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18.悪鬼遭遇
しおりを挟む「おーい、まっくろさーん?
ごはんだよー?」
まだ薄暗い朝の林を、1人の少女が草木を掻き分け進む。
手には布に包まれた黒パンを持ち、まるで何かを探すように朝霧が漂う林に声を響かせる。
しかしその声に返答はなく、林は静かにさざめきを返すのみ。
「…寝てるのかなー?」
無い反応に少し落ち込みながらも、少女は薄暗い草むらを歩く。
やがて、
ガサガサッ
「あ、!」
しばらく進んだ先で、何かが小刻みに茂みを揺らす。
少女は無邪気にもその茂みへと近づき、顔を出す。
「みーつけ…、?」
しかしそこに居たのは、少女の予想していた者ではなかった。
凹凸の多い、くすんだ深い緑色の肌。
異様に尖った耳と鼻。
猿ほどの体格に、曲がった背骨。
光を弾く真鍮色の瞳の中で、縦長の動向が狭まる。
人に見えて、人とは全く違う生き物。
それが2人、顔を出した少女を睨んでいた。
「え、え…?
だ、れ……、っ」
少女が問うより早く、その口を塞ぐ緑の手。
爪垢で黒ずむ長く伸びた爪が、少女の頬に深く食い込む。
「ン、ン~~!!ンーーーッ!!!」
あまりの勢いに、少女は地に倒れる。
朝霧に濡れた土が跳ね、少女の肌と服を汚す。
そこに、覆い被さる緑の小人。
一匹は口と右手を掴み、もう一匹は足を抑える。
必死に足掻こうとするも、少女の力ではそれを振りほどくことはできない。
「ギギィ…!」
「っ…!!」
抵抗できぬ様子を笑うかのように、緑色の口角が吊り上がる。
覗く黄ばんだ歯に、その隙間から垂れる唾液。
初めて向けられる類の視線に、少女はただ恐怖する。
「っ、、ーーー…ッ…!!」
口を塞がれ、助けすら呼ぶ事の出来ない状況。
少女はただ、声にならない悲鳴を呼ぶ。
しかしそれの悲鳴は緑に阻まれ、
ただ静かに、霧の中へと消えて行く。
ザクッ
「…ギ?」
途端、朝霧を切り裂くように飛ぶ、一陣の影。
音もなく。されど、素早く。
的確に、少女へと覆い被さる緑の背を貫く。
「ギ、ィ…ッ!!?」
「キギッ…ッ!?」
傷から血が溢れ、悲鳴が溶ける。
その痛みから逃れるように、少女へと被さっていた緑が離れる。
もう1匹も突然の来訪に驚くように、つられてその手を離す。
「…っ、はっ……!」
離され自由になった少女。
その目の前に、1匹の獣が庇うように立つ。
「グルルルぅ…!!」
その獣が唸る。
小さな小さな、黒い獣。
しかしその背は、少女には何よりも力強く思えた。
― ― ― ― ― ―
遠目からその光景を見た時、咄嗟に俺の体は動いていた。
考えている暇なんてなかった。
ただ“こうしなければ”と思い、俺は『引奪の灯火』を使い、その緑の背中を切り裂いた。
向き合い、その2つの緑を見やる。
大きさは5、6才程度の子供ほど。
くすんだ深緑色の皮膚に、異様に尖った鼻と耳。
覗く瞳は真鍮色に輝き、僅かに見える歯は牙のように鋭く尖っている。
ボロ布のような服を身にまとい、手には石器のようなものを握る。
その姿、間違いない。
完全に俺の知る、“ゴブリン”そのものだ。
ゴブリンといえば、ファンタジー作品によく登場する雑魚役中の雑魚役。
まさに、異世界を代表するモンスターの一角だ。
しかし、今はそれに現を抜かす余裕はない。
「…はっ…、はっ……はっ…」
「…ッ!」
後ろから聞こえる、ココのか細い息遣い。
余程怖かったのか、泣き叫ぶような様子はなく、ただ目からポロポロと静かに涙を流す。
可愛らしい服は泥と小鬼の返り血で汚れ、幼い肌には青痣と握りしめた痕が残る。
あまりに痛ましいその姿に、頭の中で何かがプツリと音を立てる。
(…来いよ…、、ゲス野郎共…、、!!
ブチ殺してやるッ……、、、!!!)
腹の奥から湧き上がる、心底の“本音”。
吐き出しても吐き出しても、尽きることのない純粋な“怒り”。
その蛮行に、憎悪と殺意が溢れかえる。
しかし、
「ギギッ…」
「ギグァ…」
(…あ゛ぁ?)
ゴブリン達は武器を構えるような様子もなく、
俺の方を軽く見た後、すぐに背を向けて茂みの奥へと逃げていく。
ビビって逃げた…のか?
いや、それにしては何か違和感が…
「、う、うぅ…」
(…、っ!そんなことより…!大丈夫か…!?)
回す思考を放棄し、慌てて倒れたココへと近寄る。
ゴブリンの返り血によって汚れてしまってはいるものの、大した怪我は無さそうだ。
しかし転んだせいか、所々擦りむいてしまっている。
ひとまず一安心…ではあるが、ゴブリンの返り血を浴びているなら感染症の危険もある。
そもそも他人の血液というのは、衛生的には非常に危険なものだ。
「人の体を流れていたものだから大丈夫」と思う人もいるだろうが、そこには様々な病原体が潜んでいる可能性がある。
B型肝炎、白血病、梅毒、マラリアなんかも、血液感染するものとしては有名だろう。
ましてや、かかったのはゴブリンの血液だ。
ファンタジー生物の血なんて、どんな病原体が含まれているかわかったものじゃない。
とりあえずまずは血を洗って、傷口の消毒と手当を…
『ご主人、待って!!』
(えっ)
チッ
ラウルの静止に応答する間もなく、
鼻の先を、何が通り過ぎる。
少し遅れて視界をパラパラと舞う、黒い毛。
僅かに見えた、朝日を反射する銀色の刃。
切られ…た?
(っ…!!!?)
遅れて、脳がそれを理解する。
背筋を走る悪寒。
跳ねる鼓動。
恐怖と驚きに引っ張られるように、慌てて後方へと飛び退く。
視界に映る、見覚えのあるくせっ毛の金髪。
迷彩柄のマント。
手に握る、特徴的な片刃の剣。
先程、村で見かけた冒険者だ。
なるほど…。
ゴブリン達が逃げたのは、彼が来ているのが見えていたからか…!
「ココ、大丈夫かっ!!?」
「お、にぃ…、ちゃ」
冒険者の青年が、泣くココへと声をかける。
ココと同じ髪色に、どことなく似た顔立ち。
察するに、ココが前に言っていた冒険者をしているという兄か。
…これはまずい。
血だらけで泣く妹に、剣を構える1匹の獣。
誰がどう見ても、俺がココを襲っているようにしか見えない。
「お前…、、妹をよくも…ッ、、!!」
冒険者の青年は、怒りに震えながら声を出す。
腹の奥から出る、低く重い怒声。
金髪から覗くココと同じ緑色の目は、怒りからか僅かに震える。
ダメだ、完全にブチ切れてしまっている…。
下手に刺激すれば、さらに怒りを煽りかねない。
『ッ、…!
来るよ!ご主人!!』
(、おっけいっ…!?)
ザっ
向き合う中、彼が先に動く。
右からの鋭い横なぎ。
ヒュッ!!!
(早ッ…!?)
「ッ……!!」
動きを見つつ、慌てて飛び退く。
空を切る剣の残光に、避けられると思っていなかったのか、冒険者は少し驚いたような視線を向ける。
直線的だが、あまりに早すぎる…!
下手すれば四ツ目月輪熊以上の速度だ。
これを捌き続けるのは、体力的に早さ的にも流石に厳しい。
それに、俺の勘違いでなければ、確か彼は三人組だったはず。
モタモタしていれば、仲間が駆けつけてしまうかもしれない。
もしそうなれば、俺に勝ち目はないだろう。
…仕方ない。
これ以上やっても、どっちかが傷つくだけ。
ココのことは彼らに任せて、ここはひとまず逃げるとしよう。
(ラウル…!“分体”!!)
『りょーかいっ!!』
ボフンッ!!
「ッ…!?これ、はッ…!?!」
『あっかんべ~!』
合図と共に現れる、ラウルの分体。
溢れ出した煙と黒い翼が、バサバサと彼の視界を塞ぐ。
この一週間で身につけた、ラウルとの連携技だ。
今のうちに…!!
(『引奪の灯火《プロトス》』ッ…!!)
身体が中に浮き、先程走って来た方向へとぐんっと引っ張られる。
これなら単に走り出すより、初速を稼げるはず…!!
「ま、待ッ…!!」
「おにぃちゃんっ!!まって…!!」
「っ…、ココ…!?」
「やめ、てっ…!!」
「っ…!」
追おうとする兄を、ココの小さな手が引き止める。
小さく弱々しい手。
それが強く強く、兄の服を掴む。
必死に首を振る少女に、兄は思わず足を止める。
彼が振り返った時にはもう、
逃げた影は、朝霧の彼方へと消えていた。
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