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10.夜闇に溶けて
しおりを挟む『うーん今は…、様子を伺っているね。ちょうど、あのネズミの頭蓋骨あたりさ』
(なるほど…了解)
ラウルの“心を読む力”を借りて、隠れている穴罠蜘蛛の位置を察知する。
あそこか…。
ちょうどこの空間の真ん中あたり、部屋全体を見渡すにはピッタリだろう。
(よし…『引奪の灯火』!)
異能を使い、ラウルの言っていた場所から少し離れた所にある小石を、僅かに引き寄せる。
からっ
シュカッ!!
(…っ!!)
小石の乾いた音が反響し終える前に、穴罠蜘蛛の脚が近くの土蓋から伸びる。
鋭い黒爪は転がる石を正確に狙い、瞬く間にそれを粉砕する。
この暗闇の中、あんな小さな石ころを、あそこまで正確に砕くとは…
しかし暗闇を住処にしているせいか、目はあまり良くないらしい。
何かを探るように触肢を動かしたあと、穴罠蜘蛛は再び穴の奥へと戻っていく。
どうやら音に反応しているようだ。
それにしてもあの速度…。
ラウルの言っていた位置から2、3m程も離れていたというのに、僅か数秒で攻撃してきた。
もしラウルの警告がなければ、今頃俺もあの石ころのようになっていただろう。
しかし、だからといってなにも策がない訳じゃない。
(ラウル、ちょっといいかい?)
『ん?どうしたの?』
(ちょっと相談したいんだけど…)
(体、貸してくれない?)
― ― ― ― ― ―
(よし…)
できるだけ音を鳴らさぬよう、慎重に位置に着く。
中心からできるだけ離れた、近くに蓋穴の少ない地点。
ここなら、襲ってくる方向をある程度絞ることが出来る。
(方向よし、角度よし、覚悟…よしッ!!)
ぱきっ
意を決し、足元に落ちた小さな骨を砕く。
骨粉が舞い、辺りに乾いた音が反響する。
当然、
『来たよ!』
(おっけー…っ!)
ラウルの合図と共に、1番近くの穴から穴罠蜘蛛が飛び出す。
穴罠蜘蛛はくすんだ茶色の体毛を揺らしながら、その鋭い爪を長く突き出す。
やはり速い。
ラウルの合図があっても、避けるのがやっとだろう。
しかし、避けない。
下手に動けば、ズレてしまうから。
(『引奪の灯火』ッ!!)
心の中で叫ぶ。
引き寄せる対象は、穴罠蜘蛛の背後にある、ラウルの黒剣。
ヒュッ!
念ずると同時に、穴罠蜘蛛の背後から飛来する黒い刃。
穴罠蜘蛛は今、完全に俺に釘付け。
背後なら、完全に死角…!
しかし、
「ぎゅるらぁ!」
(っ…!)
普通なら死角となるはずの、背後からの攻撃。
それを、穴罠蜘蛛はまるで見ていたかのように避ける。
(…やっぱりか、…!)
蜘蛛には“感覚毛”と呼ばれる器官がある。
これは優れたセンサーのようなもので、周囲の音や空気の振動を察知することができるのだ。
音に敏感なのも、この“感覚毛”によるものなのだろう。
だから、これはあくまで陽動。
本命は、
(ふんッ…!)
ガシッ
身体を捩りながら飛来する黒剣を咥え、穴罠蜘蛛へと向き直る。
『引奪の灯火』はいわば、“一度触った物を引き寄せられる”能力。
それはまるで、磁石が鉄を引き寄せるのように。
天体が物体を引き寄せるように。
物体と自身との間に、“引き寄せる力”を生み出す力だ。
ならばもし、自身より重いモノを引き寄せようとした場合、どうなるか?
“・自分より重い物体を引き寄せようとした場合、物体ではなく、自身の方が物体へと引き寄せられる。”
(『引奪の灯火』ッッ!!!)
再度、異能を使う。
対象は穴罠蜘蛛…!
引き寄せるのは、“俺自身”…!!
この体格差なら、明らかに俺の方が軽い。
避けられてしまうのなら、避けられなくすればいい…!!
グンッ
(ぐっ…!?)
途端、身体が引き寄せられる。
まるでジェットコースターに乗った時のような、全身にかかる強い圧力。
骨を肉を内臓を、見えない手でぐんっと引っ張られているような感覚。
しかし、この程度なら耐えられる…!
「グルルぁああぁ!!」
(喰らえぇえええ!!!!)
漲る気迫と共に、穴罠蜘蛛へと黒剣を向ける。
穴罠蜘蛛も当然避けようとするが、追尾する黒刃はそれを逃さない。
ザシュッ!
「ギギィッ…!!!」
(ちっ…!)
当たった。しかし、浅い。
直前で軌道を逸らされ、急所を外してしまう。
それなりのダメージは与えられてるといいのだが…
「ギギギッ!!」
(あっ!)
振り向く直前、穴罠蜘蛛が穴へと逃げる。
追撃…いや、間に合わない…!
剣を構え直している間に、穴罠蜘蛛が穴へと潜り込む影が見える。
(ラウル、どうだ!?)
『逃げたね…それもかなり深いところだ。
さっきの一撃で“勝てない”と思ったんだろうね。
穴罠蜘蛛は臆病な性格だから、多分もう襲ってくることは無いと思うよ』
(そうか…)
どうやら、退けられたようだ。
途端、体が疲れを思い出す。
全身が重い。
このまま寝転がってしまいたいほどだ。
しかし、ここは未だ穴罠蜘蛛の領域の中。
1度退けたからといって、また襲ってこないという保証はない。
今のうちに脱出しよう。
(よし、『引奪の灯火』!)
『お、わぁ!?』
異能を使い、咥えていたラウルの黒剣を、自分の身体に引っつける。
ちょうど腰の辺りだ。
こうすれば不意に落ちてしまう心配もないし、こうしていた方が息苦しくなくて動きやすい。
(もういっちょ、『引奪の灯火』ッ!!)
再度、異能を使う。
今度引き寄せるのは、この“土壁”。
グンッ
(よっ…!)
身体が浮き、そそり立つ土の壁へと勢い良く引き寄せられる。
迫り来る壁に身を捩り、壁へと垂直に着地する。
よし、思っていたよりも上手く引っ付く事ができた。
『引奪の灯火』は“引力”を生み出す能力。
壁や天井に使えば、まるで吸盤のように壁に立つこともできると考えていた。
あとは、前足で触れた直後に『引奪の灯火』を使い壁に貼りつく。
これを繰り返し行うことで、まるでヤモリが壁を歩くように、壁を地面のように進むことができるはずだ。
しかし、この上下の感覚と視界の方向がちぐはぐな感覚…。
正直、あまり気分のいいものじゃない。
(うげぇ…)
慣れない視界に、平衡感覚が乱される。
まるでずっと逆立ちしているような気分だ。
しかし能力が途切れてしまえば、そのまま落ちてしまうため、少しも気が抜けない。
(…よし)
気合いを入れ直し、垂直の壁へを一気に駆け上がる。
いざ、脱出!
― ― ― ― ― ―
「はぁ…はぁ…!」
とうに日は沈み、細長い三日月がゆっくりと顔を出す。
しかしその光は夜道を照らすには心細く、手を伸ばす先も見えぬ暗さの中で、夜の虫たちが各々の鳴き声を奏でる。
その最中、途切れ途切れの荒い息が森を駆ける。
透き通るような金髪に、透明感のある白い肌。背丈は低く、幼い顔立ちからその若さが伺える。
白い装束に身を包んだ少女は、一心不乱に森を走る。
まだ新しそうな白い服は汚れ、飛び跳ねた泥や落ち葉で見る影もない。
額は汗ばみ、頬からは枝で切ってしまったであろう血が垂れる。
しかし、彼女はそれを気にする様子もなく走り続ける。
「はぁ…はぁ…、ッぐっ……!?」
途端、少女の足に木の根がかかる。
当然止まれる訳もなく、彼女は慣性のまま前のめりに地に伏す。
より一層泥が跳ね、さらに白い服を肌を汚す。
「ぐっ…うあっ…!?」
急いで立ち上がろうとするが、ついた両手からガクリと力が抜ける。
どうやら転倒した時に、怪我を負ってしまったらしい。
肘からは血が溢れ、白装束が血に染まる。
「はぁ…はぁ…、うっ…ぁ…」
ぽつり、ぽつり。
水面を思わせる水色の青い瞳から、涙が零れる。とめどなく溢れ出るそれは頬を伝い、湿った地面へと染み込んでいく。
吐き出す嗚咽に、震える体。
一度溢れたものはそう簡単には止まらない。
「…ぐずっ…、はぁ…!」
しかし少女はそれを手で拭い、再び立ち上がる。
顔が泥と涙で醜く歪んでしまうが、彼女はそれを気にも停めない。
「早く…、早くしないと…!!」
少女は再び駆け出す。
何かに背を押されるように、何かを恐れるように。
「イリナさんが…、皆さんが…、!」
うわ言のように漏れ出すその言葉も、夜闇に溶けていく。
後に残るのは沈んだ泥の後と、
不気味に鳴り響く、虫の声だけだった。
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