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19 冒険者の社会的地位とは

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「やめとかんかィ」

 威圧的なその声は、俺たち──ド派手なロココ・スタイルでスラム街を闊歩し、本気ところ商売女おねえさんたちを怒らせてしまったロレッタと、その同伴者である俺──が対峙している極道者を凍りつかせた。
 声の主が路地からあらわれて、

「よう見ィ。ノーザンのエメリックやろがい」

 脛あたりまである広袖の長衣トーガに緋色の巻き布を重ね着して、肩から腰に金色の鎖を垂らしたお洒落さん。
 年齢は五十歳前後とみた。

「ノーザンの──まさかノーザン・クエストのフィル・エメリック──?」
「まさかやあれへんがな」

 見知らぬ人たちに顔と名前が通っているのは、正直のところ悪い気分じゃないが、極道者に一目おかれているのはちょっと喜べない。
 彼らにここまで警戒されるという事実が、冒険者という職業の社会的地位を示してもいるからだ。

 都市の治安維持は憲兵隊の仕事だが、モー街のように市が管理を放棄した地域に問題が起きると、ギルドに依頼がおりて冒険者が投入されたりもする。
 つまり迷宮ダンジョンと同じ扱いなわけで、乗り込んでいくのが冒険者なら、乗り込まれるスラム街の住人はモンスター。
 折り合いがよかろうはずもなく、しかも迷宮ダンジョン扱いだけに何が起きても自己責任。
 憲兵隊や自警団といったカスバ市の治安システムは関与してこないのだ。

 そんな誰もやりたがらない汚れ仕事を引き受けるから冒険者稼業が成り立っている──ともいえる。
 ただ、だから感謝されるというものでもなく、むしろ金次第で汚れ仕事をやる人間というのは、えてして胡散臭く見られるものなのだ。
 そして自分たちがどのくらい胡散臭く見られているか、そのいいバロメーターが積年の仇敵である極道者の反応なのだった。

「申し訳ございません。まさかフィル・エメリックとは」

 と、見張りをしていたリーダー格の極道者が駆け寄って、五十男に頬を張り飛ばされた。

「ドアホ。ノーザンいうたらあっちゃこっちゃでゴロまいとる半グレ集団やろが。顔くらいチェックしとかんかい」
「ま、まことにも、申し訳──」
「まだや。まだ反省すなや。あのな、お前な、隣に居んのん魔女学校のロレッタ・リー・ルイスと違うんか」
「え、あ、あ、あのルイス家の業火娘──」
「タチの悪いゴンタクレふたりも見逃しよってからに、ほんまにどこに目ェつけとんねん」

 極道者に乱暴者ゴンタクレと呼ばれてしまう、この気持ち。
 冒険者稼業の社会的地位向上は、まだまだ先のようだった。
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