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閑話 公爵邸 お客様 3

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 カティは今日もエドヴァルドの側にいられないため、しょんぼりと庭の東屋で花を見ていた。
「カティ様、お花を摘んでしおりを作りませんか?エドヴァルド様のお仕事に使っていただけますよ。」
 カティを元気づけるためにミンミはそういった。
 笑顔が戻ったカティは楽しそうに花を摘みだした。

 そこにイザベルとエマがやってくる。
「まあ、カティ様。お会いできてうれしいですわ。お茶をご一緒にと思っておりましたの。」
「カティ様、お花摘みですか?私もご一緒していいですか?エドヴァルド様にお渡ししたいですわ!」
 そう言ってエマが、カティが持っていた鋏を急にとろうとした。
 カティはびっくりして身を引いたが、エマはその勢いのまま突進し転倒した。
「きゃあ、エマ!!」
 起き上がったエマの額からは血が流れ、その愛らしい顔は痛みにゆがみポロポロと涙をこぼしていた。
 カティの護衛の一人が、カティに承諾を得てエマを抱き上げ屋敷に運んだ。

 応接室にはトンプソン夫妻と傷の手当てが終わったエマが揃っていた。
「カティがわざと怪我をさせたと?」
「そうは申しません。ですが・・・一緒に花を摘みたいと言った娘にぶつかられて。いえ!そのことは子供同士の事、問題にするつもりはございません。」
「エドヴァルド様、お医者様より額の傷は生涯残るかもしれないと言われました。これまで縁談がたくさん来ておりました・・しかし傷ものになってしまったエマには良縁があるかどうか。私はそれだけが・・・娘の将来だけが心配なのでございます!」
「カティに責任を取らせろというのか。」
「いいえ、めっそうもございません。ただ、エドヴァルド様は婚約者がまだいらっしゃらないご様子、うちのエマを婚約者にお決めいただければ丸く収まるのではないかと・・・」
「なるほど。」
 エドヴァルドがうなづいたのに力を得て
「もとより、領地を任せていただいて信頼関係のある我々がさらに強いきずなで結ばれることは、ますます公爵家の発展と権勢を得ること間違いございません!!」
 セルジュは、不正がばれるかどうか心中穏やかでない報告をしている最中に、エマが怪我をしたという連絡が入った。
 可愛いエマの顔に傷がついたのは心配だが、これをうまく利用すれば責任をとらせる形で娘が公爵夫人になれる。
 うちの娘は親のひいき目でなくても天使といわれるほどかわいい、エドヴァルドもまんざらではなさそうである。これで将来は約束されたも同然だ。

「レオ。カティを。」
「かしこまりました。」
 連れてこられたカティは無言だった。無言のまま三人を見つめる。
 エマはびくっと身を縮めて母親に縋りつく。
「カティ様、うちのエマが気に入らないとしてもあんまりですわ。」
 それでもカティは何も言わない。
「子供同士の事ですから責を問うつもりはありません。ですが謝罪の一つくらいは・・・」
 セルジュがまだ言いつのろうとしたときカティは悲しそうな顔をしてエドヴァルドに手を伸ばす。
 エドヴァルドはカティを抱き上げると膝に乗せる。
 トンプソン家の三人は昨日からの溺愛ぶりを目のあたりにして驚いている。

「とう様・・・あの時、トンプソン子爵令嬢が私のはさみを奪い取り私を刺そうとしました。私は思わず避け、彼女はいきおい余って転倒し怪我をしたのです。」
「責任逃れようとそんな嘘を!私は確かに見ました、あなたが娘を尽き飛ばしたのを!」
 イザベルはカティを責める。しかし今度は
「私も見ておりました。カティ様が子爵令嬢に襲われ、ただ避けられたのを。」
「私たちも見ております。」
 そうミンミと護衛たちが証言する。
「あ、あなたたちはここの者でしょ!嘘の証言するに決まってるわ!」
 カティは笑って
「あなたも子爵令嬢の母親でしょう。嘘の証言するに決まってるわ。」
 とイザベルの口調を真似る。
 イザベルは真っ赤になり
「現にうちの子は怪我をしております。責任をとってエドヴァルド様の婚約者にしてくださいませ!!」
「お母さまおやめください。・・・私の・・・勘違いです。お許しください・・・ただ・・・足もひねったようで一人では移動できませんの。・・お詫びの代わりではありませんが私を抱き上げて・・・エドヴァルド様に運んでいただきたいのです。」
 エマは少し恥ずかしそうにいう。その顔、表情がまた愛くるしい。
「ああ!エマはなんて優しいの!」
 カティはきっと、護衛たちの中にもこのエマの可愛さにそれを信じ、カティなら本当にやりかねないと思われるんじゃないかと思った。それほどに彼女は可愛らしく、庇護欲をかきたてる。
 しかし、そうは問屋はおろさない!
「最後にもう一度。本当に私があなたを突き飛ばした?」
「・・・ぶつかったのは事実です。」
「せっかくチャンスを上げたのに・・・」

 カティは鏡を用意して何か操作をした。するとそれまで室内を映していた鏡がカティやエマを映し出した。
 花に囲まれた庭園でエマが急にカティに近づき、驚いたカティが身を引いた。そしてエマが勝手に転んで怪我をした場面がしっかり映っていた。
 この十三年の間にカティが開発した魔道具だ。防犯カメラのように屋敷のあちこちに仕掛けてあり、専用の鏡に映すことできる。
「私も嘘をついてみました。言葉など信用できないとお伝えするためです。これを見てまだ何か言いたいことはありますか?」

「申し訳ありません!!」
 セルジュは土下座をして謝罪した。
「妻の言い分を鵜呑みにして・・・申し訳ありませんでした!」
「わ・・・わたしは・・・私にはそう見えたのです!申し訳ありません!決して謀ろうなど・・申し訳ありません。」
 イザベルも頭を下げる。
 エマは青ざめ、唇を噛みしめている。
「か・・勘違いでした。ですが・・・ですが公爵邸で怪我をして動けないのは事実です!ですから!エドヴァルド様!私をカティ様のように・・・」
 毎日抱き上げ、側にいれば自分の可愛さにほだされるはず。そうすれば婚約にこぎつけられるかもしれない。お母さまにはエドヴァルドに近づけと厳しく言われているのだから、なんとしても・・・

「はい、そこまで!!」
 カティは淑女の仮面をかなぐり捨てた。
「とう様を私から奪い取ろうとは百万年早い!!とう様の腕の中は永遠に私の予約席なの!!」
 カティは自分でも不思議なほど腹が立ち、思わずあの恥ずかしい言葉を口走ってしまった。しかし、我に返ったカティは真っ赤になり、勝手に撃沈した。
 エドヴァルドはそんなカティを見てわずかに口角をあげると
「そうだな。お前の為にこの席は永遠に空けておこう。」
 そういい、セルジュたちには
「もう茶番は十分だ。セルジュ、領主代行の任を解く。」
「そんな!エドヴァルド様!今回の事は本当に申し訳ありませんでした!どうかお許しください!」
「この十三年間の決算報告書見て何も気が付かないと?」
 セルジュは真っ青になり震えだす。
「お前のことは信用していたが・・・まじめなだけにつけ込まれたのだろう。だが自分で選択したことだ、言い訳は出来まい。」
「な・・どういう?」
「とう様!」
 そう叫ぶカティの頭にエドヴァルドは口づけを落とす。
「お前は優しい。セルジュ、お前は執務室にこい。」
 そして騎士にあとの二人をここから出さないよう命じた。

 セルジュは、エドヴァルドから調査報告書を見せられ愕然とした。
 そこには、エマが自分の娘ではないと書かれていた。
 イザベルの実家からついてきた侍従との間の子。二人は公爵家につながるセルジュに近づいた。
 まじめで優秀なセルジュだったが、幼いころの怪我のせいで少し足を引きずっていた。その分勉学に励み、学業では優秀な成績を収めたが爵位を継ぐ嫡男でもなくなかなか縁談はまとまらなかった。
 しかしその優秀さが認められ、遠縁のユリ公爵から領主代行の打診を受けた。試用期間を経て認められ、しばらくしてイザベルと出会った。
 まじめなセルジュは色仕掛けに陥落し、妻に言われるまま妻の実家に支援したり、そそのかされるまま使い込みに至ったあげく、エマをエドヴァルドの婚約者にとだいそれた夢を見た。
 そして今、自分は犯罪者として騎士に引き渡される。

 妻と娘を失い、そして実家からも縁を切られ平民として投獄されるだろう。
 どこで人生が狂ったのだ・・・領地を任されたとき、その信に報いるためあれほどエドヴァルドの為に頑張ろうと決意していた自分はどこに行ってしまったのか。
 確かにイザベルに騙された。しかし、唆されたとはいえ、公爵邸を我が物にしようと欲が出たことも不正をしたことも最終的には自分が決断したこと。
 エドヴァルドの言うとおりだった。セルジュはおとなしく連行されていった。

 妻のイザベルも実家からの縁を切られ、平民としてとらえられ、横領した分の返済に充てるため奴隷としてセルジュと同様、鉱山送りとなった。
 エマはどちらの実家からも引き取りを拒否され、孤児院へ行くこととなった。
 彼女も毒母の犠牲者であったが、あのような母から引き離されて孤児院できちんとした教育を受けた方が結果的に彼女のためになり、その後は平民として幸せになったという。

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