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第四章 赤軍侵攻編
66 銀河と飛龍
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海軍航空隊がウルシャへの爆撃を敢行しようとしているのと同時刻、陸軍航空隊もまたシベリア鉄道ゼヤ川鉄橋への爆撃を開始しようとしていた。
第二航空軍がこの作戦に投入したのは、四式重爆撃機飛龍で構成された飛行第一一〇戦隊であった。それを、疾風隊が護衛する。
彼らは哈爾浜北方の綏化飛行場を出撃した後、北上してブラゴヴェシチェンスクのさらに北方を目指した。
目標の鉄橋が架かるゼヤ川は黒龍江(アムール川)の支流の一つであり、ブラゴヴェシチェンスクの市街地の東側を通って黒龍江に合流している。目標となる鉄橋はそこからさらにゼヤ川を遡り、アムール州中部の都市スヴォボードヌイの南方に存在していた。
スヴォボードヌイはゼヤ川とシベリア鉄道が交差する街でもあるため、この周辺における交通の要衝でもある。
綏化から目標であるゼヤ川鉄橋までの距離は、直線で六〇〇キロ。航続距離三八〇〇キロを誇る飛龍ならば十分に航続圏内であり、疾風もまた落下増槽を用いれば二五〇〇キロは飛べる。
スターリンの命によって一九三七年に複線化を完了させたシベリア鉄道であったが、鉄橋の大部分は依然として単線であった。こうしたシベリア鉄道の弱点を突くというのが、日本軍によるシベリア鉄道爆撃作戦の骨子である。
この他、シベリア鉄道はやはりスターリンの指示によって電化が進められていたものの、シベリア・極東地域は未だ電化されておらず、もっぱら蒸気機関車ないしディーゼル機関車に頼っている区間であった。
ウルシャ川鉄橋およびそのウルシャの街の操車場、そしてゼヤ川鉄橋を破壊することでソ連軍の補給線に打撃を与えるというのが、今回の作戦の目的なのである。
特にゼヤ川には鉄橋はこの一本しか架けられておらず(厳密にはブラゴヴェシチェンスクにもう一本、鉄道橋があるが、これはゼヤ川左岸とブラゴヴェシチェンスクを結ぶもの)、道路橋などもないためゼヤ川の両岸を繋ぐのはシベリア鉄道が走るこの鉄橋だけであった(つまり、ゼヤ川鉄橋を破壊すればゼヤ川左岸とブラゴヴェシチェンスクを繋ぐ鉄橋も意味をなさなくなる)。
ソ連側にとって、ゼヤ川鉄橋はシベリアから極東方面に向かう一つの隘路となっていたのである。
もちろん、最大の隘路となっていたのはハバロフスクに架かる長さ二〇〇〇メートルを超えるアムール川鉄橋であり、こちらもやはり単線であった。
しかし、参謀本部も関東軍司令部も、シベリア鉄道爆撃作戦においてアムール川鉄橋の破壊を選択肢から外していた。単純に、それよりも西方の地域でシベリア鉄道を遮断した方が、より効果が大きいと考えられていたからである。
この日、ゼヤ川鉄橋爆撃を目指し北上を続ける飛行第一一〇戦隊を率いていたのは、草刈武男少佐であった。
攻撃隊は、浜北線(哈爾浜―北安)・北黒(北安―黒河)線の路線に沿って飛行し、一度小興安嶺山脈を時計回りに迂回するようにして北側からゼヤ川鉄橋上空へと侵入する作戦となっていた。爆撃後はそのまま南へと離脱し、満洲国領へと帰還するためである。
そうして彼らもまた、黒龍江の大河を北へと越えたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
森本秀雄少佐は、緊張と共に黒龍江を越えた。
「井上飛曹長、周囲の様子はどうか?」
「全機、付いてきています。現在まで、敵機の存在は確認しておりません」
機首の偵察員席から操縦席に尋ねれば、操縦手の井上善弘飛曹長からそう返ってきた。偵察員席からは前方はよく見えるのだが、上空やましてや後方は見えないのだ。
伝声管ではなく、マイクとイヤホンで機内のやり取りをするのは、流石最新鋭機であった。
現在まで敵機の迎撃がないのは、僥倖と言えた。
ウルシャにソ連軍飛行場は確認されていないが、その東方一五〇キロに位置する同じくシベリア鉄道沿線のマグダガチには飛行場があることが判明している。
とはいえ、流石のソ連軍といえどもシベリア鉄道沿線すべてを防空するだけの兵力はないのかもしれない。
銀河の巡航速度は時速三七〇キロ。
黒龍江からウルシャまでは八〇キロ程度であるから、十五分もしないうちに目標となるべきウルシャ川鉄橋とウルシャの街が見えてきた。
緑色の針葉樹林で覆われた大地の中に、そこだけ切り拓かれた場所が存在する。それが、ウルシャであった。
機首の偵察員席からは、その光景がよく見えた。
依然として、敵機の姿はない。だが、地上のソ連軍はこちらを視認したのだろう。空に、高射砲の砲弾が炸裂し始めた。
機首の風防が、かすかに揺れる。
だが、耳を聾するほどの激しい対空砲火ではない。
「K五一一は我に続き鉄橋を狙え! K五一二はウルシャの操車場を破壊せよ!」
K五一一とは攻撃第五一一飛行隊、K五一二とは攻撃第五一二飛行隊のことで、この二隊で第五二六航空隊を編成されている(それぞれの定数は常用三十六機、補用十二機)。
森本はK五一一の飛行隊長も兼ねていた。
「全機、突撃せよ!」
彼の命令と共に、電信員によって「ト連送」が発信される。同時に、銀河の編隊が一気に加速しながらウルシャ川鉄橋へと突撃を開始した。
双発機ながら、銀河は急降下爆撃が可能である。爆弾倉には、二発の五〇〇キロ爆弾が搭載されていた。
森本機も、目標に向けて高度五〇〇〇メートルから緩降下を開始する。
高射砲の炸裂によって生み出された黒煙が、後方に流れていく。地上のソ連兵は、銀河の高速に信管の調整が追いついていないらしい。
それでも時折、びりびりと機体を震わせる炸裂があるが、ウルシャ周辺に配備されている高射砲の数が少ないからか、脅威に感じるほどではなかった。
やがて高度が三〇〇〇メートルに達した瞬間、森本の乗る銀河はダイヴブレーキを開いて一気に降下を開始した。
降下角度は急降下爆撃としてはいささか緩い四十五度であったが(艦爆なら六十度)、それでも双発機としては狂気的ともいえる降下角度である。
「……っ」
森本の背が、ぐっと座席の背もたれに押し付けられる。機首の風防から見える光景は、すべてが針葉樹林の大地となっていた。炸裂する高射砲弾の黒煙も、正面に見える。
銀河の速度はあっという間に時速六〇〇キロを超え、ダイヴブレーキが唸りを上げる。
森本の視界は、どんどん下がっていった。
南北に流れるウルシャ川、そしてそこに架かる単線の鉄橋が、徐々に大きくなる。
ウルシャ川鉄橋の長さは、約一五〇メートル。長良型などの五五〇〇トン級軽巡とほぼ同じ長さだ。
「高度一〇〇〇……」
森本は、一〇〇〇メートルを切ったところで高度計を読み上げ始める。銀河の速度は、六六〇キロに達しようとしていた。
敵高射砲弾の黒煙が、遙か後方に流れていく。
「九〇〇……、八〇〇……」
「用意―――!」
受聴器から、操縦手の声が聞こえてきた。
「七〇〇……、六〇〇!」
「てっ!」
操縦手の裂帛の叫びと共に、誘導桿によって五〇番爆弾二発が爆弾倉から飛び出した。
直後、森本の体にもの凄い遠心力がかかる。爆弾の投下と共に、操縦手が引き起こしをかけたのだ。血が逆流するような感覚と共に、視界が真っ黒に染まる。
やがて視界が回復すると、銀河は針葉樹林が観察出来るような高度で飛行していた。
後方から、連続した爆発音が響き渡る。爆弾が水柱を立てる轟音も。
他のK五一一の銀河も、次々と爆弾を投下していたのだ。
「命中! 命中です!」
すると、電信員の歓喜の叫びが機内に響き渡った。
「鉄橋が崩落していきます!」
残念ながら偵察員席から後方は確認出来なかったが、少なくともウルシャ川鉄橋の破壊という目標は達成出来たようであった。
長距離を飛行して急降下爆撃で敵空母に爆弾を叩き付けるという当初の開発目的とはいささか違った形での銀河初戦果であったが、それを成したのが自分たちであることに森本は密かな満足感を抱いていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一方、「重爆」の名を冠する飛龍もまた、急降下爆撃が可能な機体であった。
森本少佐率いる銀河隊がウルシャを爆撃しているのとほぼ同時刻、草刈武男少佐率いる飛行第一一〇戦隊もまた、ゼヤ川鉄橋への降下を開始していた。
こちらはウルシャと違い、ブラゴヴェシチェンスクの飛行場から駆け付けたYak-9の迎撃を受け、爆弾を投下する前に数機の飛龍を失っている。
だがそれでも、飛龍隊は怯むことなくゼヤ川の鉄橋へと爆撃を敢行した。
「用意―――!」
草刈少佐の機体も、操縦席から見えるゼヤ川鉄橋を目標に降下を開始している。流石に急降下爆撃機として開発された銀河とは違い、その降下角度は三十度と緩降下に近いものであったが、それでも水平爆撃よりは高い命中率を出すことが可能であった。
疾風隊の奮戦もあって敵迎撃戦闘機を突破した飛龍隊を、今度は高射砲弾の炸裂が襲う。炸裂した高角砲弾の衝撃が、機体を何度も震わせる。
三十度の角度で降下を続ける飛龍の速度は、六〇〇キロを超えていた。
全長約七〇〇メートルのゼヤ川鉄橋が、急速に大きくなる。
そして―――。
「てっ!」
高度が一〇〇〇メートルを切った瞬間、飛龍は爆弾を投下した。
爆弾倉と両翼に搭載された五〇〇キロ爆弾計三発が、ゼヤ川鉄橋に向けて機体から切り離される。
ぐっと操縦桿を引いて、草刈機は引き起こしにかかった。
目標としたゼヤ川鉄橋が、後方に流れていく。
「鉄橋基部に命中! 後続機も次々に命中させています!」
後部機銃手からの弾んだ声が、草刈の耳に届く。飛行第一一〇戦隊は、その当初の任務を果たしたのである。
「全機に集合をかけろ」
上昇を続ける飛龍の機上で、草刈少佐はそう命じた。投弾を終えた機体が、続々と集結してくる。
「……」
最後に草刈は、ちらりと後方を見遣った。すでにゼヤ川は細い線になってしまっていたが、それでも一条の黒煙が噴き上がっていることが確認出来た。
「―――これより、綏化基地に帰投する」
そうして、飛龍と疾風で編成された攻撃隊は南へと飛び去っていった。
ゼヤ川鉄橋もまた、日本軍航空隊によって破壊されたのである。これによりソ連軍はハバロフスク以東に繋がる重要な補給線が遮断されることとなったのであった。
だが、その効果がどこまで前線の戦況に影響を与えるものなのか、この時点では日本側の誰にも判断出来なかったのである。
第二航空軍がこの作戦に投入したのは、四式重爆撃機飛龍で構成された飛行第一一〇戦隊であった。それを、疾風隊が護衛する。
彼らは哈爾浜北方の綏化飛行場を出撃した後、北上してブラゴヴェシチェンスクのさらに北方を目指した。
目標の鉄橋が架かるゼヤ川は黒龍江(アムール川)の支流の一つであり、ブラゴヴェシチェンスクの市街地の東側を通って黒龍江に合流している。目標となる鉄橋はそこからさらにゼヤ川を遡り、アムール州中部の都市スヴォボードヌイの南方に存在していた。
スヴォボードヌイはゼヤ川とシベリア鉄道が交差する街でもあるため、この周辺における交通の要衝でもある。
綏化から目標であるゼヤ川鉄橋までの距離は、直線で六〇〇キロ。航続距離三八〇〇キロを誇る飛龍ならば十分に航続圏内であり、疾風もまた落下増槽を用いれば二五〇〇キロは飛べる。
スターリンの命によって一九三七年に複線化を完了させたシベリア鉄道であったが、鉄橋の大部分は依然として単線であった。こうしたシベリア鉄道の弱点を突くというのが、日本軍によるシベリア鉄道爆撃作戦の骨子である。
この他、シベリア鉄道はやはりスターリンの指示によって電化が進められていたものの、シベリア・極東地域は未だ電化されておらず、もっぱら蒸気機関車ないしディーゼル機関車に頼っている区間であった。
ウルシャ川鉄橋およびそのウルシャの街の操車場、そしてゼヤ川鉄橋を破壊することでソ連軍の補給線に打撃を与えるというのが、今回の作戦の目的なのである。
特にゼヤ川には鉄橋はこの一本しか架けられておらず(厳密にはブラゴヴェシチェンスクにもう一本、鉄道橋があるが、これはゼヤ川左岸とブラゴヴェシチェンスクを結ぶもの)、道路橋などもないためゼヤ川の両岸を繋ぐのはシベリア鉄道が走るこの鉄橋だけであった(つまり、ゼヤ川鉄橋を破壊すればゼヤ川左岸とブラゴヴェシチェンスクを繋ぐ鉄橋も意味をなさなくなる)。
ソ連側にとって、ゼヤ川鉄橋はシベリアから極東方面に向かう一つの隘路となっていたのである。
もちろん、最大の隘路となっていたのはハバロフスクに架かる長さ二〇〇〇メートルを超えるアムール川鉄橋であり、こちらもやはり単線であった。
しかし、参謀本部も関東軍司令部も、シベリア鉄道爆撃作戦においてアムール川鉄橋の破壊を選択肢から外していた。単純に、それよりも西方の地域でシベリア鉄道を遮断した方が、より効果が大きいと考えられていたからである。
この日、ゼヤ川鉄橋爆撃を目指し北上を続ける飛行第一一〇戦隊を率いていたのは、草刈武男少佐であった。
攻撃隊は、浜北線(哈爾浜―北安)・北黒(北安―黒河)線の路線に沿って飛行し、一度小興安嶺山脈を時計回りに迂回するようにして北側からゼヤ川鉄橋上空へと侵入する作戦となっていた。爆撃後はそのまま南へと離脱し、満洲国領へと帰還するためである。
そうして彼らもまた、黒龍江の大河を北へと越えたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
森本秀雄少佐は、緊張と共に黒龍江を越えた。
「井上飛曹長、周囲の様子はどうか?」
「全機、付いてきています。現在まで、敵機の存在は確認しておりません」
機首の偵察員席から操縦席に尋ねれば、操縦手の井上善弘飛曹長からそう返ってきた。偵察員席からは前方はよく見えるのだが、上空やましてや後方は見えないのだ。
伝声管ではなく、マイクとイヤホンで機内のやり取りをするのは、流石最新鋭機であった。
現在まで敵機の迎撃がないのは、僥倖と言えた。
ウルシャにソ連軍飛行場は確認されていないが、その東方一五〇キロに位置する同じくシベリア鉄道沿線のマグダガチには飛行場があることが判明している。
とはいえ、流石のソ連軍といえどもシベリア鉄道沿線すべてを防空するだけの兵力はないのかもしれない。
銀河の巡航速度は時速三七〇キロ。
黒龍江からウルシャまでは八〇キロ程度であるから、十五分もしないうちに目標となるべきウルシャ川鉄橋とウルシャの街が見えてきた。
緑色の針葉樹林で覆われた大地の中に、そこだけ切り拓かれた場所が存在する。それが、ウルシャであった。
機首の偵察員席からは、その光景がよく見えた。
依然として、敵機の姿はない。だが、地上のソ連軍はこちらを視認したのだろう。空に、高射砲の砲弾が炸裂し始めた。
機首の風防が、かすかに揺れる。
だが、耳を聾するほどの激しい対空砲火ではない。
「K五一一は我に続き鉄橋を狙え! K五一二はウルシャの操車場を破壊せよ!」
K五一一とは攻撃第五一一飛行隊、K五一二とは攻撃第五一二飛行隊のことで、この二隊で第五二六航空隊を編成されている(それぞれの定数は常用三十六機、補用十二機)。
森本はK五一一の飛行隊長も兼ねていた。
「全機、突撃せよ!」
彼の命令と共に、電信員によって「ト連送」が発信される。同時に、銀河の編隊が一気に加速しながらウルシャ川鉄橋へと突撃を開始した。
双発機ながら、銀河は急降下爆撃が可能である。爆弾倉には、二発の五〇〇キロ爆弾が搭載されていた。
森本機も、目標に向けて高度五〇〇〇メートルから緩降下を開始する。
高射砲の炸裂によって生み出された黒煙が、後方に流れていく。地上のソ連兵は、銀河の高速に信管の調整が追いついていないらしい。
それでも時折、びりびりと機体を震わせる炸裂があるが、ウルシャ周辺に配備されている高射砲の数が少ないからか、脅威に感じるほどではなかった。
やがて高度が三〇〇〇メートルに達した瞬間、森本の乗る銀河はダイヴブレーキを開いて一気に降下を開始した。
降下角度は急降下爆撃としてはいささか緩い四十五度であったが(艦爆なら六十度)、それでも双発機としては狂気的ともいえる降下角度である。
「……っ」
森本の背が、ぐっと座席の背もたれに押し付けられる。機首の風防から見える光景は、すべてが針葉樹林の大地となっていた。炸裂する高射砲弾の黒煙も、正面に見える。
銀河の速度はあっという間に時速六〇〇キロを超え、ダイヴブレーキが唸りを上げる。
森本の視界は、どんどん下がっていった。
南北に流れるウルシャ川、そしてそこに架かる単線の鉄橋が、徐々に大きくなる。
ウルシャ川鉄橋の長さは、約一五〇メートル。長良型などの五五〇〇トン級軽巡とほぼ同じ長さだ。
「高度一〇〇〇……」
森本は、一〇〇〇メートルを切ったところで高度計を読み上げ始める。銀河の速度は、六六〇キロに達しようとしていた。
敵高射砲弾の黒煙が、遙か後方に流れていく。
「九〇〇……、八〇〇……」
「用意―――!」
受聴器から、操縦手の声が聞こえてきた。
「七〇〇……、六〇〇!」
「てっ!」
操縦手の裂帛の叫びと共に、誘導桿によって五〇番爆弾二発が爆弾倉から飛び出した。
直後、森本の体にもの凄い遠心力がかかる。爆弾の投下と共に、操縦手が引き起こしをかけたのだ。血が逆流するような感覚と共に、視界が真っ黒に染まる。
やがて視界が回復すると、銀河は針葉樹林が観察出来るような高度で飛行していた。
後方から、連続した爆発音が響き渡る。爆弾が水柱を立てる轟音も。
他のK五一一の銀河も、次々と爆弾を投下していたのだ。
「命中! 命中です!」
すると、電信員の歓喜の叫びが機内に響き渡った。
「鉄橋が崩落していきます!」
残念ながら偵察員席から後方は確認出来なかったが、少なくともウルシャ川鉄橋の破壊という目標は達成出来たようであった。
長距離を飛行して急降下爆撃で敵空母に爆弾を叩き付けるという当初の開発目的とはいささか違った形での銀河初戦果であったが、それを成したのが自分たちであることに森本は密かな満足感を抱いていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一方、「重爆」の名を冠する飛龍もまた、急降下爆撃が可能な機体であった。
森本少佐率いる銀河隊がウルシャを爆撃しているのとほぼ同時刻、草刈武男少佐率いる飛行第一一〇戦隊もまた、ゼヤ川鉄橋への降下を開始していた。
こちらはウルシャと違い、ブラゴヴェシチェンスクの飛行場から駆け付けたYak-9の迎撃を受け、爆弾を投下する前に数機の飛龍を失っている。
だがそれでも、飛龍隊は怯むことなくゼヤ川の鉄橋へと爆撃を敢行した。
「用意―――!」
草刈少佐の機体も、操縦席から見えるゼヤ川鉄橋を目標に降下を開始している。流石に急降下爆撃機として開発された銀河とは違い、その降下角度は三十度と緩降下に近いものであったが、それでも水平爆撃よりは高い命中率を出すことが可能であった。
疾風隊の奮戦もあって敵迎撃戦闘機を突破した飛龍隊を、今度は高射砲弾の炸裂が襲う。炸裂した高角砲弾の衝撃が、機体を何度も震わせる。
三十度の角度で降下を続ける飛龍の速度は、六〇〇キロを超えていた。
全長約七〇〇メートルのゼヤ川鉄橋が、急速に大きくなる。
そして―――。
「てっ!」
高度が一〇〇〇メートルを切った瞬間、飛龍は爆弾を投下した。
爆弾倉と両翼に搭載された五〇〇キロ爆弾計三発が、ゼヤ川鉄橋に向けて機体から切り離される。
ぐっと操縦桿を引いて、草刈機は引き起こしにかかった。
目標としたゼヤ川鉄橋が、後方に流れていく。
「鉄橋基部に命中! 後続機も次々に命中させています!」
後部機銃手からの弾んだ声が、草刈の耳に届く。飛行第一一〇戦隊は、その当初の任務を果たしたのである。
「全機に集合をかけろ」
上昇を続ける飛龍の機上で、草刈少佐はそう命じた。投弾を終えた機体が、続々と集結してくる。
「……」
最後に草刈は、ちらりと後方を見遣った。すでにゼヤ川は細い線になってしまっていたが、それでも一条の黒煙が噴き上がっていることが確認出来た。
「―――これより、綏化基地に帰投する」
そうして、飛龍と疾風で編成された攻撃隊は南へと飛び去っていった。
ゼヤ川鉄橋もまた、日本軍航空隊によって破壊されたのである。これによりソ連軍はハバロフスク以東に繋がる重要な補給線が遮断されることとなったのであった。
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