5 / 16
本編
4.防御は最大の攻撃たり得るか?
しおりを挟む
「僕に飛び級試験を受験させていただけませんか」
そう言い切れば、彼はぽかんと口を開けてこちらを凝視する。呆気にとられる彼に口を挟まれぬよう、僕は笑みを絶やさず、押し切ることにした。
「遅くても再来週からは2年生のカリキュラムを受けたいのです」
「ふむ...登校したばかりというのに、何故だ?折角、同年代の学友と社交を学ぶチャンスなのに。加えてきみの家は公爵家だ、というか、公爵は把握しているのか?」
ようやっと僕が何を言ったのか理解したのか、ルーヴィッヒは矢継ぎ早に疑問を投げかけてくる。
「公爵は把握していません。何せ、昨日思いついたもので...」
気まずそうに、言葉尻を窄めて言う。
そう、その秘策とは、彼の協力のもと飛び級試験を受けることだった。僕らのひとつ上の学年、すなわち現2年生には、他と比べて今後エィミーと関わりが深くなる者が少ない。
記憶を探れば、セルドアとエィミーの仲の良さは入学して間を置かずに噂になっていた。一介の貴族同士の話なら彼は気に留めないだろうが、実際は一国の王子の大スキャンダルだ。一に研究二に研究のルーヴィッヒも耳に入っているはずだ。悲し気に目を伏せて、諦めたようなアルカイックスマイルを浮かべる。『早く試験を受けさせろ』という言外の訴えに気付いたであろう彼は、溜息をついた。
この飛び級試験に合格すれば、エィミーにも王子にも顔を合わせずに済み、面と向かって聞きたくもない言葉を掛けられることもなくなるということ。僕が秘密裏に2年生に進級した情報を知らないエィミーは、勝手に僕が1年生の授業を怠けたと勘違いしてくれるはずだ。
「...お父上に一筆書いていただき、それをよこしなさい。試験は休日に公爵家王都邸で魔力測定と共に行う」
「有難うございます。そう言ってくださると思っておりました」
「きみなら問題なく受かるだろう。何せ手ほどきしたのはこのルーヴィッヒだからな。今のうちに2年生の教科書を発注しておこう。文官だろう?」
この学院は、1年生は皆同じ魔法の基礎を教わり、2年生からは文官、騎士、魔術師の3種類のコースに分かれ、最終学年である3年生ではさらに細分化された学問を学ぶため研究室に入る、というのが基本の流れだ。卒業するためには、それぞれのコースの卒業試験に合格する必要がある。
王子の婚姻相手としてこの国を支えるためには、外交や政策を学べる文官が一番適している。
しかしながら、そんな思いは微塵も残っていない。今回もあるであろう卒業パーティーでの婚約破棄は受け入れるつもりだし、なんなら今婚約破棄をしてくれたってかまわない。
ただただ、エィミーから逃げたいのだ。
だから僕は種を蒔くことにした。
「それなのですが...」
僕はちょっとしたお願いをしてみた。面倒なことである自覚はあるが、理由も伝えれば彼は納得してくれた。
===
その後別邸に戻るとすぐに魔法書簡を書く。それを父上に送付すると、図書室で勉強することにした。
しばらくして、夕餉前。
ひろびろとした図書室内に、ノックの音が吸い込まれる。僕は「はい」と言った。
扉が開く。
「ナーシュ、どうしたのかな?魔法書簡を使うなんて」
「父上」
図書室に父上がわざわざ顔を出してくれた。
父上は今、公爵領にて発生した事案に付きっきりで忙しいはずだ。そんな中でも時間を割いてくれたことを意外に思う。
「爺やが教えてくれたんだ。僕の愛する賢くて偉いナーシュは、入学したばかりなのに図書室で勉強をしています、って!飛び級試験でも受けるつもりかい?」
まるで心を呼んだかのような発言に、僕は少したじろいだ。普段はぽんこつなのに、たまに働く勘が途轍もなく鋭い。僕が彼を尊敬し、恐怖する理由。
その動揺を隠すように笑みを深める。
───自らの父親にまで本心を隠すなんて。
心のどこかが僕を叱咤するが、無視を決め込む。
「よくわかりましたね、さすが父上」
そういえば、父上は目を点にした。
夜。折角なら、と、僕は久々に父上と一緒に夕餉を摂った。その間、父上に話した情報を整理する(食事中に適さない話題だったと後悔はしている。実際父上は何度も食事の手を止め、天を見上げ溜息をついていた)。
ひとつめは、婚約者に冷たくされたこと。ふたつめは、その婚約者が男爵令嬢と懇意になっていること。加えてみっつめ、少し感情を込めてその男爵令嬢は礼儀がなっていなかった、と言えば、父上は眉をひそめて思案した。真偽を確認したいなら、セリーヌに確認してください、と念押しするのも忘れずに。
つい先ほど渡された羊皮紙には、父上の筆跡で書かれた『推挙状 ナーシュ・レネヴィーの飛び級試験に関して』という文字と、公爵家の印。それを見て、僕は笑みを浮かべる。
これで、第一関門突破。拍子抜けするくらい簡単に、待ち望んでいた自由が手に入りそうだ。
そう思ってた。
そう言い切れば、彼はぽかんと口を開けてこちらを凝視する。呆気にとられる彼に口を挟まれぬよう、僕は笑みを絶やさず、押し切ることにした。
「遅くても再来週からは2年生のカリキュラムを受けたいのです」
「ふむ...登校したばかりというのに、何故だ?折角、同年代の学友と社交を学ぶチャンスなのに。加えてきみの家は公爵家だ、というか、公爵は把握しているのか?」
ようやっと僕が何を言ったのか理解したのか、ルーヴィッヒは矢継ぎ早に疑問を投げかけてくる。
「公爵は把握していません。何せ、昨日思いついたもので...」
気まずそうに、言葉尻を窄めて言う。
そう、その秘策とは、彼の協力のもと飛び級試験を受けることだった。僕らのひとつ上の学年、すなわち現2年生には、他と比べて今後エィミーと関わりが深くなる者が少ない。
記憶を探れば、セルドアとエィミーの仲の良さは入学して間を置かずに噂になっていた。一介の貴族同士の話なら彼は気に留めないだろうが、実際は一国の王子の大スキャンダルだ。一に研究二に研究のルーヴィッヒも耳に入っているはずだ。悲し気に目を伏せて、諦めたようなアルカイックスマイルを浮かべる。『早く試験を受けさせろ』という言外の訴えに気付いたであろう彼は、溜息をついた。
この飛び級試験に合格すれば、エィミーにも王子にも顔を合わせずに済み、面と向かって聞きたくもない言葉を掛けられることもなくなるということ。僕が秘密裏に2年生に進級した情報を知らないエィミーは、勝手に僕が1年生の授業を怠けたと勘違いしてくれるはずだ。
「...お父上に一筆書いていただき、それをよこしなさい。試験は休日に公爵家王都邸で魔力測定と共に行う」
「有難うございます。そう言ってくださると思っておりました」
「きみなら問題なく受かるだろう。何せ手ほどきしたのはこのルーヴィッヒだからな。今のうちに2年生の教科書を発注しておこう。文官だろう?」
この学院は、1年生は皆同じ魔法の基礎を教わり、2年生からは文官、騎士、魔術師の3種類のコースに分かれ、最終学年である3年生ではさらに細分化された学問を学ぶため研究室に入る、というのが基本の流れだ。卒業するためには、それぞれのコースの卒業試験に合格する必要がある。
王子の婚姻相手としてこの国を支えるためには、外交や政策を学べる文官が一番適している。
しかしながら、そんな思いは微塵も残っていない。今回もあるであろう卒業パーティーでの婚約破棄は受け入れるつもりだし、なんなら今婚約破棄をしてくれたってかまわない。
ただただ、エィミーから逃げたいのだ。
だから僕は種を蒔くことにした。
「それなのですが...」
僕はちょっとしたお願いをしてみた。面倒なことである自覚はあるが、理由も伝えれば彼は納得してくれた。
===
その後別邸に戻るとすぐに魔法書簡を書く。それを父上に送付すると、図書室で勉強することにした。
しばらくして、夕餉前。
ひろびろとした図書室内に、ノックの音が吸い込まれる。僕は「はい」と言った。
扉が開く。
「ナーシュ、どうしたのかな?魔法書簡を使うなんて」
「父上」
図書室に父上がわざわざ顔を出してくれた。
父上は今、公爵領にて発生した事案に付きっきりで忙しいはずだ。そんな中でも時間を割いてくれたことを意外に思う。
「爺やが教えてくれたんだ。僕の愛する賢くて偉いナーシュは、入学したばかりなのに図書室で勉強をしています、って!飛び級試験でも受けるつもりかい?」
まるで心を呼んだかのような発言に、僕は少したじろいだ。普段はぽんこつなのに、たまに働く勘が途轍もなく鋭い。僕が彼を尊敬し、恐怖する理由。
その動揺を隠すように笑みを深める。
───自らの父親にまで本心を隠すなんて。
心のどこかが僕を叱咤するが、無視を決め込む。
「よくわかりましたね、さすが父上」
そういえば、父上は目を点にした。
夜。折角なら、と、僕は久々に父上と一緒に夕餉を摂った。その間、父上に話した情報を整理する(食事中に適さない話題だったと後悔はしている。実際父上は何度も食事の手を止め、天を見上げ溜息をついていた)。
ひとつめは、婚約者に冷たくされたこと。ふたつめは、その婚約者が男爵令嬢と懇意になっていること。加えてみっつめ、少し感情を込めてその男爵令嬢は礼儀がなっていなかった、と言えば、父上は眉をひそめて思案した。真偽を確認したいなら、セリーヌに確認してください、と念押しするのも忘れずに。
つい先ほど渡された羊皮紙には、父上の筆跡で書かれた『推挙状 ナーシュ・レネヴィーの飛び級試験に関して』という文字と、公爵家の印。それを見て、僕は笑みを浮かべる。
これで、第一関門突破。拍子抜けするくらい簡単に、待ち望んでいた自由が手に入りそうだ。
そう思ってた。
32
あなたにおすすめの小説
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?
麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。
BLゲームの悪役に転生したら攻略対象者が全員ヒロインに洗脳されてた
さ
BL
主人公のレオンは、幼少期に前世の記憶を思い出し、この世界がBLゲームで、自身は断罪される悪役だと気づく。
断罪を回避するため、極力攻略対象者たちと関わらないように生きてきた。
ーーそれなのに。
婚約者に婚約は破棄され、
気づけば断罪寸前の立場に。
しかも理由もわからないまま、
何もしていないはずの攻略対象者達に嫌悪を向けられてーー。
※最終的にハッピーエンド
※愛され悪役令息
王太子殿下は悪役令息のいいなり
一寸光陰
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」
そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。
しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!?
スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。
ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。
書き終わっているので完結保証です。
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
不定期更新
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に1話ずつ更新
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる