ステータス999でカンスト最強転移したけどHP10と最低ダメージ保障1の世界でスローライフが送れません!

矢立まほろ

文字の大きさ
1 / 49
○1章 同時多発的一方通行の片思い

1-1 『こんにちは、異世界』

しおりを挟む
 俺の名前は田口エイタ。

 地元のそこそこ名のある国公立大学を卒業して社会人となってから三年。大手企業の下請けの会社に入り、ひたすら社会のために貢献してきた。

 急な案件で休みが潰れることなんて少なくもなく、残業なんて当たり前。それに疑問を呈する人たちは社内でも多いが、声を上げても環境が変わる気配などまったくない。

 消耗品の歯車のように馬車馬のごとく働かされる。
 溜まっていくのは疲労と少ない貯金ばかりだった。

 こんな生活、いつまで続くのだろう。

 寿命が尽きるまで絶え間なく無限に続きそうな毎日。
 けれどその轍から脱却する気力も湧きあがらず、流されるままに日々を送り続けている。

 プロアスリート。芸能人。芸術家。
 そんな一般とは逸脱した職業に憧れたことなど何度もある。

 なれるものならなっていた。
 だが俺にはそんな才能なんてなかった。

 結局、凡人には凡人の生き方しかない。

 こんな人生、糞食らえだ。

 今日も今日とて出勤しなくてはならない。
 まだ四時間も寝てないのに、朝早く起きて、通勤ラッシュの人混みに呑まれながら会社へ向かう。

 夏の炎天下での出勤はまさに地獄だ。
 クールビスでシャツでこそいいものの、白地は汗の跡がくっきりと出て不恰好だし、スーツパンツは汗でふくらはぎに張り付く。

 次第に高くなり昇りはじめる日差しの下で待つ信号は、横断歩道の先が陽炎のように揺らめいて見えた。

 また、大変な一日が始める。
 変わり映えのしない一日が。

「あぶない!」

 ぼうっとしていたせいで、誰かがそう叫んだことに俺は気付けなかった。

 気が付くと、猛スピードのトラックが俺のいる交差点へと突っ込んできた。近くにいた人たちは咄嗟に逃げたようだが、疲れからか反応が遅れてしまった俺は、足をとられて逃げ遅れた。

 やばい。
 そう思った瞬間には、激しい衝突の痛みが襲っていた。

 体が非力にも宙を舞う。

 飛ばされる俺を見て驚愕の色を浮かべる周りの人たちの顔が、まるでスローモーションのように見えた。

 俺は死ぬのだろうか。

 イヤに冷静で、心が冷めたように何の感覚も無くなっていた。

 今日の会議で俺がいなくなったら誰が企画書を発表するのだろうとか、先日取引先から頼まれていた案件を進められなくなるとか。

 そんなどうでもいいことが俺の頭を埋め尽くした直後、

 ――まあ、なんとかなるか。

 そう落ち着いた。

 俺以外にだって会社に人はいる。

「お前がいなくなっても代わりはいる」といった雰囲気で仕事を押し付けてくるくせに、
「お前がやらなければ仕事が回らない」とばかりに重責を押し付けてくる。

 だったらいっそ、回らなくさせてやりたい。
 俺が死んだら、会社の上司はどんな顔をするのだろうか。

 そんなことも、もうどうだっていい。

 どうせ上手くやりくりして事なきを得るのだろう。。
 俺が一人いなくなったところで、なんだかんだ社会は問題なく回るのだ。

 なんと無意味な人生だったのだろう。

 ――ああ、次に生まれてくるときは、最強系の主人公みたいに苦労のない人生がいいな。

 なんて、少し前に見たアニメの設定を走馬灯のように頭に浮かべながら、俺の目の前は暗転し、意識を遠のかせていった。


   ◇


 目が覚めたら薄暗い洞窟の中だった。

 ドーム状となった鍾乳洞のよう巨大な空洞の中で横たわっていた。

 地面に付いた頬から冷たい感覚が伝わってくる。どうやら生きているらしい。
 けれど俺はついさっきまでコンクリートジャングルの真っ只中にいたはずだ。

 しかし地鳴りのように不快な雑踏も、行き交う車のエンジン音も、今はまったく聞こえなくなっている。

 いったいなにがあったんだ。
 俺は死んだんじゃないのか?。

 わけもわからず、とりあえず体を起こしてみた。

 手足の感覚はある。五体満足だ。
 調子もいたって健康。むしろ寝不足や疲労感すらも消えている。

「どうなってるんだ」

 戸惑いの声が洞窟に反響する。

「どこだよここ。薄暗くてよく見えないし」

 状況を理解できないままぼうっとしていると、がさり、と何か黒い影が動いた。

 なんだろう。
 目が暗闇に慣れていないせいかまだよくわからない。

 じっと目を凝らしてみる。

 そこにいたのは、

「ね、ネズミか?!」

 それもただのネズミじゃない。
 俺の腰くらいの高さはありそうな巨大なネズミだった。

 二足で立ち、赤い瞳を浮かび上がらせ、棍棒のような物を手に持っている。よくRPGで見かけるような雑魚モンスターのような外見だ。

 俺の凝らした目が少しだけ熱くなり、途端、頭の中を電気が通り抜けていったような感覚がした。

 ――感知魔法、アナライズ発動。

 視界に捉えているネズミの輪郭がハイライトで浮かび上がる。
 するとそのネズミの周りに数値が表示され始めた。

  『HP 10
   攻撃力 3
   防御力 2』

 まるでこれこそよくあるゲームのステータスみたいだ。

「なんだこれ。どうなってるんだ」

「ヂュゥゥゥ!」

「うわぁ!」

 戸惑ったままでいる俺に、ネズミが棍棒を振りかぶって襲い掛かってくる。

 俺は喚くように腕を振り回した。
 それがネズミの手元に軽く当たったかと思うと、

   『50000』

 そう視覚的に数字が浮かんで見えたかと思うと、まるで思い切り蹴り飛ばされたかのようにネズミの体が吹き飛んでいった。

 俺が殴り飛ばしたにしては強力すぎる。

「な、何がどうなってるんだよ」

 凝らしたままの目で自分の手を見る。

  『攻撃力 999』

 俺の手からそう表記が出ていた。

 今度は俺の体を見てみる。

  『防御力 999』

 こっちもだ。

 吹き飛ばされたネズミは壁に叩きつけられ、気を失っていた。

 いや、死んでいる。
 地面に横たわって心臓が止まっていることもそうだが、そのネズミの頭上にゲージが表示され、それが『0』となっていた。

 まさにゲームのようだ。

 これはつまり、そういうことなのだろうか。

 死んだかと思えばよくわからない見知らぬ場所。
 とってつけたかのように与えられた物凄そうな力。

「まさか、これが最強ものの異世界転生ってやつか!」

 突然異世界に飛ばされたかと思えば、人知を超えるような最強スペックを授けられて新しい人生をスタートさせる。

 最近、そんなアニメをよく見るが、まさか俺もそれを経験しているのか。

「夢じゃない、よな……」

 事故にあって植物状態のまま都合のいい夢を見続けている、なんて馬鹿げた話だったら悲しすぎる。

 だが自分の頬を叩いてみても痛覚はあるし、やはり地に足が付いた現実味もしっかりとしている。今のところ、これは現実と見てもよさそうだ。

 となると、やはり俺は転生した、ということか。

「い…………」

 ぐっと拳を握り締める。

「いやっほおおおおおおう!」

 天は俺を見捨ててはいなかった。
 汗水流して、誰のためかもわからないひたすらの奴隷労働を続け、老後すら安定しない現実から、俺への救済を与えてくださったのだ!

 最強ものといえばノーストレス、フリーダム。
 多少の苦労はあれど、ほとんどその強大な力で問題を解決しきってしまう使用回数無限の最強のジョーカー。

 ――俺の人生、勝った。

 この最強の力を使って、俺は憧れの『スローライフ』を送るのだ。

 悠々自適に異世界を堪能しながら、仕事という枷から外れて好き放題に生きられるのだ!

 心が湧き立つ。歓喜に震える。
 胸の奥からだくだくと涙が流れ出る。

 ようこそ異世界。
 ようこそ最強スローライフ生活。

「俺は、ここで自由に生きられるんだー!」

 そう拳を突き上げて叫んだ瞬間、身の毛もよだつような悪寒がして、俺は咄嗟に体を動かした。

 と、さっきまで俺がいたところには、鈍色の切っ先を光らせた槍が振り下ろされていた。

「な、今度はなんだ?!」

 慌てて向かいやる。

 そこには、刃が沈められ深く亀裂の入った地面と、その刃先の持ち主である人影が佇んでいた。

 だんだん目が慣れてきたおかげで、その人影の顔がわかり始める。

 女の子だ。
 少し小柄なシルエット。細身の輪郭。
 片側で結んでちょこんと跳ねた、褐色の肌とは対照的な白銀の髪。

 子供、と呼べるほどにあどけない顔つきのその少女は、真ん丸く赤い瞳を俺へと向けていた。

 誰だ、と俺が言うよりも先に、少女は舌打ちをして口を開く。

「その命、今度こそもらうわ!」
「ええっ?!」

 いきなり変なところに飛ばされたかと思えば、初めて出会った女の子にいきなり殺害宣言。

 どうなってるんだ俺!
 どうなってるんだこの世界!!

 ――グッバイ、俺のスローライフ。

 手に入れたと思った念願のセカンドライフが音を立てて崩れ去っていくような気がした。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

インターネットで異世界無双!?

kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。  その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。  これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...