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○2章 クエストへ行こう
-3 『不気味な勧誘』
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クエスト斡旋ギルド――『旅人のきまぐれ亭』
いよいよ就職先に行き詰まり、重い腰を持ち上げて訪れたのがその場所だった。
モンスターの討伐や環境調査、果ては荷物運びまで、役所に寄せられた様々な依頼を冒険者たちに提供してくれる仲介施設だ。
依頼をこなせばお金が手に入る。
さすがに一般人にはこなせない難しい依頼も多く、賞金の額は少なくない。
手っ取り早くお金を稼ぐのなら最適な仕事だろう。
本当はいの一番にそういう仕事を思い浮かべていたが、イヤだった。
勇者のマルコムが初めて会った時に言っていたように、そういう仕事を斡旋してくれる場所があるのは予想できていた。
最強のステータスを手に入れた俺ならモンスター討伐くらいわけもないだろう。
だが、考えても見てほしい。
HPの上限が10までしかなく、最低保証で必ず1は通されるのだ。
どれだけ余裕と思っていても、万が一はある。
おまけに自称魔王見習いの姑息な不意打ち付きだ。
平和にスローライフを楽しみたい俺としては、できるだけ避けたいリスクだった。だがもうこの際、四の五の言っていられる場合ではないだろう。
思い足を動かして、俺はその分厚い門扉を押し開けた。
旅人のきまぐれ亭の中は、いかつい装備を携えた屈強そうな男たちで溢れかえっていた。
がたいのいい筋肉男。
きらびやかな全身鎧で纏った男。
小太りで力持ちそうなスキンヘッドの半裸男。
ミュンに宛がってもらったおかげで服装こそ溶け込めてはいるが、どう見ても華奢な一般人にしか見えない俺は明らかに浮いていることだろう。
おまけに二人も女の子を連れていれば悪目立ちすること間違いなしだ。
入ってきた俺に、男たちはぎらついたような目で睨んできていた。
「なあ、ミュン。なんかすっげぇアウェイなんだけど」
「冒険者の方々にも、それぞれ縄張りのようなものがあると聞きます。依頼されるクエストの数にもさすがに限りがありますし、一度受注してしまえば他のグループは受注できなくなるので、、見知らぬ人にむやみやたらと受注されるのを嫌うらしいです」
なるほど。
それで新顔の俺には目を光らせているってわけか。
わかりやすい利権争いだ。
しかしだからといって、俺だって遠慮して帰るわけにもいかない。
「あの、ここ初めてなんですけど」
「そちらの番号札をお取りください。順番になりますとお呼びしますので」
「あ、はい」
カウンターで椅子に腰掛けようとすると、受付の若い女性に事務的な笑顔で案内された。
どうやら他の男たちも、順番待ちのために控えている最中のようだ。
二つある窓口は片方が埋まっていて、俺が声をかけたもう片方も、すぐに次の男が案内されていた。
仕方なく、俺も木の番号札を取って待つことにした。
まるで現実世界の役所で整理券を取った時みたいだ。カウンターの向こうでは書類などを持って慌しく動く事務員たちの姿が見え、余計にそれを彷彿とさせる。
俺はカウンターの向かいの空いていた椅子に腰掛けた。
ミュンとヴェーナも同じように両隣に収まる。
まるで両手に花のように見えるが、片手は毒草である。
「女を連れて、何様だ」と、男たちから陰口が聞こえてくるが、できるのならばこの片方の少女を引き取ってほしいくらいだ。
「なんだか緊張しますね。えへへ」
長剣のはみ出したバックパックを膝上に抱き、照れくさそうにミュンがはにかむ。だが俺は、隣のヴェーナがいつ襲いかかってくるものかと別の意味で緊張していた。
待っている時間が退屈なのか、ヴェーナはおもむろに吹き矢を取り出して口許につけた。かと思えば服にしまう。また取り出す。またしまう。
「なにやってんだ」
「スムーズにやる練習を」
「なにを」
「秘密」
――明らかに俺を攻撃するためのだろ!
というか、対象の目の前で練習するな。
こいつのことだ。
これだけの一目があっても平気で攻撃してきそうで恐ろしい。
しかし他の男たちからは「女を連れて舐めた野郎だ」などと鋭い目を向けられているのだから、気まずいことこの上ない。
できることなら今すぐにでもここから逃げ出したいくらいだった。
早く順番が来ないか。早く順番が来ないか。
神様に祈るように、番号札を握り締めながら待っていると、
「にょにょにょにょーん」
気の抜けるような声が聞こえたかと思うと、カウンターの一番端っこから幼い少女が顔を出していることに気づいた。
どうやらそこも受付窓口のようだ。
あまりに書類やら本やらが乱雑に積み上げられていてそうは見えなかったが、その幼い少女は力任せに掻き分けてスペースを作っていた。
「おーい。こっち空いてるよー。おいでおいでー」
陽気な弾む声で少女が俺たちに手を振ってくる。
だが、その声に応える者は俺たちを除いて誰一人いなかった。
「あれ。あの、あそこ空いたみたいですよ」
俺を睨んでいた強面の男たちに声をかけてみる。
だが彼らは、俺が声をかけるたびに揃って背筋を伸ばしびくりと体を震わせた。
「番号とかいいから、誰かきなよー」
また少女の催促の声が響いてくる。
それに、男たちは歯を食いしばって耳を塞ぎ始めてた、
「あの、行かないんですか」
「う、うっせえ。俺は何も気付いてない」
「でも、行かないと後が詰まるし」
「じゃあお前が行け」
「え……」
なんだ、その含みがありそうな言い方は。
だが男たちはずっと強張った表情を浮かべながら、あの少女の声から目を逸らすように固まったままだ。そこにいる数人の冒険者が誰一人、視線すら向けようとしていなかった。
「そこのおにいさーん。いいクエスト入ってるよー、どう? どうー?」
少女はどうやら、唯一反応を示した俺にロックオンしたらしい。小気味良い笑顔を浮かべながら手招きをしてくる。
「まあ、誰も行かないなら……」
と、俺はそれに招かれるように吸い寄せられてしまったのだった。
いよいよ就職先に行き詰まり、重い腰を持ち上げて訪れたのがその場所だった。
モンスターの討伐や環境調査、果ては荷物運びまで、役所に寄せられた様々な依頼を冒険者たちに提供してくれる仲介施設だ。
依頼をこなせばお金が手に入る。
さすがに一般人にはこなせない難しい依頼も多く、賞金の額は少なくない。
手っ取り早くお金を稼ぐのなら最適な仕事だろう。
本当はいの一番にそういう仕事を思い浮かべていたが、イヤだった。
勇者のマルコムが初めて会った時に言っていたように、そういう仕事を斡旋してくれる場所があるのは予想できていた。
最強のステータスを手に入れた俺ならモンスター討伐くらいわけもないだろう。
だが、考えても見てほしい。
HPの上限が10までしかなく、最低保証で必ず1は通されるのだ。
どれだけ余裕と思っていても、万が一はある。
おまけに自称魔王見習いの姑息な不意打ち付きだ。
平和にスローライフを楽しみたい俺としては、できるだけ避けたいリスクだった。だがもうこの際、四の五の言っていられる場合ではないだろう。
思い足を動かして、俺はその分厚い門扉を押し開けた。
旅人のきまぐれ亭の中は、いかつい装備を携えた屈強そうな男たちで溢れかえっていた。
がたいのいい筋肉男。
きらびやかな全身鎧で纏った男。
小太りで力持ちそうなスキンヘッドの半裸男。
ミュンに宛がってもらったおかげで服装こそ溶け込めてはいるが、どう見ても華奢な一般人にしか見えない俺は明らかに浮いていることだろう。
おまけに二人も女の子を連れていれば悪目立ちすること間違いなしだ。
入ってきた俺に、男たちはぎらついたような目で睨んできていた。
「なあ、ミュン。なんかすっげぇアウェイなんだけど」
「冒険者の方々にも、それぞれ縄張りのようなものがあると聞きます。依頼されるクエストの数にもさすがに限りがありますし、一度受注してしまえば他のグループは受注できなくなるので、、見知らぬ人にむやみやたらと受注されるのを嫌うらしいです」
なるほど。
それで新顔の俺には目を光らせているってわけか。
わかりやすい利権争いだ。
しかしだからといって、俺だって遠慮して帰るわけにもいかない。
「あの、ここ初めてなんですけど」
「そちらの番号札をお取りください。順番になりますとお呼びしますので」
「あ、はい」
カウンターで椅子に腰掛けようとすると、受付の若い女性に事務的な笑顔で案内された。
どうやら他の男たちも、順番待ちのために控えている最中のようだ。
二つある窓口は片方が埋まっていて、俺が声をかけたもう片方も、すぐに次の男が案内されていた。
仕方なく、俺も木の番号札を取って待つことにした。
まるで現実世界の役所で整理券を取った時みたいだ。カウンターの向こうでは書類などを持って慌しく動く事務員たちの姿が見え、余計にそれを彷彿とさせる。
俺はカウンターの向かいの空いていた椅子に腰掛けた。
ミュンとヴェーナも同じように両隣に収まる。
まるで両手に花のように見えるが、片手は毒草である。
「女を連れて、何様だ」と、男たちから陰口が聞こえてくるが、できるのならばこの片方の少女を引き取ってほしいくらいだ。
「なんだか緊張しますね。えへへ」
長剣のはみ出したバックパックを膝上に抱き、照れくさそうにミュンがはにかむ。だが俺は、隣のヴェーナがいつ襲いかかってくるものかと別の意味で緊張していた。
待っている時間が退屈なのか、ヴェーナはおもむろに吹き矢を取り出して口許につけた。かと思えば服にしまう。また取り出す。またしまう。
「なにやってんだ」
「スムーズにやる練習を」
「なにを」
「秘密」
――明らかに俺を攻撃するためのだろ!
というか、対象の目の前で練習するな。
こいつのことだ。
これだけの一目があっても平気で攻撃してきそうで恐ろしい。
しかし他の男たちからは「女を連れて舐めた野郎だ」などと鋭い目を向けられているのだから、気まずいことこの上ない。
できることなら今すぐにでもここから逃げ出したいくらいだった。
早く順番が来ないか。早く順番が来ないか。
神様に祈るように、番号札を握り締めながら待っていると、
「にょにょにょにょーん」
気の抜けるような声が聞こえたかと思うと、カウンターの一番端っこから幼い少女が顔を出していることに気づいた。
どうやらそこも受付窓口のようだ。
あまりに書類やら本やらが乱雑に積み上げられていてそうは見えなかったが、その幼い少女は力任せに掻き分けてスペースを作っていた。
「おーい。こっち空いてるよー。おいでおいでー」
陽気な弾む声で少女が俺たちに手を振ってくる。
だが、その声に応える者は俺たちを除いて誰一人いなかった。
「あれ。あの、あそこ空いたみたいですよ」
俺を睨んでいた強面の男たちに声をかけてみる。
だが彼らは、俺が声をかけるたびに揃って背筋を伸ばしびくりと体を震わせた。
「番号とかいいから、誰かきなよー」
また少女の催促の声が響いてくる。
それに、男たちは歯を食いしばって耳を塞ぎ始めてた、
「あの、行かないんですか」
「う、うっせえ。俺は何も気付いてない」
「でも、行かないと後が詰まるし」
「じゃあお前が行け」
「え……」
なんだ、その含みがありそうな言い方は。
だが男たちはずっと強張った表情を浮かべながら、あの少女の声から目を逸らすように固まったままだ。そこにいる数人の冒険者が誰一人、視線すら向けようとしていなかった。
「そこのおにいさーん。いいクエスト入ってるよー、どう? どうー?」
少女はどうやら、唯一反応を示した俺にロックオンしたらしい。小気味良い笑顔を浮かべながら手招きをしてくる。
「まあ、誰も行かないなら……」
と、俺はそれに招かれるように吸い寄せられてしまったのだった。
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