ステータス999でカンスト最強転移したけどHP10と最低ダメージ保障1の世界でスローライフが送れません!

矢立まほろ

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○3章 温泉へ行こう

 -12『ぐへへ、な展開』

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 どれだけ暴れても、拘束具が外れることはなかった。

 ひたすらもがいていた俺はすっかり憔悴していて、ぐったりと体を横にして倒れていた。魔法によって力を抑えられ、自分の力で拘束を解こうにも頑丈すぎる。

 ドミナータがいなくなってからもう一時間近く経っている。

 暗闇の中で一人、どれだけ叫んでも何も反応はない。

 果てしない無力感に襲われた。
 せっかくの最強ステータス。それも、こうなってしまっては無用の長物だ。

 ドミナータの魔の手がヴェーナたちに伸びようとしていると思うと、やるせなさに心が痛んだ。

 いや、ヴェーナはどうだっていい。
 俺の命を狙うあの少女がどうなろうが知ったことではないのだ。あんな暴力針少女、どうなったところで俺の知ったことではない。生きてさえいてくれれば俺は構わないのだ。

 ああ、そうだ。
 あんな奴、俺から遠ざかってくれたらそれがいい。

 ミュンとスクーデリアには申し訳ないが、俺はもう、何もできないのだから。

「……いてっ」

 寝返りを打つと、不意に、肩の辺りにちくりと痛みが走った。

  『ダメージ1  残りHP7』

 なんでだよ。

 青虫のように身を捩じらせて、片側の肩の様子を探る。暗闇に目が慣れたおかげで、俺の服になにかが刺さっていることに気付いた。

 小さなそれが、ぽとりと落ちる。

「……針?」

 ヴェーナの針だった。
 いつの間にこんなものを仕込んでやがったのか。店で俺に針を向けてきた時か?

 薄暗い牢屋の中で、その鋭い切っ先が微かに光を集めて煌く。

「ん、待てよ」

 拘束されて動きづらい体を無理やり起こし、その落ちた針を後ろ手で掴む。

 途端――遥か遠方から轟音が鳴り響いたかと思うと、牢の天井を貫いてクレスレブが急転直下に降り注いできた。その鋭い切っ先を真下に、俺の手首にまとわりつく拘束具ごと床を貫いた。

 砂煙の舞う中、手枷が外れ、腕の自由を得られる。

「クレスレブ! お前、来てくれたのか!」

 どうやら針が、クレスレブの嫉妬――もとい呪いの対象になったらしい。

『あんたのためにわざわざ来てあげたんだからね。いっぱい感謝しなさいよ』

 俺の脳内の擬人化クレスレブが、顔を赤らめながらも、尻尾を振る犬のようにそう言ってきている。

 主人のピンチに駆けつけるなんて、なんて忠信的なヤンデレなんだ。

「ありがとう、ありがとうな! お前、最高だよ!」

 呪いの剣に頬ずりしながら、俺は涙を流したい気持ちになった。このままこいつと一生を添い遂げようかと思うくらいに。

 不意に得られた脱出の機会。
 きっとミュンやスクーデリアだって同じように捕まっているはずだ。薄暗い部屋で、冷たい床に押し付けられて、手足の自由を奪われて、きっと不安に震えているに違いない。

 それに……ヴェーナも。

「しょうがない。助けてやるか」

 クレスレブで足の拘束具も取り外すと、俺は腰を持ち上げ、クレスレブの開けた天井の穴から外へと抜け出したのだった。

   ◇

 待っててくれ、ミュン、スクーデリア。
 そう思いながら、俺は幾つもの部屋を探し回った。

 俺が捕まっていたのはどうやらあの店の地下だったらしい。
 上の階もまだ地下のようで、もはやバレることも気にせず、手当たり次第に見かけた部屋を訪ねて回った。

 すでにドミナータの魔の手が伸びて、あんなことやこんなことをさせられているのではないかと妄想が込み上げてくる。

 一刻も早く見つけないと、彼女たちがあられもない姿にさせられてしまうのではないか。

 他にももう一名捕まってた気はするが、俺は少女たちだけのことを思って、ひたすらに建物の中を駆け回っていった。

「……だめっ! それ以上は、無理だからっ!」
「よいではないか、よいではないか。ちょっとくらい大丈夫だって」
「無理よ。壊れちゃう。あ、だめっ……」

 声が聞こえ、足を止める。
 おそらくヴェーナだ。誰か男の声も一緒に聞こえる。

 なんという会話。いったいどんな卑劣なことをしてやがるのか!

「おいゴラァ! なにしとんじゃぁ!」

 声が聞こえた扉を思い切り蹴り飛ばし、俺は啖呵勇ましく部屋へと入った。

 ガシャン、と何かが崩れた音が聞こえる。その直後、

「ちょっと! なにやってるのよ馬鹿!」
「へ?」

 唐突にヴェーナから罵声を浴びせられ、俺はきょとんと呆けてしまった。

 その部屋の中央。椅子に座ったヴェーナが、鬼のように怒った形相を浮かべて俺を見てきていた。拘束もなにもされず、普通に椅子に座っている。

 その対面には先ほどの声の男も腰掛けている。二人は机を囲み、その机上には、崩された積み木のようなものが置かれていた。俺の世界でいうあれだ。タワー型に積んで交代に引き抜くブロックゲームのようなものだ。

「……なにやってんの、お前ら」

 思わず素っ頓狂に声が漏れる。

「この馬鹿エイタ! せっかくの勝負が台無しじゃない!」
「勝負?」
「こいつと積み積みゲームしてあたしが勝ったら、ケーキもう一個追加だったのに!」

 ――はい?

 どういうことだ。
 見知らぬ男にあんなことやこんなことをされているのではないのか。いろいろと言うには憚られる桃色の展開になっているのではないのか。

 まるでただ遊んでいるだけ、いや、本当に遊んでいるだけではないか。ヴェーナの傍らにはドリンクまで用意され、牢獄の俺とは天と地ほどの差がある厚遇ぶりである。

「あ、エイタさん! すごいですよ。ここ、美味しいものがたくさんです!」

 隣には、別の机で洋菓子を食べるミュンの姿があった。膝の上にはポチも座っている。その横で、スクーデリアも豪快な肉料理を食していた。やはり二人とも拘束などされておらず、自由に飲んだり食べたりしているようだ。

 しかしマルコムの姿はないようだ。
 と思っていたが、ふと、ミュンたちの食べ物が置かれたテーブルがカタカタと震えていることに気付いた。微妙に上下に揺れてもいる。

「あっつい!」
「あ、ごめんなさい。お茶をこぼしちゃいました」
「よいぞ。気にするでない」

 ミュンはいったい誰と会話しているのかと思えば、彼女たちの足元に、四つん這いになっているマルコムの姿があった。背中にテーブルの板を乗せ、自らを人間家具として床に這いずっている。

 何故か半裸姿だ。隆々とした彼のふとましい腕の筋肉が見えて気持ち悪い。

「……お前、なにやってるんだ」
「おお、エイタか。見てわからないのか。机だよ」
「素直にドン引きだよ」

 呆れて乾いた笑みすら浮かばない。俺はあんな冷たい牢屋で監禁されていたのに、この差はなんだ。羨ましくはないが。

「女子に扱われる……悪くはないものだぞ」
「お前、それでいいのか。勇者だろ」
「受け入れる勇気!」
「さっさと捨てろ、そんな勇気」

 これ以上ないゴミ以下の物をみるような蔑んだ目で、俺はマルコムを見つめていた。

「それで、釈放されてきたの?」
「何の話だ」

 ヴェーナに言われ、俺は小首を傾げた。

 釈放?

「あんた、エルにこっそりお触りして捕まってたんじゃないの?」
「は?」
「そう聞いたけど。事情聴取するからここで待ってろって」
「おい待て。マジで何の話だ」

「エルさん……女の子みたいですけど男の人……うーん」

 なにやらミュンが頭を抱えている。そしてなにやら納得したように頷くと、

「…………あり、です。ああ、でもエイタさんにはマルコムさんが」
「帰って来い、ミュン」

 変人ばかりの中で唯一お前だけはまともなんだから。

「ご、ごめんなさいです……あれ、どうしてクレスレブを?」
「細かい話は後だ」

 さっさとここから出ないと。

「お、お前はドミナータ様のところに連れられたんじゃなかったのか?!」

 ふと、ヴェーナの積み木の相手をしていた男がたじろいた様子で言った。今更かよ、とも思ったが、どうやらずっと崩れた積み木を片付けていたようだ。

「ど、ドミナータ様に報告しなければ」

 慌てて男が立ち上がる。
 しかし彼はすぐに立ち去らなかった。自分の座っていた椅子を叩き、シワをただし、綺麗になったのを確認して頷いてから、ようやく走り出したのだった。

「なあ友よ。よくわからんが、追わなくても良いのか?」
「――あっ!」

 あまりに本気かわからないそのノロマな逃げっぷりに、俺は思わず呆けた顔で見逃してしまいそうになった。マルコムに言われて気付いた俺は、その男を慌ててとっ捕まえたのだった。
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