氷の公爵は、捨てられた私を離さない

空月そらら

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第32話 初めての贈り物

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辺境伯の城では、穏やかな時間が流れていた。レオルドの呪いが快方に向かい、城全体の雰囲気も明るくなったように感じられる。その中心には、いつもアリアの存在があった。

彼女は図書室係としての仕事を着実にこなしながら、薬草園の手入れにも精を出し、時にはレオルドの求めに応じて彼の執務を手伝うこともあった。その聡明さと健気さは、城の誰もが認めるところとなっていた。

そんなある日、アリアはレオルドに執務室へと呼ばれた。いつものように資料の用件か何かだろうと思いながら部屋に入ると、レオルドは机に向かわず、窓辺に立って外を眺めていた。

「公爵様、お呼びでしょうか?」

アリアが声をかけると、彼はゆっくりと振り返った。その手には、いつもの書類ではなく、美しい装飾が施された大きな箱が抱えられている。

「ああ、アリアか。……少し、君に渡したいものがあってな」

彼はそう言うと、少しだけ躊躇うような素振りを見せながら、その箱をアリアに差し出した。

「これは……?」

アリアは戸惑いながらも、箱を受け取った。ずしりと重みがある。

「開けてみるといい」

レオルドに促され、アリアはゆっくりと箱の蓋を開けた。その瞬間、アリアは思わず息を呑んだ。

箱の中に収められていたのは、夜空のように深い青色の、上質なシルクで仕立てられた美しいドレスだった。繊細な銀糸の刺繍が施され、控えめながらも気品のあるデザインは、アリアの好みによく合っているように思えた。そして、ドレスの隣には、小さな宝石箱が添えられており、中にはドレスと同じ色のサファイアがあしらわれた、繊細な銀細工のネックレスとイヤリングが収められていた。

「こ、これは……!? 公爵様、このような高価なものを、どうして私に……?」

アリアは驚きのあまり、声が上ずった。侯爵令嬢だった頃でも、これほど見事なドレスや宝飾品を目にする機会はそうそうなかった。ましてや、今の自分は一介の使用人に過ぎないのだ。

「……先日、王都の商人からいくつか品を取り寄せた際に、目についてな」

レオルドは、少しだけ視線を逸らしながら、ぶっきらぼうに言った。

「その色が、君の瞳の色に似ていると思った。……きっと、似合うはずだ」

彼の言葉に、アリアの心臓が大きく跳ねた。

(私の、瞳の色に……?)

彼は、そんなことまで見ていてくれたのだろうか。

「君への、日頃の……その、感謝の印だと思って、受け取ってくれ」

彼は、早口でそう付け加えた。その耳が、ほんの少しだけ赤くなっているように見えたのは、アリアの気のせいだろうか。

感謝の印。彼はそう言ったけれど、その言葉以上に、彼の個人的な好意が込められているように感じられた。それは、単なる褒美や力への対価ではない、もっと温かく、パーソナルな感情。

アリアの胸は、喜びと、戸惑いと、そして切なさでいっぱいになった。

「……ありがとうございます、公爵様。大切に……大切に、いたします」

涙が溢れそうになるのを必死で堪え、アリアは震える声で礼を述べた。箱を抱える手が、微かに震えている。

レオルドは、そんなアリアの様子を、どこか満足げに、そして少しだけ心配そうに見つめていた。

(やはり、似合うと思った……)

彼は心の中で呟いた。このドレスを纏ったアリアの姿を想像し、彼の胸は高鳴っていた。彼女を飾りたい、美しいもので包みたい。それは、彼の中に芽生えた、紛れもない愛情表現だった。

だが、同時に、アリアの戸惑うような表情を見て、彼は少しだけ不安も感じていた。自分の気持ちは、彼女に伝わっているのだろうか。それとも、ただ困惑させているだけなのだろうか。

(……今は、これでいい)

彼は、まだ素直に「好きだ」とは言えない自分を、もどかしく思いながらも、アリアが贈り物を受け取ってくれたことに、静かな喜びを感じていた。

アリアは、贈られたドレスと宝石を抱きしめながら、レオルドへの想いがますます深まっていくのを感じていた。彼の真意はまだ分からない。けれど、この温かい気持ちだけは、信じたい。そう願わずにはいられなかった。

二人の間には、まだ言葉にならない想いが漂っていたが、その距離は、確実に縮まっていた。
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