ステータス999でカンスト最強転移したけどHP10と最低ダメージ保障1の世界でスローライフが送れません!

矢立まほろ

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○2章 クエストへ行こう

 -2 『働きたくないでござる』

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 半日も歩かずたどり着いたその町は、一目で見渡せないほどに巨大だった。

 商業都市、フォルン。

 全体が煉瓦などの石材で作られた、中性的な造形をした大規模な町だ。

 コンクリートジャングルみたいな背の高さこそないが、ほぼ同一の高さの建物が並び、赤褐色の絨毯がどこまでも続いているかのようだった。一番奥にはこの町で唯一背の高い領主の屋敷が建っており、町全体を見守るように座している。

 フォルンの町は街道から続く大通り多くの馬車が行き交い、商人や客の賑わいで活気付いていた。露天で香辛料を売る人、動物の毛皮の加工品を棚に並べる人、色とりどりな青果を扱う店まで、そこは幅広い種類のものが売られているようだ。

 人が雑多に溢れかえる中、最も人気なのは食料品の叩き売り業者だ。
 格安の値段を謳い、それに釣られて女性たちが我先にと群がっている。

 現実世界の大型ショッピングモールを思い出す。
 主婦たちによる壮絶な争いはどの世界でも同じらしい。

「お金の節約は大事なのです」

 殴ったり、蹴ったりしてでもお買い得品を得ようとする女性たちを俺が引いた気持ちで眺めていると、ミュンが諭すように言ってきた。

 確かにそうだ。
 お金がなければなにもできない。

「……そうだよな。お金、いるよな」

 この世界にやってきて、俺がついに直面してしまった大きな問題。

 そう、金欠だ。

 いくら最強のステータスを手に入れたところで、お金を手に入れることはできないのだ。作り出すなんてことは不可能だし、かといって力を行使して他者から奪い取るというのも気分が悪い。

 そうなればやはり身銭を稼がなければならないわけで。

「……働かなきゃ駄目ってことだよな」

 せっかく社畜人生から脱却して念願のスローライフを送れるかと思った矢先の、このイヤに現実的な問題だ。

 結局、楽だけして生きれるなんて都合のいい話はそうそう無いか。

「だったらせめて、この能力を使って少しでも楽ができるのがいいな」

 そう思い、俺はこのフォルンの町で仕事を探すことにした。

 異世界に来たばかりの一文無し。

 今日の晩飯に宛がうお金すらない。
 服だって土で汚れたワイシャツのままだし、この世界にあったものを調達しなければいけないだろう。

「就職の斡旋所もあるので、そちらに行ってみましょう」

 ミュンには、俺は山奥の片田舎から出向いてきて町の勝手を知らない、という設定で説明している。さすがに異世界人だと言っても信用ならないだろうと思ったからだ。

 とにかく今は小銭でもお金が欲しい。選り好みをせず、俺はその斡旋所で勧められた物を一通り試してみることにした。

 ○日雇いの肉体労働。

 町の入り口の門の補修と道路整備をさせられた。猫車で土を運び出したり、道路に敷く加工された石材を運び込んだり。非常に体力の使う仕事だ。

 攻撃力はどうやら腕力には適用されていないらしい。
 石材を運ぶのも一苦労だし、なにより炎天下での作業はなかなかに過酷だった。

 なによりずっと会社でのデスクワークがメインだったのだ。
 体力などあるはずがなく、すぐに足腰が悲鳴を上げ始めていた。

 現実世界で日中の工事現場で汗水流してる人たちを今更ながら尊敬したくなる。

 日雇いの肉体労働――ダメ。

 ○酒場の厨房でのアルバイト。

 翌日は、冒険者で賑わう酒場での裏方仕事に挑んでみた。

 業務内容は簡単で、厨房での皿洗いがほとんど。夕方時分の混雑時には俺もフロアに出て、注文を聞いたり料理を運んだりと、臨機応変に動いていく。

 不慣れからの忙しなさことあったものの、アレを先に洗う、コレはまだ注文がないから後回し、と理路整然と作業を効率化させていくのは少し楽しかった。

 どちらかというと肉体労働よりかは向いているらしい。
 とはいえ、厨房での作業も相当な体力が必要なのは違いないが。

 飲食店での労働は見た目以上にハードだ。ひっきりなしに客が来て、休む暇なんてほとんど与えさせてくれない。それに仕事の遅れはすぐ苦情としてぶつけられるから、現場の空気もピリピリ張り詰めている。

 休日祭日まで働いてくれている現実世界の従業員の皆さんたち、本当にお疲れ様です。

 酒場での仕事は二日は続いたが、三日目に問題が起こった。

「おい新入り。そこの野菜の皮を剥いといてくれ」
「は、はい。ピカルさん」

 酒場の店主である坊主頭の男性に言われ、厨房の片隅にあった箱に山積みされた野菜たちのところへ向かう。

 人参やジャガイモといった、現実世界でも見覚えのある野菜たちだ。現実でよく見かけるほど形は整っていないが。

 ピーラーなどあるはずなく、置かれていた皮剥きようの短いナイフを手に取る。その瞬間、厨房の壁を何かがぶち破って飛び込んできた。

 それが、ナイフを押し退けるようにして俺の手に収まる。

 クレスレブだった。
 追いかけるように、空いた穴からミュンが駆け寄ってくる。

「ああ、エイタさん! 大丈夫ですか!」
「なんだよいきなり!」
「まさか武器を持ちましたか? 彼女以外の武器は持てず、持とうとすれば強制的に自分を装備させるというクレスレブの呪いです」

 なんだよそれ。
 まさしく、呪いを解除しなければ外せないなんて、ゲームかなにかみたいだ。

 というか、ただ皮を剥こうとしただけなのにこの大惨事。

 壁には大きな穴が空き、厨房には砂埃が舞い立っている。厨房にいた従業員達は混乱したまま深く咳き込み、食材たちには大量の砂がかかってしまっていた。

 廃品間違いなし。

「……や、やべえよな、これ」

 冷や汗が流れる。

 従業員達の視線は、明らかにこの厨房で浮いている長剣を握った俺へと向けられていた。店主のピカルも、俺を睨むような猛獣の目つきを浮かべている。

「おい、新入り」
「……は、はい」
「てめぇはクビだっ!」
「す、すみません!」

 流れるように厨房から追い出され、俺はあっという間に職を失ってしまったのだった。

 その後も色々と仕事を試してみたが上手くいかなかった。

 何か刃物を握ったり、ちょっと尖った杭のようなものを持つだけでクレスレブが駆けつけてくるという不便。

 更には、

「……ふっ」
「痛っ!」

 仕事中に陰からこそこそと吹き矢で1ダメージ与えてくるヴェーナに気を取られ、仕事の失敗も続いてしまった。

 結局、たらい回しのようにいくつもの仕事を巡り、俺の手元に残ったのは、酒場の厨房で食材や壁などを弁償させられてできた多大な借金だけだった。

 こっちの世界の通貨で五十万ゴールド。
 昨日までの仕事がだいたい日給一万前後だから、おおよそ二月働いて返済できるくらいだろう。

「…………人生ってなんなんだろう」

 寝静まった夜更けにベッドで横になり、天井を眺めながら空しくそう呟いた。

 神様なんていないんだ。
 人生強くてニューゲームなんて、ただの幻想だったんだ。

「エイタさん。お目覚めの体調はいかがですか。今日は新鮮な山菜を譲っていただけたので、それを使ったスープを作ってみました。あ、それとエイタさんのお召し物にシミがついていたのでしっかりとシミ抜きしておきました」

 朝になると、ミュンが甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

 彼女は本当に、俺なんかについてくるつもりらしい。
 自分の年齢の半分くらいの少女に優しくされ、その温かみと罪悪感がない混じった息苦しさに、穴があったら入ってそのまま埋葬されたい気分になった。

「すまんな、ミュン」
「いいえ。それは言わない約束ですよ」

 まるで台詞だけ聞けば、病床に伏せた老夫婦の会話みたいだ。

 しかし実際は、仕事も上手くいかず、多額の借金を背負う羽目になってしまった体たらくな男である。

「エイタさんはいま、見知らぬ土地で本調子でないだけです、きっと。すぐにうまくいきますですよ」

 こんないたいけな少女に献身的に介抱されているばかり。まるでこれでは紐じゃないか。

 俺は確かに楽をしたいと思っていた。
 だが、こんな女の子の善意に甘えるだけの紐になりたかったわけではない。

 しかも借金まで背負っているのだ。
 このままではそれも押し付けてしまう。
 さすがにそんなクズ野郎に成り下がるのは俺の理性が許さなかった。

 だが、このままでは本当に職にありつけず、ミュンに負担をかけるばかりなのは事実だ。

 しかも気を抜けば、

「うおっ!」

 窓が突然割れ、やや太めな吹き矢の針が俺の枕元に突き刺さる。

 自称見習い魔王の少女に命を狙われる日々。
 おまけにこの魔王、その数秒後には何食わぬ顔で俺たちの前に顔を出し、ミュンが作ったご飯を目当てに同じテーブルにつく肝っ玉の持ち主だ。

「なに怖い顔してるのよ。食欲がないならあたしがあんたの分ももらうわよ」
「お前はなんでフツーにそこにいるんだよ」
「なに、哲学の話?」
「ちげーよ!」

 ヴェーナに怒鳴り散らしながらも、とにかく朝食を摂ろうとする。スープのほかに果物もあって、それをフォークで食べようとした途端、

「うわわっ、私の鞄が!」

 そうミュンが叫んだと同時に、気がつくと俺の手には、フォークではなくクレスレブが握られていた。
 手元にあったはずのフォークは乾いた音を立てて床に転がっている。

 いや、フォークですやん。
 武器ですらないですやん。

 嫉妬深い呪いの長剣。
 まさかここまで徹底してくるとは。
 心なしか俺がクレスレブの柄を握ると剣から嬉しそうな感情まで伝わってくる。

「なんかヤンデレの彼女を持ったみたいだな……」

 私以外を見るのは許さない、なんて嫉妬されていると考えればまだ可愛いものか。だが、やはりこのままでは生活に支障が出てしまう。

 一刻も早く、この生活をどうにかしなくてはならない。
 ミュンのためにも、何より俺の精神衛生のためにも、絶対に。

「となると、もうアレしかないか」

 ――そう宙を見やって息を吐いたのが、かれこれ数時間前のことだった。
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