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1章
第44話 『強さ』の執着
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「いえ、本当に噂程度でして……冒険者ランキング3位のパーティー『白い翼』から聞いた話ですが」
俺がさらりと『白い翼』の名を口にした瞬間、ベルド伯爵の表情が一変した。
その目が驚きと警戒に揺れ、まるで予想外の一撃を受けたかのように、息を呑む音が聞こえる。
意識して冷静さを装っているようだが、わずかな動揺が隠しきれていない。
「な、なんと!?」
やはり噂通り、ベルド伯爵はその名を知っているようだ。
冒険者の間でも高い実力と知名度を誇る『白い翼』、その影響力がどれほどのものか改めて実感する。
「そこまで知っているのでしたら、良いでしょう」
そう言うと、伯爵は意を決したように深く息をつき、静かに口を開いた。
彼の言葉の一つひとつが、まるで秘匿された歴史の扉を少しずつ開くかのように響く。
「貴族内の派閥なのですが、ある二人の王族を中心に分かれております」
「二人の王族?」
俺は確認するように問い返す。
伯爵はわずかにうなずき、話を続けた。
「はい、一人目は第二王女であるラール殿下です。
彼女はその優しさと慈愛の心で知られ、多くの民や貴族からも慕われております。彼女の存在は、まさに国の安定を象徴するものであり、信望の厚さは計り知れません」
ラール殿下――その名はかつて学園の式典で耳にしたことがある。
落ち着いた気品を持つ人柄と聞いたが、その評判はどうやら誇張ではなかったようだ。
伯爵の語る姿から、彼女がいかに愛され、また信頼されているかが伝わってくる。
「それで、二人目は?」
俺の問いに、伯爵はわずかにためらいながらも答えを返した。
その顔には、一抹の不安がにじんでいる。
「二人目は……第二王子のクロド殿下です。噂では強さを渇望していると聞いておりますが……」
クロド、第二王子か。
やや鋭い視線が脳裏に浮かぶ。
クロドが「強さ」を追い求める理由には、並々ならぬ執着があるのだろう。
とすれば、クロドが軍事力や権力を求め、王国内で新たな勢力を築こうとしているのも不思議ではない。
頭の中で記憶の糸をたぐるように考えを巡らせると、不意に学園での一幕が思い出された。
あの日、カイルと決闘を挑んできたのも、このクロドだったはずだ。
周囲を圧倒する威圧感、その眼光は、何かを守るためではなく、己の力を誇示するためのものであった。
いや、それどころかクロドは他者をねじ伏せることにこそ快感を覚えているような、そんな人物だったと記憶している。
ぼんやりしていた記憶が、次第に鮮明になっていく。
講堂でのあの緊迫した空気、そして互いに剣を交えるまでの流れ――確かにあの時、クロドの野心と、ただ力を誇示するその姿に、周囲は少なからず不安を覚えたはずだ。
「こ、これ以上はもう話せないです」
考えにふけっていると、伯爵の緊張した声が耳に届いた。
その視線には恐怖とも取れる表情が浮かび、俺たちに対して一線を引こうとしているようだ。
「いえ、もう大丈夫です。それに、ベルド伯爵は派閥争いには加わらず、中立の立場なのでしょう?」
俺がそう言うと、伯爵はわずかに目を丸くし、すぐに深くうなずく。
ベルド伯爵の話を聞いているうちに、まるで傍観者のような視点で話をしているので、俺は中立の立場だということを察する。
「は、はい。その通りです」
彼が中立の立場でい続けるのは、国の安定と秩序を守りたいという思いからなのだろう。
対立する勢力に加われば、自身もその争いに巻き込まれることは必至だ。
だが、その代わりに多くの情報を手に入れ、少しでも自分の領地や民を守るための道を模索している――そんな意図が伝わってくる。
しかし、これ以上の詳細を尋ねても、得られる情報は限られているだろう。
それでも、徐々にパズルのピースが揃ってきた気がする。
おそらく、クロド王子と犯罪組織『黒神』には何らかの関連があるのだろう。
クロドの「力」への執着が、王国を脅かす危険な魔法や秘術を招くことになりかねない。
そして、クロドの支持者には、戦闘狂の武官や強さを重んじる連中が多いのだろう。
一方で、ラール殿下の派閥には、穏やかで国民思いの人々が集まっているのだと想像できる。
「わざわざ説明して下さりありがとうございます、ベルド伯爵」
礼を述べると、伯爵は深くうなずき、少しばかり安堵したように息を吐いた。
その表情には、情報を漏らしたことへの不安と、それでも少しでも俺たちに信頼を寄せようとする意志が見える。
「いえいえ、依頼を引き受けてくださったお礼と思っていて良いです。それよりも……」
伯爵はふと手を顎に置き、何か引っかかるものがあるように視線を向けてきた。
探るような視線が、俺の顔を見つめ、次にその髪に移っていく。
「あ、あなたはグレイス家のアレン様ではないですよね?」
「……ああ、全くの別人だ。何せ髪色が違うだろう?」
俺は少しばかり苦笑いを浮かべ、軽く自分の黒髪を指差してみせた。
貴族としてのアレンは金髪で瞳も水色だ。だが冒険者である今の『俺』は黒髪に黒い瞳だし、見た目こそ似ていても違いは明白だ。
「そうですよね、失礼いたしました」
ベルド伯爵がそう言って安堵のため息を漏らしたことで、俺たちの会話は一段落を迎えた。
伯爵の胸中にはまだ幾つかの疑念や不安があるようだが、それを今無理に探ろうとは思わない。
これからもベルド伯爵との縁が続くならば、いずれは自然とわかることだろう。
こうして俺たちは伯爵邸から静かに立ち去る。
そして冒険者ギルドに着き、依頼が達成した事を言うと、パーティーランクがAに昇格するのだった。
俺がさらりと『白い翼』の名を口にした瞬間、ベルド伯爵の表情が一変した。
その目が驚きと警戒に揺れ、まるで予想外の一撃を受けたかのように、息を呑む音が聞こえる。
意識して冷静さを装っているようだが、わずかな動揺が隠しきれていない。
「な、なんと!?」
やはり噂通り、ベルド伯爵はその名を知っているようだ。
冒険者の間でも高い実力と知名度を誇る『白い翼』、その影響力がどれほどのものか改めて実感する。
「そこまで知っているのでしたら、良いでしょう」
そう言うと、伯爵は意を決したように深く息をつき、静かに口を開いた。
彼の言葉の一つひとつが、まるで秘匿された歴史の扉を少しずつ開くかのように響く。
「貴族内の派閥なのですが、ある二人の王族を中心に分かれております」
「二人の王族?」
俺は確認するように問い返す。
伯爵はわずかにうなずき、話を続けた。
「はい、一人目は第二王女であるラール殿下です。
彼女はその優しさと慈愛の心で知られ、多くの民や貴族からも慕われております。彼女の存在は、まさに国の安定を象徴するものであり、信望の厚さは計り知れません」
ラール殿下――その名はかつて学園の式典で耳にしたことがある。
落ち着いた気品を持つ人柄と聞いたが、その評判はどうやら誇張ではなかったようだ。
伯爵の語る姿から、彼女がいかに愛され、また信頼されているかが伝わってくる。
「それで、二人目は?」
俺の問いに、伯爵はわずかにためらいながらも答えを返した。
その顔には、一抹の不安がにじんでいる。
「二人目は……第二王子のクロド殿下です。噂では強さを渇望していると聞いておりますが……」
クロド、第二王子か。
やや鋭い視線が脳裏に浮かぶ。
クロドが「強さ」を追い求める理由には、並々ならぬ執着があるのだろう。
とすれば、クロドが軍事力や権力を求め、王国内で新たな勢力を築こうとしているのも不思議ではない。
頭の中で記憶の糸をたぐるように考えを巡らせると、不意に学園での一幕が思い出された。
あの日、カイルと決闘を挑んできたのも、このクロドだったはずだ。
周囲を圧倒する威圧感、その眼光は、何かを守るためではなく、己の力を誇示するためのものであった。
いや、それどころかクロドは他者をねじ伏せることにこそ快感を覚えているような、そんな人物だったと記憶している。
ぼんやりしていた記憶が、次第に鮮明になっていく。
講堂でのあの緊迫した空気、そして互いに剣を交えるまでの流れ――確かにあの時、クロドの野心と、ただ力を誇示するその姿に、周囲は少なからず不安を覚えたはずだ。
「こ、これ以上はもう話せないです」
考えにふけっていると、伯爵の緊張した声が耳に届いた。
その視線には恐怖とも取れる表情が浮かび、俺たちに対して一線を引こうとしているようだ。
「いえ、もう大丈夫です。それに、ベルド伯爵は派閥争いには加わらず、中立の立場なのでしょう?」
俺がそう言うと、伯爵はわずかに目を丸くし、すぐに深くうなずく。
ベルド伯爵の話を聞いているうちに、まるで傍観者のような視点で話をしているので、俺は中立の立場だということを察する。
「は、はい。その通りです」
彼が中立の立場でい続けるのは、国の安定と秩序を守りたいという思いからなのだろう。
対立する勢力に加われば、自身もその争いに巻き込まれることは必至だ。
だが、その代わりに多くの情報を手に入れ、少しでも自分の領地や民を守るための道を模索している――そんな意図が伝わってくる。
しかし、これ以上の詳細を尋ねても、得られる情報は限られているだろう。
それでも、徐々にパズルのピースが揃ってきた気がする。
おそらく、クロド王子と犯罪組織『黒神』には何らかの関連があるのだろう。
クロドの「力」への執着が、王国を脅かす危険な魔法や秘術を招くことになりかねない。
そして、クロドの支持者には、戦闘狂の武官や強さを重んじる連中が多いのだろう。
一方で、ラール殿下の派閥には、穏やかで国民思いの人々が集まっているのだと想像できる。
「わざわざ説明して下さりありがとうございます、ベルド伯爵」
礼を述べると、伯爵は深くうなずき、少しばかり安堵したように息を吐いた。
その表情には、情報を漏らしたことへの不安と、それでも少しでも俺たちに信頼を寄せようとする意志が見える。
「いえいえ、依頼を引き受けてくださったお礼と思っていて良いです。それよりも……」
伯爵はふと手を顎に置き、何か引っかかるものがあるように視線を向けてきた。
探るような視線が、俺の顔を見つめ、次にその髪に移っていく。
「あ、あなたはグレイス家のアレン様ではないですよね?」
「……ああ、全くの別人だ。何せ髪色が違うだろう?」
俺は少しばかり苦笑いを浮かべ、軽く自分の黒髪を指差してみせた。
貴族としてのアレンは金髪で瞳も水色だ。だが冒険者である今の『俺』は黒髪に黒い瞳だし、見た目こそ似ていても違いは明白だ。
「そうですよね、失礼いたしました」
ベルド伯爵がそう言って安堵のため息を漏らしたことで、俺たちの会話は一段落を迎えた。
伯爵の胸中にはまだ幾つかの疑念や不安があるようだが、それを今無理に探ろうとは思わない。
これからもベルド伯爵との縁が続くならば、いずれは自然とわかることだろう。
こうして俺たちは伯爵邸から静かに立ち去る。
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