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19.不穏な空模様
しおりを挟む「──以上18組が、今回の四ツ目月輪熊の捜索を依頼した冒険者達です。
実力のある冒険者達も多く、1週間ほどあれば足取りは掴めるかと」
明るい昼の日差しが照らす、とある一室。
素朴ながらも、確かな質と気品を感じる作りの部屋。
その部屋の真ん中で、女性の淡々とした声が響く。
黒基調の膝下まである長いロングスカートに、その先から覗く鈍銀な金属製のブーツ。
そして何より目を引く、顔の上半分を覆い隠す異様な仮面。
かなり風変わりな格好ながら、その所作や立ち振る舞いからは、聡明さと上品さを感じさせる。
抑揚の少ないはっきりとした、よく通る声色。
その声に耳を傾けるように座る、1人の男性。
後ろで纏めた金混じりの白い長髪に、少し骨ばった細長い手足。
そして顔の右半分を覆う、まるで裂け目のような無数の古傷。
刻まれた皺の数からかなりの高齢だと窺えるが、その体躯は老いを感じさせないほど若々しい。
老齢の男性は、女性の報告へと耳を済ませつつ、ただ静かに藍色の瞳を窓の外へと向けている。
「…“組合長”…?」
「……いや、一雨降りそうだと思ってね」
「雨…ですか…?
…そういう風には見えませんが…」
彼の言葉に、女性は軽く窓の方を見やる。
しかし、窓の外には雲など見当たらず、晴れ渡るような青い空が広がっているのみ。
不思議そうに首を傾げる女性に対し、男性は軽く微笑みながら女性へと向き直る。
「とりあえず四ツ目月輪熊の件は順調そうでよかったよ。
それで…“例”の件はどうかな?」
「あ、はい…。
その件ですが…やはり、組合長の読み通りです」
「ここ最近、“小鬼”の発見・報告事例が急激に増加しています。
開拓村付近での痕跡や、農作物への被害報告、依頼中の冒険者達との遭遇事例など…。
前年度と比較して見ても、その数は現時点で4倍近くにも上ります。
四ツ目月輪熊の捜索に出ている冒険者達からも、多数の発見・遭遇が挙がっており、中には数十匹規模の群れと遭遇したという報告も。
ですが、それに比べて小鬼の“討伐報告”は異様なほどに少ないです。
前年度と比較しても、そこ数は3分の1程度…。
増加傾向の遭遇報告に対して、明らかに少な過ぎます。
報告では『遭遇したものの、すぐに逃げれてしまった』『こちらの姿を見た途端、茂みへと隠れてしまった』などといったものが多く、
実際に遭遇した冒険者達曰く、
『まるで、“何か”から争いを避けるよう、命じられているかような動きだった』
との事でした」
「…やっぱりか。
小鬼関連の噂を聞く割には、討伐報告が明らかに少なすぎる気はしていたんだよね…」
女性の報告に、聞いていた彼は苦虫を噛み潰したように眉を顰める。
「…相次ぐ小鬼に関する発見報告と、それと比例しない討伐報告の数。
加えて、小鬼達の奇妙な行動…。
恐らく小鬼は、“目標”を持って動いている。
戦闘を極力避け、闇に紛れて数を増やしている。
そうして勢力を拡大し、より大規模な“群れ”を作り上げようとしているのだろうね。
十匹、二十匹程度なら、我々でもすぐに対応できるだろう。
しかし、その規模が百、千、1万と増えてしまったら?
“群れ”は“軍隊”となり、我々だけでは到底対処しきれなくなってしまう。
そうなればもはや“討伐”ではなく、
小鬼対人間の、“全面戦争”となってしまうだろう。
それだけの大軍を指揮するのは容易じゃない。
小鬼達を従える強い影響力と、大軍を指揮する高い知能を持つ、優秀な個体…。
“小鬼王”が、発生してしまっている可能性があるね…。
となると、今回の四ツ目月輪熊の1件は、
①小鬼王の発生により、小鬼達が大規模な“群れ”を作るようになる。
↓
②“群れ”を維持するために、より多くの食料を集めるように。
↓
③獲物が枯渇し、“森”の生態系が傾く。
↓
④飢えた四ツ目月輪熊が餌を求め、“森”の平野部にまで現れるようになる。
…と考えて、間違いなさそうだね。
とりあえず、四ツ目月輪熊の捜索はそのまま続行。
念の為、近くの村には冠三級以上の冒険者を派遣して、小鬼たちの動向を確認しながら、何か変化があればまた報告を…」
「…あ、それともう1件。気になる報告が」
「…?」
「今朝方、四ツ目月輪熊の捜索に当たる冒険者1組から。
昨晩、変異小鬼を含む約10匹程度の小鬼の群れと、開拓村近くで遭遇・討伐したとの報告が」
「…ふぅん…?
普通の討伐報告のようだけど…それがどうかしたのかい?」
「いえ…それが、
討伐した変異小鬼が所持していた武器が…
“魔具”、だったと」
「…!!」
途端、彼の動きが止まる。
穏やかに微笑んでいた口角は次第に下がり、優しげだった瞳は鋭いものへの変わっていく。
「…ミレア。
急いで近辺の村落への、緊急避難指示を」
「は、はい…!」
「それと現在行われている四ツ目月輪熊の捜索依頼を中断し、村民たちの避難誘導に当たらせてくれ。
他の“森”にいる冒険者達にも、至急退避するよう連絡を。
それから領主と衛兵達にも通達し、避難民の受け入れと討伐隊の招集要請を頼む。それからー」
彼は椅子から立ち上がると、掻き立てられるように言葉を連ねる。
はるか遠くの空には、深い曇天が漂い始めていた。
― ― ― ― ― ―
【《冒険者組合》と《冠位等級》について】
《冒険者組合とは》
主に冒険者達のサポートを行う、世界規模の団体。
正式名称は“国際冒険者協力組合”。
一般的には“冒険者組合”や“組合”と呼ばれている。
元々、社会的地位の低い冒険者たちが、権力者たちから自身らの地位や財産を守る為に設立したもの。
今では冒険者達の後ろ盾のような存在となっており、冒険者達への依頼の斡旋や、素材の買取。装備や金銭、宿泊施設の貸出。揉め事の仲裁や、引退した冒険者の受け入れなど、冒険者達を補助する様々な活動を行っている。
《冠位等級とは》
冒険者組合が定めた、特定の生物や災害に対する危険性や脅威度を8段階に分けたもの。
元々は、読み書きの出来ない者が多い冒険者達でも、ひと目でわかりやすいようにと作成されたもの。
それが冒険者の知名度上昇と共に、一般層へと普及。今では世界各地でこの指標が採用されている。
0:人に対し、ほとんど危害がない。
1:適切な道具や知識があれば、一般人でも対処可能。
2:専門的な武器や知識、技術が必要。一般人が対処するのは危険。
3:数十人の不特定多数に対し、被害が及ぶ可能性がある。
4:複数の村落や地域への、広範囲かつ甚大な被害が危惧される。
5:都市機能が停止し、交通などのライフラインが崩壊する危険性がある規模の災害。
6:複数都市に渡る、壊滅的な被害。復興には年単位の時間を要する大規模な災害。
7:国家間規模での大規模な被害により、国としての存続が危ぶまれる規模の未曾有の大災害。
この冠位等級は冒険者らにも割り振られており、同等級の生物と対等とされている。
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