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○3章 温泉へ行こう
-15『休暇の終わり』
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「素早いクエスト達成、見事だったよ。さすがは先輩が紹介してくれた冒険者だ」
フミーネルでの一件を早馬で報告すると、次の日にはバーゼンが駆けつけていた。花瓶で殴打されたまま気絶したドミナータと彼の書類を見ると、バーゼンは目を輝かしたように喜んでいた。
「この店で働かされていた少女たちのほとんどは、やはり借金によって従事を強制されていたようだ。おまけに契約内容をほとんど把握していなかったという」
「エルと同じだ。やっぱりみんなそうだったんだ」
「獣人の子たちはとても可愛く、とても愛嬌のある良い子たちだ。人を疑うということを知らない。彼女たちを、私たちが守ってやらねばならないのだ」
「そうですね」
俺だったら、いや、普通の人間だったら契約の内容がわからないだけで不信を抱くに違いない。しかし獣人という種族は悪く言えば思慮が浅く、良く言えば実直である。ドミナータの手段は、彼女たちの生粋の優しさにつけこんだ卑劣なものだと言えるだろう。
バーゼンによってドミナータの悪事が白日の下に曝され、彼の評判は瞬く間に地の底へと叩きつけられていた。現在はバーゼンの引き連れた兵たちによって、資料の押収や獣人たちの保護が行われている。
一度は町も騒然としていたが、バーゼンの的確な采配により、騒ぎは最小限のものとして抑えられていた。
「これからも町は変わらないだろう。上に立つ者が変わるだけだ。新しい代表が決まるまでは私も最大限の援助をするつもりだ。この町の収入は失うにはあまりに惜しいのでね」
「綺麗な町になるといいっすね」
「うむ」
力強く頷いたバーゼンは、違法な借金の枷から解き放たれた獣人の少女たちを至福を混ぜた微笑で眺めていた。
心底、彼女たちが助かってよかったといった風だ。
いい人なのだろう。
このクエストを受けて正解だったのかもしれない。報酬も悪くないし。
「どうやらドミナータは魔王ではなかったようだな」
ふと、バーゼンが言った。
「背中の首筋に紋様がなかった。となると、魔王という袈裟を被って脅しをかけていただけの道化だったというわけだ」
「まあなんというか、使いどころによってはかなり強そうな術の使い手ではあったけど、そこまでって感じじゃなかったからなぁ」
マルコムとヴェーナにはぶっ刺さっていたが。
「やはり、といったところだったがな。無駄に命を狙われる可能性が増えるのだ。本来魔王というのは、己が魔王であるとはそうそう公言しないものだよ」
「へえ、そうなんですね」
たしかにヴェーナも、自分が魔王見習いであるとは俺にしか言っていない。マルコムのように命を狙ってくる輩がいるのだから当然か。
「詳しいんですね、魔王に」
「そんなものだよ」
まあ異世界人の俺が、そういった常識に疎すぎるだけなのかもしれないが。
「とにかく、彼女たちは私が責任を持って保護する」
バーゼンの兵たちによって獣人の少女たちが外に連れ出されていっている。その中に、エルの姿があった。
「あ、エイタさん」
「エル。大丈夫か?」
「はい。でも、お仕事先がひとつ、なくなっちゃいました」
「あいつの借金や契約はデマカセだったんだ。仮にもとの借金があったとしても、もうちゃんと返済できてるよ。そこまでして働き詰める必要はもう無いさ」
「そう、ですね」
おそらく事情は聞いているだろうエルだが、それでもどこか虚ろ気な表情を浮かべて頷いている。借金がなくなって開放的になれたとは思えない、暗澹としたものだった。
「私はみなさんみたいに腕が立ちません。それに、人間みたいに学もないです。そんな私が、仕事をなくしてどうやってこれから生きていけばいいのか」
ああ、そうか。と俺は今更理解した。
呪縛から救ったのと同時に、生きる方法を半ば奪ってしまったようなものなのだ、と。
「他のみんなは別の店で受け持ってもらえるでしょうけど、私、男ですから」
「いや、一番女の子っぽいけどな」
少なくともウチの連中よりは。
それでも表情に影を落とすエルに、俺はなるたけ明るく笑いかける。
「不安だったらフォルンに来ればいいよ。俺が世話になってる酒場のピカルさんが、ちょうど給仕係を欲しがってるって言ってたしな」
エルの可愛い容姿なら、きっとピカルさんも集客アップを見込んで大歓迎することだろう。
適材適所。
俺が冒険者として落ち着いてしまったのと同じように、エルにはエルの仕事がある。きっと探せば見つかるものだ。
「もう奴隷じゃないんだ。自分で仕事を選んで、自分で考えてみればいいよ」
「私にも、できるでしょうか」
「やってみてからでも遅くないんじゃないかな。人生って意外と長いんだし。考えられないなら何度も挑戦して、自分にあったものを見つければ良いさ」
なんだか達観した風に言ってしまっているけれど、俺だって人生の何を知っているわけじゃない。けれど、くすぶるにはまだ早すぎる。
「はあ、疲れた」
逗留ついでにちょろっと情報を集めて帰るだけのつもりだったのに、気付けば渦中の大事件だ。報酬こそもらえるからよかったものの、疲労感が半端ない。
資料と共に、気絶したドミナータも運び出されていく。
そんな光景を眺めながら、俺はくたびれた声で腰を落とす。
「ただ一つ、いま言いたいことはアレだな」
「アレ、といいますと?」
小首を傾げて顔を覗きこんでくるエルに、俺は溜め息混じりに、
「温泉、入りてぇー」
そう呟いた。
フミーネルでの一件を早馬で報告すると、次の日にはバーゼンが駆けつけていた。花瓶で殴打されたまま気絶したドミナータと彼の書類を見ると、バーゼンは目を輝かしたように喜んでいた。
「この店で働かされていた少女たちのほとんどは、やはり借金によって従事を強制されていたようだ。おまけに契約内容をほとんど把握していなかったという」
「エルと同じだ。やっぱりみんなそうだったんだ」
「獣人の子たちはとても可愛く、とても愛嬌のある良い子たちだ。人を疑うということを知らない。彼女たちを、私たちが守ってやらねばならないのだ」
「そうですね」
俺だったら、いや、普通の人間だったら契約の内容がわからないだけで不信を抱くに違いない。しかし獣人という種族は悪く言えば思慮が浅く、良く言えば実直である。ドミナータの手段は、彼女たちの生粋の優しさにつけこんだ卑劣なものだと言えるだろう。
バーゼンによってドミナータの悪事が白日の下に曝され、彼の評判は瞬く間に地の底へと叩きつけられていた。現在はバーゼンの引き連れた兵たちによって、資料の押収や獣人たちの保護が行われている。
一度は町も騒然としていたが、バーゼンの的確な采配により、騒ぎは最小限のものとして抑えられていた。
「これからも町は変わらないだろう。上に立つ者が変わるだけだ。新しい代表が決まるまでは私も最大限の援助をするつもりだ。この町の収入は失うにはあまりに惜しいのでね」
「綺麗な町になるといいっすね」
「うむ」
力強く頷いたバーゼンは、違法な借金の枷から解き放たれた獣人の少女たちを至福を混ぜた微笑で眺めていた。
心底、彼女たちが助かってよかったといった風だ。
いい人なのだろう。
このクエストを受けて正解だったのかもしれない。報酬も悪くないし。
「どうやらドミナータは魔王ではなかったようだな」
ふと、バーゼンが言った。
「背中の首筋に紋様がなかった。となると、魔王という袈裟を被って脅しをかけていただけの道化だったというわけだ」
「まあなんというか、使いどころによってはかなり強そうな術の使い手ではあったけど、そこまでって感じじゃなかったからなぁ」
マルコムとヴェーナにはぶっ刺さっていたが。
「やはり、といったところだったがな。無駄に命を狙われる可能性が増えるのだ。本来魔王というのは、己が魔王であるとはそうそう公言しないものだよ」
「へえ、そうなんですね」
たしかにヴェーナも、自分が魔王見習いであるとは俺にしか言っていない。マルコムのように命を狙ってくる輩がいるのだから当然か。
「詳しいんですね、魔王に」
「そんなものだよ」
まあ異世界人の俺が、そういった常識に疎すぎるだけなのかもしれないが。
「とにかく、彼女たちは私が責任を持って保護する」
バーゼンの兵たちによって獣人の少女たちが外に連れ出されていっている。その中に、エルの姿があった。
「あ、エイタさん」
「エル。大丈夫か?」
「はい。でも、お仕事先がひとつ、なくなっちゃいました」
「あいつの借金や契約はデマカセだったんだ。仮にもとの借金があったとしても、もうちゃんと返済できてるよ。そこまでして働き詰める必要はもう無いさ」
「そう、ですね」
おそらく事情は聞いているだろうエルだが、それでもどこか虚ろ気な表情を浮かべて頷いている。借金がなくなって開放的になれたとは思えない、暗澹としたものだった。
「私はみなさんみたいに腕が立ちません。それに、人間みたいに学もないです。そんな私が、仕事をなくしてどうやってこれから生きていけばいいのか」
ああ、そうか。と俺は今更理解した。
呪縛から救ったのと同時に、生きる方法を半ば奪ってしまったようなものなのだ、と。
「他のみんなは別の店で受け持ってもらえるでしょうけど、私、男ですから」
「いや、一番女の子っぽいけどな」
少なくともウチの連中よりは。
それでも表情に影を落とすエルに、俺はなるたけ明るく笑いかける。
「不安だったらフォルンに来ればいいよ。俺が世話になってる酒場のピカルさんが、ちょうど給仕係を欲しがってるって言ってたしな」
エルの可愛い容姿なら、きっとピカルさんも集客アップを見込んで大歓迎することだろう。
適材適所。
俺が冒険者として落ち着いてしまったのと同じように、エルにはエルの仕事がある。きっと探せば見つかるものだ。
「もう奴隷じゃないんだ。自分で仕事を選んで、自分で考えてみればいいよ」
「私にも、できるでしょうか」
「やってみてからでも遅くないんじゃないかな。人生って意外と長いんだし。考えられないなら何度も挑戦して、自分にあったものを見つければ良いさ」
なんだか達観した風に言ってしまっているけれど、俺だって人生の何を知っているわけじゃない。けれど、くすぶるにはまだ早すぎる。
「はあ、疲れた」
逗留ついでにちょろっと情報を集めて帰るだけのつもりだったのに、気付けば渦中の大事件だ。報酬こそもらえるからよかったものの、疲労感が半端ない。
資料と共に、気絶したドミナータも運び出されていく。
そんな光景を眺めながら、俺はくたびれた声で腰を落とす。
「ただ一つ、いま言いたいことはアレだな」
「アレ、といいますと?」
小首を傾げて顔を覗きこんでくるエルに、俺は溜め息混じりに、
「温泉、入りてぇー」
そう呟いた。
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