
開いた口が閉じないほど衝撃の一言だった。
「け、賢者って確か聖女様の師で父って言ってた…?その賢者ですか?」
「その賢者じゃよマナ。私はな幼い頃からステラーを見てきて、そして奴から守っていたのじゃ。私は…見たのだ。度重なる残虐な仕打ち、非人道的と言える力の修行の有様をな。
ステラーはあの男に騙されておるのだ。頼むマナ…。お主の命を守りたいと言いながらも私は矛盾したことを言おうとしておる…。何があっても、例え自分が死ぬ事となっても…ステラーを守ってくれ…。」
「村長様…。」
村長の顔は今まで見た事のない顔になっていた。
激しい怒り、それに比例するまでの憎悪。
そして自身の無力さを痛感するような悲しみ。
俺はこの人を聖女様と同じくこの世界で一番信頼している。
だからこそ、尚更こんな顔みてしまったら疑えなくなるじゃないか…。
「分かりました村長様。あなたの言葉を信じます。俺はあなた達に何度も命を救われた身です。ならこの命はあなたと聖女様のためなら惜しまないです。」
「すまないな…。真実を話してやりたいが、今の私には全てを語るには荷が重すぎる…。わかっておくれ…。」
村長の顔は悲痛を噛み砕いたような…すごく辛そうだ。
「大丈夫ですよ。あなたが話してくれるのを待ちますし無理に話さなくても良いです。
それに今のままでは俺も未熟ですから。」
村長の隣に座り背中をさする。
以前はあれほど頼もしく、強く感じた背だが今は俺よりも小さく見える。
なら俺が村長も聖女様も、みんなを守れば良いだけの話だ…な。
「ああ…。ステラーの力は強大じゃ。生と死を支配するまさしく神のような力…。それゆえに命を狙う者も数え切れぬ程おる。敵がロックスのような奴ばかりじゃと思ってはならぬぞ。私はもう無理じゃが…、ステラーを守ってくれ…。頼んだぞ…。」
「…はい!」
—————
夜…。
自分の肩にかかっている命の数。
守るべきもの。
責任と不安。
「聖女様を…守る…!」
心に誓い、眠りについた。
—————
翌朝。
村のみんなが俺と聖女様の旅立ちの見送りにやってきた。
もちろん聖女様も俺と一緒に行く。
村に残っても良かったんだが…俺が一人だと危ないということでついてきてくれる。
「マナ…気をつけて行っておいでね。」
「毎度お前に任せちまってすまねえな。」
父と母もやってきていた。
この二人も本当に気にかけてくれている。
とても良い親だ。
「大丈夫ですよ。母さん、父さん。安心してください。」
「マナの事は私にお任せください。ゼス様、ダナエ様。傷一つさせませんからねっ!」
聖女様が胸を張って母と父に宣言した。
その姿はとても微笑ましい。
あ、ちなみに今まで父と母の名前言ってなかったけど父がゼス、母はダナエだよ。
「あら頼もしいね聖女様。それなら安心だよ!」
「だな。だがお前も聖女様を守ってやるのだぞ?」
「もちろんですとも。なんならここで女神に誓いますよ。その女神は聖女様ですけどね。」
「め、女神だなんて…!」
予想通り聖女様はかああと顔を赤くして恥ずかしがっている。
この光景も慣れたもんだ。
いつまでもこうやって冗談言える日が続くと良いな。
「お前、言うようになったじゃないか。これは聖女様が家の子になるのも近いか?」
「ちょ、ちょっとゼス様…!そんなっ…。」
「そうだぞゼス。何をふざけたことを言っておる。マナにはまだ早いのではないか?」
そう言ってたら後ろから村長がやってきた。
「ふざけてないですよ村長。ほらウチのマナはこんなにも美形ではないですか?聖女様にピッタリですよ?」
「ほう。お主、命が惜しくないと見える。」
ちょ、ちょっとこのおじさん達、何を言ってるんだよ。
ほら、聖女様も顔を赤くして焦ってるじゃないか。
なんかギャラリーも集まってきてるし…。
これ、恥ずかしいの俺と聖女様なんだからやめてくれよ…。
「ふ、二人とも。その辺にしといて…。」
とりあえず止めに入ろう。うん。
「そ、そうですよ!ホシもマナと張り合わないでください!」
「むう…。ステラーにそう言われては仕方あるまい。ゼス、この勝負引き分けだな。」
「そのようですね。」
ふう…やっと治ったかこの人たち…。
まあ目に見えるほど村長は聖女様の事を大切に思ってるんだ。
俺が命にかえても守らないといけないのは事実だよな。
村長から託された力…この力は村長の大切なものを守るために役立てよう…。
「さて、冗談はここまでにしておき。マナ、これを持っていきなさい。」
村長が差し出してきたのは一枚の紙。
手紙のようになっていてとても上品そうだ。
「これは私の友人、ドワーフの名工アルゴーへの紹介状だ。見せれば快く来てくれるじゃろう。」
「ありがとうございます。」
手紙をしっかりと懐に仕舞う。
すると村長が俺の元へ近づいてきた。
「それではマナよ…。私の代わりにすまないが頼んだぞ。ステラーのこと、そして例のこともな…。」
「はい。お任せを。」
その様子を聖女様が不思議そうに眺めている。
「?二人で何を話しているのですか?」
村長に頷き、俺は聖女様の手を取り、走り出した。
これは俺と村長だけの極秘任務。
聖女様に気づかれないようにしないとな…。
「さあ行きましょう聖女様!善は急げですよ!」
「わっ、はわわっ!?え、ええそうですね。行きましょうマナ!」
後ろからは村のみんなからの声援が聞こえる。
村長も暖かい目で見守ってくれていた。
——————
こうして、突然始まった俺の異世界生活。
初っ端からおっそろしい魔物と戦い、強敵と命をかけた決戦をしてきた日々だが、ついにもう一歩足を踏み込むことになるのだった。
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