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第1章

8 . 哀しみ

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 出発の朝。

 オーウェンはエイデンと共に離島へと船で向かった。エイデンがいたので、ソフィアの頬をすりすり したかったが我慢した。 


 離島は漁業で栄え、貿易が盛んだった。 


 オーウェンは港に着くや否や、暴力亭主がいる宿に向かおうとする。

 エイデンはこんなオーウェンを見たことがなかった。いったいソフィアという赤ん坊は、どんな手練手管を使ってこんなオーウェンにしたのだろうと、不思議に思った。

 宿へと猪突猛進するオーウェンをエイデンは止める。 


 「ご主人様。宿の表から突っ込んでも、獲物は出てきませんよ!仕込んでおいた宿の従業員がいますから落ち着いてください!」


 オーウェンは地団駄を踏んだが、エイデンの忠告を大人しく聞いた。 



 エイデンが言うにはその宿の従業員と、とある店で会うことになっているという。その店で待つこと、数十分。
 手荷物を持ち、黒髪をお団子にした女性が来た。 


 「お待たせして申し訳ありません。奥様からこの手紙を預かってきました。」


 手紙には、オーウェンの予想通りのことが書いてあった。

 亭主に暴力を振るわれていたこと。
 自分の子にまで被害が及びそうで恐ろしかったこと。
 いとまを出した従業員に頼んで、人目につかなさそうな家に預けて欲しいと頼んだこと。
 そして、迷惑をおかけするが頼みますと手紙の最後をくくっていた。


 オーウェンは怒りとともに、哀しみを覚えた。暴力亭主のせいで、ソフィアを捨てざるを得なかった妻の心境を思うとやりきれない。



 すると、手紙を持ってきた従業員が語りはじめた。

 「私はずっと奥様にお仕えしてきたのです。毎晩のように傷をつけられる奥様を見ていると、本当に悔しくて...  あいつさえいなければ奥様は....だからあいつを殺そうとしたのです。奥様にその事を言うと、止められました。けど、その代わりに...」

 「その代わりに、どうしたのです?」とエイデンが聞く。

 「奥様は...奥様はっ...今夜自らの命を絶つとおっしゃいました。」従業員は泣きながら言った。

 「私はお止めしたのですが、辛そうな奥様を見ているともう何もできなくて...」



 二人は絶句した。自殺など許されない。だか、それを分かった上で死を選ぶ道しか残されていないのだ。 




 オーウェンは妻を助ける事を決意した。 

 さっそく、オーウェンは旧友に電報を送る。その旧友の隠密は優秀だ。きっと数分で助けられるだろう。 



 日が暮れる前に3人の隠密が到着した。さすが、隠密。数時間前に連絡したのにもう着いてしまった。 

 エイデンは隠密たちに宿の地図を見せて、隠密たちは従業員の手引きで中に入ることになった。 


 「頼む。絶対に助けてくれ。」オーウェンは頼む。


 隠密たちは頷いて、宿へと向かった。 



 妻を助けたのち、すばやくこの島を出れるようにと、旧友が小船を用意してくれていた。 オーウェンとエイデンは、隠密が事を成す間に出航の準備をする。 




 数十分後、隠密たちが帰ってきた。 


 「助けられたか?」オーウェンは聞く。きっと助かっていると願って。 

 しかし、オーウェンの期待とは裏腹に隠密たちの側には誰もいなかった。 

 「ハミルトン様。非常事態です。すぐさま船を出してください。事の詳細は後で話します。」 

 「しかしっ...わかった。エイデン行くぞ。」

 


 オーウェンたちは離島を去った。 

 深い哀しみを残して。




 



 
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