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番外編
第52話 夫への相談と、ガルディアの矜持
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翌朝、私はいつになく緊張した面持ちで、ライオネル様の執務室を訪れた。彼は、すでに山のような書類に目を通していたが、私の姿を認めると、すぐにペンを置き、穏やかな表情で私を迎えてくれた。
「どうしたんだい、アリアナ。何か、思い詰めたような顔をしているが」
彼の優しい言葉に、私は少しだけ勇気づけられ、意を決してマーサからの手紙を彼に差し出した。
「ライオネル様……これを、お読みいただけますでしょうか。私の……故郷からの手紙でございます」
ライオネル様は、訝しげな表情を浮かべながらも、黙って手紙を受け取り、静かに読み始めた。その表情は、読み進めるにつれて、徐々に険しいものへと変わっていく。そして、最後まで読み終えると、彼は深いため息をつき、私に視線を戻した。
「……これは……酷い状況だな。エスタードは、もはや国家としての体を成していないと言っても過言ではないかもしれん」
彼の声には、驚きと、そしてほんの少しの同情のようなものが含まれていた。
「はい……。手紙を読んで、私も胸が張り裂けるような思いでした。マーサも……きっと、大変な思いをしていることでしょう」
私は、涙ぐみながらそう言った。ライオネル様は、黙って私の隣に来ると、そっと私の肩を抱き寄せた。
「辛かっただろう、アリアナ。君の故郷が、このような状況にあると知るのは……」
「ライオネル様……。わたくし、何か……何か、エスタードの人々のために、できることはないのでしょうか。もちろん、ガルディアの公爵夫人としての立場を弁え、国益を損なうようなことは決していたしません。ですが……このまま故郷の惨状を見過ごすことは、どうしても……」
私の言葉に、ライオネル様はしばらくの間、難しい顔で黙り込んでいた。彼の頭の中では、様々なことが駆け巡っているのだろう。ガルディアの君主として、そして私の夫として、彼は最善の判断を下そうとしているのだ。
やがて、彼は静かに口を開いた。
「アリアナ。君の気持ちは、痛いほどよく分かる。君が故郷を思う心を、私が蔑ろにするはずがない。……だが、忘れないでほしい。我々は、まずガルディアの民に対して責任を負っているということを」
その言葉は、厳しく、しかし正論だった。感情だけで動いてはならない。為政者としての冷静な判断が必要なのだ。
「エスタードが自ら変わろうとせず、ただ援助を当てにするだけならば、我々がいくら手を差し伸べても、それは底の抜けた桶に水を注ぐようなものだ。むしろ、彼らの自立を妨げることにもなりかねない」
「……はい。おっしゃる通りですわ」
「だが」と、ライオネル様は続けた。「もし、エスタードが国家として、正式に、そして真摯に、我がガルディアに助けを求めてくるのであれば……そして、彼らが我々の提示する厳しい条件を受け入れ、本気で国を立て直す覚悟を示すのであれば……その時は、人道的な観点から、そして隣国の無秩序な崩壊がガルディアにもたらすであろう不安定要因を排除するという戦略的な判断からも、限定的な支援を行うことは、検討の余地があるだろう」
それは、私が期待していた以上の、温かい言葉だった。彼は、私の心情を深く理解し、その上で、ガルディアの国益と両立しうる、最善の道を示してくれたのだ。
「ただし、アリアナ。これは決して、エスタードの甘えを許すものではない。彼らが自らの足で立ち上がるための、最後の機会を与える、ということだ。それを、レオンハルト王子が理解できるかどうか……それが、最大の鍵となるだろうな」
「ライオネル様……ありがとうございます……!」
私は、感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、彼の胸に顔をうずめた。彼は、優しく私の背中を撫でてくれる。
この人の妻でいられて、本当に良かった。彼の度量の大きさと、深い愛情に、私は改めて心からの尊敬と感謝の念を抱いた。
エスタードの未来がどうなるかは、まだ分からない。けれど、ほんの少しだけ、希望の光が見えたような気がした。あとは、エスタード自身が、その光に向かって手を伸ばすことができるかどうか、だ。
「どうしたんだい、アリアナ。何か、思い詰めたような顔をしているが」
彼の優しい言葉に、私は少しだけ勇気づけられ、意を決してマーサからの手紙を彼に差し出した。
「ライオネル様……これを、お読みいただけますでしょうか。私の……故郷からの手紙でございます」
ライオネル様は、訝しげな表情を浮かべながらも、黙って手紙を受け取り、静かに読み始めた。その表情は、読み進めるにつれて、徐々に険しいものへと変わっていく。そして、最後まで読み終えると、彼は深いため息をつき、私に視線を戻した。
「……これは……酷い状況だな。エスタードは、もはや国家としての体を成していないと言っても過言ではないかもしれん」
彼の声には、驚きと、そしてほんの少しの同情のようなものが含まれていた。
「はい……。手紙を読んで、私も胸が張り裂けるような思いでした。マーサも……きっと、大変な思いをしていることでしょう」
私は、涙ぐみながらそう言った。ライオネル様は、黙って私の隣に来ると、そっと私の肩を抱き寄せた。
「辛かっただろう、アリアナ。君の故郷が、このような状況にあると知るのは……」
「ライオネル様……。わたくし、何か……何か、エスタードの人々のために、できることはないのでしょうか。もちろん、ガルディアの公爵夫人としての立場を弁え、国益を損なうようなことは決していたしません。ですが……このまま故郷の惨状を見過ごすことは、どうしても……」
私の言葉に、ライオネル様はしばらくの間、難しい顔で黙り込んでいた。彼の頭の中では、様々なことが駆け巡っているのだろう。ガルディアの君主として、そして私の夫として、彼は最善の判断を下そうとしているのだ。
やがて、彼は静かに口を開いた。
「アリアナ。君の気持ちは、痛いほどよく分かる。君が故郷を思う心を、私が蔑ろにするはずがない。……だが、忘れないでほしい。我々は、まずガルディアの民に対して責任を負っているということを」
その言葉は、厳しく、しかし正論だった。感情だけで動いてはならない。為政者としての冷静な判断が必要なのだ。
「エスタードが自ら変わろうとせず、ただ援助を当てにするだけならば、我々がいくら手を差し伸べても、それは底の抜けた桶に水を注ぐようなものだ。むしろ、彼らの自立を妨げることにもなりかねない」
「……はい。おっしゃる通りですわ」
「だが」と、ライオネル様は続けた。「もし、エスタードが国家として、正式に、そして真摯に、我がガルディアに助けを求めてくるのであれば……そして、彼らが我々の提示する厳しい条件を受け入れ、本気で国を立て直す覚悟を示すのであれば……その時は、人道的な観点から、そして隣国の無秩序な崩壊がガルディアにもたらすであろう不安定要因を排除するという戦略的な判断からも、限定的な支援を行うことは、検討の余地があるだろう」
それは、私が期待していた以上の、温かい言葉だった。彼は、私の心情を深く理解し、その上で、ガルディアの国益と両立しうる、最善の道を示してくれたのだ。
「ただし、アリアナ。これは決して、エスタードの甘えを許すものではない。彼らが自らの足で立ち上がるための、最後の機会を与える、ということだ。それを、レオンハルト王子が理解できるかどうか……それが、最大の鍵となるだろうな」
「ライオネル様……ありがとうございます……!」
私は、感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、彼の胸に顔をうずめた。彼は、優しく私の背中を撫でてくれる。
この人の妻でいられて、本当に良かった。彼の度量の大きさと、深い愛情に、私は改めて心からの尊敬と感謝の念を抱いた。
エスタードの未来がどうなるかは、まだ分からない。けれど、ほんの少しだけ、希望の光が見えたような気がした。あとは、エスタード自身が、その光に向かって手を伸ばすことができるかどうか、だ。
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