舞台装置の悪役令息はようやく自由を手に入れます

ゥヵィ

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本編

3.Artificial turning point

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「着席しなさい」

そう言って入ってくるのはひとりの教員。

「お初にお目にかかる。この1年Sクラスの担任となるダンテという。この学院では───」

彼はダンテ・アルトナー先生。アルトナー伯爵家の三男だ。短く切りそろえられた黒髪が、真面目そうな人相を良く現している。記憶で、エィミーを虐める僕を何度も咎めるくらいには。ただ結局、公爵令息に楯突くな、と全部の〈シナリオ〉で辞任に追い込まれていたけれど。
何度も聞いた学院の概要を、上の空で聞き流す。学院の歴史、意味、きみたちは未来を担う者云々。記憶通りならば、彼はこれから生徒全員に自己紹介をさせるはずだ。名前は爵位順に呼ばれるため、エィミーは一番最初に自己紹介をすることになる。

「───ここで過ごした日々は、君たちの一生ものの縁になるだろう。
さて、ここから全員に自己紹介をしてもらう、社交の第一歩としてな。では、サント男爵令嬢から。前に出て、名前と爵位を最低限述べてくれ」

エィミーはそう言われると、すぐに立ち上がった。小走りで、如何にも『天真爛漫』な風に。自分がどう見られているのか分かっているような動きだ。冷めた目で見る。

「初めまして!わたしはエィミー!サント男爵の養子むすめです!至らない点もあると思いますが、みなさま、仲良くなりましょう!」

にっこり、と人懐っこい笑顔を浮かべる。もちろん僕は心底彼女が嫌いで顔も見たくないくらいだが、それでもどこか『かわいいな』と思わされる笑顔だった。それが天性のものなのか、〈聖女〉由来なのか。
ぱちぱちぱち、と控えめな拍手が響く。僕の家と仲良くしたい生徒はあまり拍手をしたがらないだろうから、こうなるのも納得できる。加えて「何様なんだ?」と思えるような口ぶりに白けている者もいるだろう。だって、ただの男爵令嬢が自分と同じか上の位しかいないこの場で、「仲良くなりましょう」だなんて。敬語も儘ならないし。彼女が平民であった事実は極秘のことだから皆は知らないだろうか、それを知れば怒り狂うのは目に見えている。僕が〈シナリオ〉の傀儡になっている何十年もの間で、一体何を学んでいたのだろうか。一周回って、疑問が沸き上がる。
そのあとは記憶と全く同じ自己紹介が続く。...そういえば僕はこのとき何を言ったんだっけ。

『御機嫌よう、皆さま。レネヴィー公爵家が次男、ナーシュと申します。この学院の自由な風潮は好ましくはあります───最低限の礼節を弁えていらっしゃるなら、ですが』

一人称視点で記憶を思い出す。うわー、直球の皮肉。エィミーに視線を向けて、あからさまにエィミーへ宣戦布告していた。怒りとパニックで動揺しているとはいえ、貴族らしからぬ言い草をした自分自身に幻滅する。
考えていると、あっという間に僕の番になった。

「続いて、レネヴィー公爵令息」

ダンテ先生は僕を呼ぶ。ああ、どうしようかな。体裁のため、やりたくないけどエィミーへ釘を刺さないといけない。しかし皮肉を言うのも面倒だ。
思案しながらゆっくり登壇し、視線を皆に向ける。先ほどのスタンドプレーへの反応は様々だった。値踏みするようにこちらを見る者、同情のまなざしを向ける者。すくなくとも、僕に対してマイナスのイメージを持つ人は少数だろう。ただ品定めされるような視線は気に食わないので、彼らに圧を掛ける心づもりで笑みを深める。

「御機嫌よう、皆さま。レネヴィー公爵家が次男、ナーシュと申します。
将来この国を担う者としての責務に恥じぬよう、この学び舎で学んで往きたく存じます」

とってもとーっても遠回しな皮肉を込めた。淡々と事実を述べているように聞こえるが、セルドアの婚約者であることのアピールをさりげなく行う。
何人かの貴族はそれを察したのか、ぴくりと頬を振るわせた。主にセリーヌ。あとは辺境伯の令息と、商人上がりの男爵令息。心の中で、彼らの様子を留めておく。僕は何度も15歳から18歳を繰り返しているが、彼らは正真正銘、15歳だ。自身の味方となる大人に囲まれた、箱庭のような環境で育った貴族の子供。そんな中で、この皮肉を理解できるのは、よほど優秀な子だからね。
僕の着席と同時に、セルドアが呼ばれ、同じように壇上に乗る。

「セルドア・ブロームだ。王族だからと言って決して驕ることなく、皆と同じ目線で学んでゆきたい。宜しく頼む」

冷たい声で、あからさまに僕を一瞥して言った。その「驕ること」というのは、僕が引き連れてきた従者の事を指しているのだろう。権力の誇示として悪しきように解釈でもされたか。僕とセリーヌの会話を聞けば「体調不良だから」ということが分かるはずなのに。
そのくらい彼女に夢中だったのだろう。
ほんとうに可哀そう、幼い僕の恋。痛む胸を抑えて、こっそり溜息をついた。


そこから授業、昼食、午後の授業と時は進み、放課後。ついに、例の秘策を実行するんだ。教室を出る前に、僕は王子へ「それでは、またお茶会で」と思ってもいない事を言った(案の定無視された)。
学院の出口とは正反対の道を進む。困惑しておろおろとうろたえる従者を半ば無視しながら、行きついたのはとある研究室。
ノックをして、返答を待つ。「どうぞ」と声がしたのを確認してから、ゆっくりと扉を開ける。

「失礼いたします」
「久しぶりだな、ナーシュ。そこに適当に腰かけてくれ」
「お言葉に甘えて」

柔和な表情をする彼は、レネヴィー家の元家庭教師で、現在は学院の魔法陣教授として働いているルーヴィッヒだ。

「お久しぶりです、ルーヴィッヒ様。お時間を割いていただき、大変恐縮です」
「堅いなあ!あの我儘姫が、こんなジェントルマンになるだなんて」

はっはっは、と快活に笑う。彼は比較的安心材料だった。僕の周りで学院に関わる人の誰よりもエィミーと接点がないから。

「それで、何がしたいんだい?こんな手紙までよこして」

先日、僕が従者の目を盗んでこっそり差し出した魔法書簡。それは彼に当てたものだった。僕の後ろに控えるジールは、きっと今慌てた顔をしているだろう。いつのまに手紙を出していた?それも魔法書簡を。ああ、もったいない!と。
『明日の午後、授業が終わり次第伺います ───教え子より』。彼に僕以外の教え子がいるのかは検討が付かないが、機密情報をやり取りするのにも使われる魔法書簡を惜しげもなく使う財力を持ち合わせる家はそうそうにいない。すぐにとは言わないが、僕であることが分かるだろう、という確信の元、署名をせずに送ったが正解だったようだ。
僕はいたずらに成功した子供のように笑って、無害であることをアピールする。

「ふふ。無理難題を言っていることを承知の上頼みます。
───僕に飛び級試験を受験させていただけませんか」

幼いころには絶対見られなかった、呆然とするルーヴィッヒを見て、僕は内心笑ってしまった。
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