黒猫クエスト

ギア

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20.黄昏色の

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湿り気を帯びた、冷たい夕風。
赤くなり始めた曇天を背に、版画のような黒い木々の影がザワザワと揺れる。


ぐぎゅるるるるるるるる……


(…腹減ったなぁ…)


そんな不気味さすら覚える光景の中、似合わない腹の音がこだまする。


朝の騒動から半日。
俺はココの開拓村から少し離れたところにある岩場の影で、空腹に打ちひしがれていた。


はぁ…ダメだ…。
この1週間食料に困らなかったせいか、少し空腹に弱くなってしまっている…。


今からでも村に戻ってココに会いに行ってみるか…?

いや、それはやめておいた方がいいだろう。


半日も経ったんだ。
それほど大きい村じゃないし、既に俺に関する噂が広がってしまっている可能性が高い。

それに、またあの冒険者シーカーの青年と遭遇してしまう危険もある。
一度目はなんとか逃げ切れたが、二度も同じ手段が通じるとは思えない。


また暫くは野宿か…


『…!誰か来た…!』

(っ…!)


そう項垂れていると、途端ラウルが声を上げる。

もしかしたら追っ手もしれない。
呼び掛けと共に、サッと近くの茂みへと身を隠す。


「ーーーーーーー…!!」


暫くして、遠くから声が聞こえ始める。
よく通る若い男性の声だ。


「おーーーーい!!ココぉーーーーーッッ!!」


やがて、声の主が林から現れる。

あれは…今朝出会った冒険者シーカーの青年だ。
噂をすればなんとやら…


だが、どうも様子がおかしい。

荒い息に、汗ばんだ額。
枝で切ったのか、頬からは一筋の赤い線が垂れる。

相当茂みの中を歩いていたのだろう。
靴は跳ねた泥で真っ黒に染まり、身体の至る所に木の葉が引っかかってしまってる。

しかし彼はそんな自分の様相なんぞ気にも止めず、ただ喉が張り裂けん限りの大声を、森に響かせている。


明らかに普通の様子ではない。


ココを探している…のか?

だが、もうすぐ日が暮れる。
普段ならもう既に家に帰っている時間帯だ。

それなのに、こんな森の中で探しているとは…


なんだか、嫌な予感がする。


『…また来た…!今度は2人…!』

「「―――――!、―――――!!!」」


少し甲高い声と共に、今度は2人組が茂みの中から現れる。

格闘家風の褐色の女性と、魔術師風の大きな杖を持った女性。


今朝見た冒険者シーカーだ。

彼女達も青年ほどではないにしろ、かなり泥だらけの姿となっている。

2人の姿を見た青年は、咄嗟に2人の方へと駆け寄る。


「マレン、クリシラ…!いたか…!?」

「「……」」

「…ッ…、」


青年の言葉に、2人は目を伏せながら静かに首を振る。
その様子に察したのか、冒険者シーカーの青年は力無く膝を着く。


すると、


ゴッ!ゴッ!


(…ッ!?)


「…俺の、せいだ…。俺が、俺が…ッ…!!」


突然、青年が地面に向けて、頭を打ち始める。

骨が石に当たる、鈍い音。
零れた鮮血が粒となり、木の葉にまだら模様を描く。

「ちょ、ちょっと、ユウさん!?」
「おい、ユウ…!落ち着けよッ…!」

「…、…ごめん…でも…、ッ……!」


慌ててふたりが止めに入るが、その顔色は晴れない。
目を引く金髪はぐしゃぐしゃと崩れ、泥と血にまみれた酷い姿となっている。


なんだから尋常ではない様子だ。


(…ラウル、ちょっと“読心”を頼む)

『んー、了解…。
…あー…これはちょーと、マズそうだね…』


ラウルの力を借り、彼らの思考を読んでもらう。


それは、俺が冒険者シーカーの青年“ユウ”から逃げた後のこと。


彼はココと言い合いになり、喧嘩してしまったらしい。
窘めるようなユウの態度に怒ったココは、泣きながら林へと走っていってしまったそうだ。


それから数時間後。
冒険者組合シーカーギルド”より、緊急避難指示が発令された。

内容は『“森”における小鬼ゴブリンの異常大量発生』。
“森”周辺の開拓村に住む住民は、近くの街へと避難するようにとの事だった。


それが発令されたのがちょうどお昼頃。
しかし日が傾きはじめても、ココは家には帰らなかった。

心配になったユウは、仲間たちと共に森へと捜索に出たが、未だに発見できず…という事らしい。


小鬼ゴブリンが大勢いるこの森で、子供が一人…。
間違いなく、狙われるだろうね…』

(…っ!)


ラウルの言葉に、血の気が引く。


…なるほど、どうりであんなに荒れているわけだ。
一刻早くココを見つけ出さないと、彼女が危ない…!


しかし、もうすぐ日が暮れてしまう。
あと一時間もすれば、この辺りは真っ暗となるだろう。

こんなだだっ広い森で、夜行性の獣やゴブリン達が彷徨くつ中、子供一人を探し出すというのは流石に厳しい…。


…いや、ひとつ方法がある。


だがこれは、かなりの賭けだ。

見つけられるかどうかも定かじゃないし、その前に俺が殺されてしまう危険もある。


だがそれでも、“可能性”はある。

それなら俺は…


(ラウル…ちょっとお願いがあるんだけど…)

『…?』


― ― ― ― ― ―


『…おにぃちゃんなんて、だいっっきらい…!!』


そう泣きながら、ココは家から出て行ってしまった。


母が流行病で亡くなってから数年。
父は金を稼ぐため危険な仕事へと手を出し、そして死んでしまった。

資財と呼べるものは売り払い、残ったのは草刈り用の鉈と小さな家のみ。


この世界ではよくあることだ。


辺境の貧民が、流行病で死ぬのも。
学のない者が、騙され命を落とすのも。
両親が早くに死に、遺されてしまう孤児達も。


この世界では、よくあること。


俺は幼い妹を養うため、冒険者シーカーになった。

死に物狂いで依頼をこなし続けた。
金のため、明日を生きるため。

そして、妹の将来のために。


その日々の中で、俺は身をもって知っていた。

野生の生物の危険さ、獰猛さ、そして怖さを。


だから俺は…


「…、クソッ…!!」


溢れんばかりの後悔を、地面へと吐き捨てる。

頭の中で、過去の自分への叱責が飛び交う。
あんなことを言わなければ、あんなふうにしなければ。

どれだけ思い描いても、今は変わらない。


ココは、帰ってこな


ガサガサッ


「「「!!」」」


突然、前方の茂みが揺れる。

何かが、こちらへと近づいてきている。
それほど大きい生き物じゃない。


小鬼ゴブリンか…!?」


拳を構えながら、マレンがそう呟く。
泥まみれの顔を拭いながら、自身も腰に構えた武器を抜く。

走る緊張感の中、茂みの中からそれは現れる。


「にゃあ」


「か、かわいい…!」
「獣、か…?あんな動物、“森”にいたか?」

「…っ!」


現れたその姿を前に、クリシラは黄色い声を上げ、マレンは怪訝そうな目を向ける。

しかし俺は、思わず息を飲んだ。


不思議な黒剣を携えた、奇妙な黒い獣。

黒い毛並みに、金色の目。
横に裂けた、口元の傷跡。


忘れるはずもない。
ココと対面していた、あの獣だ。


背中を這う悪寒。
額から滲む冷や汗。

沸き立つ葛藤が、剣を持つ手を震わせる。


その時だ。


『んん、あー、あーー…。

き、聞こえ…て、ますかー…?』


「「「!!!??」」」


少し高い、人の声。

途切れ途切れだが、確かに聞こえた。


「いい、今のは…ひ、人の声…!?」
「チッ…一体どこから…!?」


どうやら2人にも聞こえていたらしく、辺りをキョロキョロと見回す。

しかし見えるのは薄暗い夕空の赤色の中、木々の葉がさざめく景色だけ。
人影のようなものは、全く見当たらない。


「まさか…今の声って…君か…?」


こくり


問いかけに、黒い獣は軽く頷く。

まるで御伽噺のような光景に、思わず空いた口が塞がらない。


『あの…、皆、さんは…ココを、探している…んです、よね…?』

「…!ココがどこにいるのか知っているのか…!?」

『え、ちょ…、!?ま、待…って、くださ…い、!
まだ・・、正確な場所は…わかって、いません…』

「…まだ・・……?」


焦る俺を宥めつつ、獣は続けて言葉を繋げる。

その言葉は不安定ながらも、何か確信めいたものを感じさせる。


一呼吸置き、獣は口を開く。


『…皆さんに、ひとつ。
協力…して、欲し、いことが…』


暮れていく夕焼けの中、その黄昏色の瞳は、真っ直ぐとこちらを見つめていた。
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