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○3章 温泉へ行こう
-6 『期待は弾むよどこまでも』
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山間を縫うように伸びる砂利の街道を進んで約四時間。
「あ、見えてきたみたいですよ!」
ミュンの弾んだ声に、俺は重たい顔を持ち上がらせた。
谷間に並ぶ屋根と、いたるところから立ち上がっている白い蒸気。ついにフミーネルの町が見え始めてきたらしい。
「……や、やっとか」
生まれたての子ヤギのように足を震わせ、息を切らせながら声を絞り出す。
峡谷の町とは聞いていたいが、思いのほかに道は整地されておらず、ひどく険しい旅路だった。
「……あんたが馬を借りなかったせいよ」
同じく肩をうなだらせて疲労の色を見せてくるヴェーナが恨みったらしく言ってくる。
「馬鹿野郎、馬は高いんだぞ! 全員分も借りてられるか!」
「あんたたちは男なんだからいいでしょ。道が狭くて馬車が無理なら、せめて女性分だけでも借りなさいよ。ねえ、ミュンもそう思うでしょ」
ヴェーナは不平不満を惜しみなくぶつけてくる
そんな彼女に対し、クレスレブの突き出た大きなバックパックを背負いながら前を歩くミュンが涼しい顔で振り向く。
「あ、私は全然平気ですので。私の分の馬はエイタさんが使ってください」
「いや、それはそれで俺の気が引ける」
というか男として、俺よりも遥かに小さい少女に歩かせて自分だけ楽するなんて、格好的にも居心地が悪くてイヤだろう。
「ミュンは随分と体力あるんだな」
「はい。私、山育ちでしたので。鍛錬を行うおじい様と一緒によく山の中を走り回っていました」
バックパックにいくつもの本や雑具を詰め込んだ上での発言である。
つよい。
その華奢な体のどこにそんな馬力が潜んでいるのか。
わずかでも分けてもらいたいものだ、と今にもへばりそうになりながら苦笑を浮かべた。
「スク姉は平気なの?」
後ろに続くスクーデリアにヴェーナが振り返る。
彼女の視線を受け、スクーデリアは涼しい顔で笑顔を返していた。
俺たちとまったく同じ距離を歩いているはずなのに見るに汗一つかいていない。
「これが年の功か――ひえっ」
俺が思わず声を漏らしてしまった瞬間、威力を弱めた目に見えない速さの火球魔法が耳元を掠めていった。
「ふふっ。みんなだらしないわねぇ」
「凄いわね、スク姉」
「スクーデリアさんも山の中を走ってたんですか?」
「いいえ、ミュンちゃんのような田舎の野生児じゃなかったわよぉ」
さらっとひどい返しをしたように思うが、ミュンは気にしていないようだ。
「あ、スク姉ズルしてる」
ヴェーナが何かに気付いたようだ。
その視線の先、スクーデリアの足元をよく見ると、足を動かして大地を踏みしめているようで、微妙に両足共に浮かんでいた。その代わりか、魔法で可視化された半透明の竜の翼が生え、羽ばたいている。
「あら、バレちゃったぁ」
「お前、魔法で飛んでたのか」
「飛んじゃ駄目ってわけじゃないでしょ」
「まあそうだけど」
そんな便利な魔法があるなら俺も欲しい。
だがどうやら俺は簡易的な魔法しか使えないようだ。
この世界に来てすぐ使えた『フレイム』という火球魔法も、魔法の素質がある人ならば割と誰でも扱える低級魔法らしい。ただ能力値がカンストしているおかげで威力は絶大となってはいるが。
あれからいろいろと魔法についでも試したものの、水属性、風属性、土属性、雷属性、そして火属性と、それらの最低級魔法しか使えないのが現状だった。
魔法を多用できれば便利なのだが、新しいものを習得するのはけっこう大変らしい。というわけで、俺のしばらくの武器は少しの魔法と、呪われたヤンデレ魔剣だけだった。
まあ、いくら相手が魔王でもなんとかなるだろう。
けれども面倒ごとは避けたいのが本音だ。それに関わることでどんな厄介ごとが顔を出すかわかったものじゃない。
知らぬが仏。
触らぬ神に祟りなし。
平穏に、何事もなくクエストを済ませて、たっぷり温泉を堪能して帰ろう。
「あれ、マルコムさんはどこでしょうか?」
ふとミュンが振り返って背伸びをした。
「あれ、いない。さっきまでいたのに」
俺も探してみると、遥か後方、豆粒のように見える距離に、鎧を纏ったマルコムの姿があった。相当疲れた様子で木陰に倒れこんでいた。
勇者としてしっかり剣と鎧を装備している彼からすれば、たしかに山道は厳しそうだ。
「なにやってんだ! はやくしないと日が暮れるぞ!」
「私はもう行けん! 足のかかとの骨が砕けた。間接ももう微塵も動かん!」
「ふざけんな。もうちょっとだってば」
「無理だ! 私はここで休憩して、その後帰るぞ」
棒になった足がすっかり地面に根付いてしまったらしい。
駄々っ子のように意地を張るマルコムに、俺はふと思いつき、叫ぶ。
「そうか。お前は来ないんだな」
「ああ、行かぬ」
「そうか、残念だ。フミーネルには可愛い女の子が接客してくれて、いろいろとにゃんにゃんできる店がいっぱいあるらしいって聞いたんだけどな」
「…………っ!」
むくり、と滑らかにマルコムの四肢が持ち上がる。
そしてクラウチングスタートのように構えると、砂埃を巻き上げるほどに途端に猛ダッシュをして向かってきていた。
単純で助かるやつだ。
まあ、そういう店があるのも事実らしいけれど。
しかし問題は、俺もそんな店に行きたがっていると女性陣に思われたのか、ミュンにすらひどく冷めた視線で見られてしまったことだった。
男なのだから、ちょっと期待しちゃうのは仕方がないじゃないですか、ねえ。
「あ、見えてきたみたいですよ!」
ミュンの弾んだ声に、俺は重たい顔を持ち上がらせた。
谷間に並ぶ屋根と、いたるところから立ち上がっている白い蒸気。ついにフミーネルの町が見え始めてきたらしい。
「……や、やっとか」
生まれたての子ヤギのように足を震わせ、息を切らせながら声を絞り出す。
峡谷の町とは聞いていたいが、思いのほかに道は整地されておらず、ひどく険しい旅路だった。
「……あんたが馬を借りなかったせいよ」
同じく肩をうなだらせて疲労の色を見せてくるヴェーナが恨みったらしく言ってくる。
「馬鹿野郎、馬は高いんだぞ! 全員分も借りてられるか!」
「あんたたちは男なんだからいいでしょ。道が狭くて馬車が無理なら、せめて女性分だけでも借りなさいよ。ねえ、ミュンもそう思うでしょ」
ヴェーナは不平不満を惜しみなくぶつけてくる
そんな彼女に対し、クレスレブの突き出た大きなバックパックを背負いながら前を歩くミュンが涼しい顔で振り向く。
「あ、私は全然平気ですので。私の分の馬はエイタさんが使ってください」
「いや、それはそれで俺の気が引ける」
というか男として、俺よりも遥かに小さい少女に歩かせて自分だけ楽するなんて、格好的にも居心地が悪くてイヤだろう。
「ミュンは随分と体力あるんだな」
「はい。私、山育ちでしたので。鍛錬を行うおじい様と一緒によく山の中を走り回っていました」
バックパックにいくつもの本や雑具を詰め込んだ上での発言である。
つよい。
その華奢な体のどこにそんな馬力が潜んでいるのか。
わずかでも分けてもらいたいものだ、と今にもへばりそうになりながら苦笑を浮かべた。
「スク姉は平気なの?」
後ろに続くスクーデリアにヴェーナが振り返る。
彼女の視線を受け、スクーデリアは涼しい顔で笑顔を返していた。
俺たちとまったく同じ距離を歩いているはずなのに見るに汗一つかいていない。
「これが年の功か――ひえっ」
俺が思わず声を漏らしてしまった瞬間、威力を弱めた目に見えない速さの火球魔法が耳元を掠めていった。
「ふふっ。みんなだらしないわねぇ」
「凄いわね、スク姉」
「スクーデリアさんも山の中を走ってたんですか?」
「いいえ、ミュンちゃんのような田舎の野生児じゃなかったわよぉ」
さらっとひどい返しをしたように思うが、ミュンは気にしていないようだ。
「あ、スク姉ズルしてる」
ヴェーナが何かに気付いたようだ。
その視線の先、スクーデリアの足元をよく見ると、足を動かして大地を踏みしめているようで、微妙に両足共に浮かんでいた。その代わりか、魔法で可視化された半透明の竜の翼が生え、羽ばたいている。
「あら、バレちゃったぁ」
「お前、魔法で飛んでたのか」
「飛んじゃ駄目ってわけじゃないでしょ」
「まあそうだけど」
そんな便利な魔法があるなら俺も欲しい。
だがどうやら俺は簡易的な魔法しか使えないようだ。
この世界に来てすぐ使えた『フレイム』という火球魔法も、魔法の素質がある人ならば割と誰でも扱える低級魔法らしい。ただ能力値がカンストしているおかげで威力は絶大となってはいるが。
あれからいろいろと魔法についでも試したものの、水属性、風属性、土属性、雷属性、そして火属性と、それらの最低級魔法しか使えないのが現状だった。
魔法を多用できれば便利なのだが、新しいものを習得するのはけっこう大変らしい。というわけで、俺のしばらくの武器は少しの魔法と、呪われたヤンデレ魔剣だけだった。
まあ、いくら相手が魔王でもなんとかなるだろう。
けれども面倒ごとは避けたいのが本音だ。それに関わることでどんな厄介ごとが顔を出すかわかったものじゃない。
知らぬが仏。
触らぬ神に祟りなし。
平穏に、何事もなくクエストを済ませて、たっぷり温泉を堪能して帰ろう。
「あれ、マルコムさんはどこでしょうか?」
ふとミュンが振り返って背伸びをした。
「あれ、いない。さっきまでいたのに」
俺も探してみると、遥か後方、豆粒のように見える距離に、鎧を纏ったマルコムの姿があった。相当疲れた様子で木陰に倒れこんでいた。
勇者としてしっかり剣と鎧を装備している彼からすれば、たしかに山道は厳しそうだ。
「なにやってんだ! はやくしないと日が暮れるぞ!」
「私はもう行けん! 足のかかとの骨が砕けた。間接ももう微塵も動かん!」
「ふざけんな。もうちょっとだってば」
「無理だ! 私はここで休憩して、その後帰るぞ」
棒になった足がすっかり地面に根付いてしまったらしい。
駄々っ子のように意地を張るマルコムに、俺はふと思いつき、叫ぶ。
「そうか。お前は来ないんだな」
「ああ、行かぬ」
「そうか、残念だ。フミーネルには可愛い女の子が接客してくれて、いろいろとにゃんにゃんできる店がいっぱいあるらしいって聞いたんだけどな」
「…………っ!」
むくり、と滑らかにマルコムの四肢が持ち上がる。
そしてクラウチングスタートのように構えると、砂埃を巻き上げるほどに途端に猛ダッシュをして向かってきていた。
単純で助かるやつだ。
まあ、そういう店があるのも事実らしいけれど。
しかし問題は、俺もそんな店に行きたがっていると女性陣に思われたのか、ミュンにすらひどく冷めた視線で見られてしまったことだった。
男なのだから、ちょっと期待しちゃうのは仕方がないじゃないですか、ねえ。
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