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○3章 温泉へ行こう
-5 『いざ、温泉郷へ』
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フォルンの町の領主、バーゼンの依頼はやや複雑なものだった。
「ここから一つ山を越えた先に、峡谷に沿って栄える温泉街、フミーネルという町がある。そこは私ではなく、古くからその近辺の地を治める名家の一族、ドミナータという男が管轄しているのだ。きみたちにはそこに赴いてある調査をしてもらいたい」
それが、バーゼンからかいつまんで説明された内容。
現実世界では仕事終わりに暇があれば近場のスーパー銭湯に通い、長期休暇を取れれば温泉地へ逗留に出かけることが大好きだった俺からすれば、こっちの世界にもそんな場所があることについつい興奮を隠せなくなってしまった次第である。
やっぱり日本人としては風呂。温泉ともなれば格別だ。
その温泉地に行きたいがために、俺は去ろうとするバーゼンたちを引きとめ、詳しく話を聞くことにした。
依頼の内容は、要約すれば現地の実態調査だった。
「フミーネルは古くから湧き出る潤沢な温泉を観光資源にして栄えた。今ではその観光客から収益を得るために様々な店が導入され、立派な歓楽街として形成されている。近年では女性との交流を楽しめる花街としても盛り上がっているようだ」
「花街っ!」
マジですか。
昔の各地の遊郭のイメージを頭に思い浮かべてちょっとドキドキしてきた。
「……それで、そんな町に依頼ってのは?」
「フミーネルが賑わうことは私としても申し分ないことだ。だが、かの地を治める男、ドミナータにはいろいろと悪い噂が出ている」
「悪い噂?」
「そうだ。極秘裏に手に入れた情報によると、フミーネルはその花街で違法的な営業を行っているらしい」
「違法ってのはどういう?」
「無理やり酒を飲ませて強奪まがいに金をせしめたり、というのは珍しくはないだろう。だがそれよりも問題なのは、そこで働いている少女たちが、彼女らの意図に反して働かされているかもしれないという情報だ」
「売人に売られてきた子たちが集まってるって噂があるんだよー。借金とかがあって、それを返済するために無理やり働かされてるとかなんとか」
エマがそう追加で説明してくれる。
思ったより重そうだな。
「あそこにいるのは何の罪もないいたいけな少女たちだ。あの噂が事実であれば、私はあの男が少女たちを独占していることがどうしても許せない!」
「独占?」
「いや、こっちの話だ」
ごほん、と咳を払い、バーゼンは表情を改めされた。
「とにかく、フミーネルの現状について調査をしてきてもらいたい」
「調査、ねえ。と言われても俺は探偵じゃないし。何をすればいいのか」
「なに。とりあえずどんな子たちが働いていて、それが自主的なのか、強制なのか、そういったことを客の振りして聞いてくれればいい」
さらっと言ってくれるが、大丈夫なのだろうか。
そういうところってだいたい黒服の怖いお兄さんが目を光らせているイメージだけど。
いや、そもそもこっちの世界にそういう人がいるのかはわからないが。
まあ聞くだけならそこまでリスクも少ないだろう。それに多少力自慢の兄さんたちがやってきても、今の俺は最強ステータス持ちだ。貧弱な下っ端サラリーマンじゃない。
余裕だろう。
「ただ少し問題があってな」
「え?」
「ドミナータは魔王を自称しているらしい」
はい、なんだか面倒そうなの来ました。
楽にはいかせてくれないよね、と内心落胆した。
「その人、人間なんでしょ?」
「人間でも魔王はいる。魔王に足りえる力と、条件。そして正統な継承の儀式を経れば、魔王としての称号は誰にだって得られるものだ」
バーゼンの説明に、あはは、とエマが苦笑を浮かべながら更に付け加える。
「つまり、もしそいつが本物の魔王だったら、それだけの実力者だってことなんだよー」
「ま……マジか」
「マジだよー」
早速、大好きな温泉だからと安請け合いしてしまったことを後悔し始めてきた。
◇
魔王。
強大な力を持った者の総称。
その話を聞いた途端ヴェーナのことが頭を過ぎったが、どうやら彼女は関係ないようだ。
一国を統べるほどの力を持ち、並の人間ではとても適わないほどだという。
基本的に魔王は複数おり、魔族と呼ばれる種族において強者であることを表す地位らしい。しかしその部族のしきたりや契約などによっては人間に授けられることもあるようだ。つまりその人間は、その称号を得られるほど強大な力を有しているということになる。
魔王というものはこの世界でもやはり相当に恐れられているらしい。
そのほとんどが抗えぬほどの力によって民を苦しめ、自身の支配下に収めた人間たちに圧政を敷いていた。
マルコムのような勇者がいるのは、そんな行き過ぎた悪行を成敗するためだ。ミュンの祖父やこれまでの勇者たちによって世界中の魔王は討伐され、現在は表立って見かけることはない。
しかし魔王は現在でも未だ生き延び、水面下で非道を行っているという。
「ヴェーナを見た限り、魔王ってそんな怖いものには見えないけどな」
隣を歩いていた自称魔王の少女に目をやる。
慌てて手に持っていた吹き矢を隠し、口笛を吹き出した。
「見えてるぞ」
「な、なんのことよ」
こんな生易しい奴が魔王でいいのだろうか。
いや、だからこそ魔王見習いに留まっているのかもしれないが。
「魔王というものは誰でも名乗っていいものではありません。必ず必要な儀式、段取りを踏まえ、その上で引き継がれる形式めいたものなのです」
そう教えてくれたのはミュンだった。バックパックの中に詰め込まれた本の中から取り出した、元勇者だった祖父の本を読み解きながら伝えてくれた。
「逆に言えば順序さえ踏まえれば魔王は誰にでもなれます。その称号を得ると、自身の能力が更に強化されるといいます。ですから、みんな喉に手が出るほどほしいのです」
「へえ、なるほどな」
つまりフミーネルの領主ドミナータもその力の恩恵を得るために魔王になったのだろう。
だが能力がカンストしてる俺には無縁の話だ。
そんなもの欲しくもないし、金を払われたって願い下げだ。
俺が望むものはただ一つ。
――第二の人生を、お気楽なスローライフで!
俺、借金を返し終わったら、芝が青く生い茂る牧草地で、ハンモックにゆられながら余生を過ごすんだ。
そんな夢の人生設計を思い描きながら、俺たちはクエストの目的地、花街フミーネルへと足を進めていった。
「ここから一つ山を越えた先に、峡谷に沿って栄える温泉街、フミーネルという町がある。そこは私ではなく、古くからその近辺の地を治める名家の一族、ドミナータという男が管轄しているのだ。きみたちにはそこに赴いてある調査をしてもらいたい」
それが、バーゼンからかいつまんで説明された内容。
現実世界では仕事終わりに暇があれば近場のスーパー銭湯に通い、長期休暇を取れれば温泉地へ逗留に出かけることが大好きだった俺からすれば、こっちの世界にもそんな場所があることについつい興奮を隠せなくなってしまった次第である。
やっぱり日本人としては風呂。温泉ともなれば格別だ。
その温泉地に行きたいがために、俺は去ろうとするバーゼンたちを引きとめ、詳しく話を聞くことにした。
依頼の内容は、要約すれば現地の実態調査だった。
「フミーネルは古くから湧き出る潤沢な温泉を観光資源にして栄えた。今ではその観光客から収益を得るために様々な店が導入され、立派な歓楽街として形成されている。近年では女性との交流を楽しめる花街としても盛り上がっているようだ」
「花街っ!」
マジですか。
昔の各地の遊郭のイメージを頭に思い浮かべてちょっとドキドキしてきた。
「……それで、そんな町に依頼ってのは?」
「フミーネルが賑わうことは私としても申し分ないことだ。だが、かの地を治める男、ドミナータにはいろいろと悪い噂が出ている」
「悪い噂?」
「そうだ。極秘裏に手に入れた情報によると、フミーネルはその花街で違法的な営業を行っているらしい」
「違法ってのはどういう?」
「無理やり酒を飲ませて強奪まがいに金をせしめたり、というのは珍しくはないだろう。だがそれよりも問題なのは、そこで働いている少女たちが、彼女らの意図に反して働かされているかもしれないという情報だ」
「売人に売られてきた子たちが集まってるって噂があるんだよー。借金とかがあって、それを返済するために無理やり働かされてるとかなんとか」
エマがそう追加で説明してくれる。
思ったより重そうだな。
「あそこにいるのは何の罪もないいたいけな少女たちだ。あの噂が事実であれば、私はあの男が少女たちを独占していることがどうしても許せない!」
「独占?」
「いや、こっちの話だ」
ごほん、と咳を払い、バーゼンは表情を改めされた。
「とにかく、フミーネルの現状について調査をしてきてもらいたい」
「調査、ねえ。と言われても俺は探偵じゃないし。何をすればいいのか」
「なに。とりあえずどんな子たちが働いていて、それが自主的なのか、強制なのか、そういったことを客の振りして聞いてくれればいい」
さらっと言ってくれるが、大丈夫なのだろうか。
そういうところってだいたい黒服の怖いお兄さんが目を光らせているイメージだけど。
いや、そもそもこっちの世界にそういう人がいるのかはわからないが。
まあ聞くだけならそこまでリスクも少ないだろう。それに多少力自慢の兄さんたちがやってきても、今の俺は最強ステータス持ちだ。貧弱な下っ端サラリーマンじゃない。
余裕だろう。
「ただ少し問題があってな」
「え?」
「ドミナータは魔王を自称しているらしい」
はい、なんだか面倒そうなの来ました。
楽にはいかせてくれないよね、と内心落胆した。
「その人、人間なんでしょ?」
「人間でも魔王はいる。魔王に足りえる力と、条件。そして正統な継承の儀式を経れば、魔王としての称号は誰にだって得られるものだ」
バーゼンの説明に、あはは、とエマが苦笑を浮かべながら更に付け加える。
「つまり、もしそいつが本物の魔王だったら、それだけの実力者だってことなんだよー」
「ま……マジか」
「マジだよー」
早速、大好きな温泉だからと安請け合いしてしまったことを後悔し始めてきた。
◇
魔王。
強大な力を持った者の総称。
その話を聞いた途端ヴェーナのことが頭を過ぎったが、どうやら彼女は関係ないようだ。
一国を統べるほどの力を持ち、並の人間ではとても適わないほどだという。
基本的に魔王は複数おり、魔族と呼ばれる種族において強者であることを表す地位らしい。しかしその部族のしきたりや契約などによっては人間に授けられることもあるようだ。つまりその人間は、その称号を得られるほど強大な力を有しているということになる。
魔王というものはこの世界でもやはり相当に恐れられているらしい。
そのほとんどが抗えぬほどの力によって民を苦しめ、自身の支配下に収めた人間たちに圧政を敷いていた。
マルコムのような勇者がいるのは、そんな行き過ぎた悪行を成敗するためだ。ミュンの祖父やこれまでの勇者たちによって世界中の魔王は討伐され、現在は表立って見かけることはない。
しかし魔王は現在でも未だ生き延び、水面下で非道を行っているという。
「ヴェーナを見た限り、魔王ってそんな怖いものには見えないけどな」
隣を歩いていた自称魔王の少女に目をやる。
慌てて手に持っていた吹き矢を隠し、口笛を吹き出した。
「見えてるぞ」
「な、なんのことよ」
こんな生易しい奴が魔王でいいのだろうか。
いや、だからこそ魔王見習いに留まっているのかもしれないが。
「魔王というものは誰でも名乗っていいものではありません。必ず必要な儀式、段取りを踏まえ、その上で引き継がれる形式めいたものなのです」
そう教えてくれたのはミュンだった。バックパックの中に詰め込まれた本の中から取り出した、元勇者だった祖父の本を読み解きながら伝えてくれた。
「逆に言えば順序さえ踏まえれば魔王は誰にでもなれます。その称号を得ると、自身の能力が更に強化されるといいます。ですから、みんな喉に手が出るほどほしいのです」
「へえ、なるほどな」
つまりフミーネルの領主ドミナータもその力の恩恵を得るために魔王になったのだろう。
だが能力がカンストしてる俺には無縁の話だ。
そんなもの欲しくもないし、金を払われたって願い下げだ。
俺が望むものはただ一つ。
――第二の人生を、お気楽なスローライフで!
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