バベルの塔の上で

三石成

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第二章 潜行

一 みなそこ

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 翌日。

 雨は午前中に止んだらしいが、私はそのことにまったく気づいていなかった。というのも、私自身が昼過ぎまで眠り込んでいたからだ。オーストラリアと日本との時差は僅か一時間なので、寝坊の理由にはできない。真澄と妙子さんは『長旅の疲れが出たのだろう』とまったく気にしておらず、ホゥロは私が来る前と変わらずに部屋に引きこもっていた。つまり誰に咎められたわけでもないのだが、惰眠を貪ったことに、私自身がなんとなく引け目を感じてしまう。

 私に与えられた部屋は玄関から続く広縁に面し、ホゥロの部屋の手前にあった。部屋にこもっているときのホゥロは静かなもので、襖一枚で仕切られているに過ぎない状態でも、夜間に彼の気配を感じることはなかった。

 起床が遅かったおかげで、荷解きなどをしてなんとなく過ごした一日がひどく短く感じる。真澄家での二度目の夕飯も済ませ、約束の夜はあっという間にやってきた。

「足滑らせんように、気をつけてな」

 ホゥロの家に向かうという私たち三人を見送るべく、玄関まで出てきた妙子さんが眉を下げながら言う。私は真澄から渡された懐中電灯のスイッチを入れ、顔を上げた。

「はい、気をつけます。いってきます」

「ホゥロの家見て問題なかったら、すぐに帰ってくるけど、ばあちゃん先に寝てろよ」

「そない早寝せんよ。すぐ年寄り扱いして」

「実際年寄りだろ」

 真澄と妙子さんの会話は軽妙だ。私と真澄は笑いながら妙子さんへ手を振り、歩き始めた。

「ご案内いたします。こちらです」

 先頭を行くのはホゥロだ。彼の手に懐中電灯はないが、街灯のほとんどない田舎の道を、躊躇する様子もなく進んでいく。向かうのは穂地村のあった方角だ。民家が多い地域からは自然と逆方向へ向かうことになる。周囲には私たち以外に人の気配はなく、田んぼや周辺の草むらから虫の声だけが続く。

 真澄は私の横を歩きながら目の前を行くホゥロを一瞥し、おもむろに口を開いた。

「昨日の夜さ、お前が言ってたアムハラ語っていうの、ネットで調べて、動画を見てみたんだよ」

 告げられたその一言に、私の心臓はドクンと跳ねる。動揺して咄嗟に出てきたのは、咎めるような声音だ。

「どうしてそのようなことを?」

「ホゥロに、挨拶だけでもできたらいいかなと思って。数日とはいえ、同じ家で過ごしてたんだから、それくらいのことは当然だろ? でも、動画で話されてた言葉は、どう考えてもお前とホゥロが話してる言葉とは違ったよ」

「真澄は、アムハラ語のことをよく知らないだろう」

「意味はまったく理解できないが、言語の、音の響きが違うことくらいは俺にだってわかるさ。それくらい、お前らが話してるのは、アムハラ語とはまったく違う言葉だった……なぁ、大和。なんで嘘つくんだよ」

 静かに告げられた真澄の言葉には、怒っているような雰囲気はない。私は口を噤んだまま新しい嘘と言い訳を考えはじめたが、真澄は淡々とした口調で言葉を続ける。

「ホゥロを見た瞬間から、お前はホゥロのわかる言葉で話しかけたよな。ネットで検索してエチオピアの人の姿も写真で見たが、ホゥロとはまったく違った。あれで、ホゥロの話す言葉をわかるはずがないんだよ」

 ホゥロが話し始める前に私から声をかけてしまったのは悪手だったと、私自身思っている。あのような芸当は、特殊能力なくして成立しない。

 真澄の言葉はさらに続く。

「それに、例えホゥロが外に出ていなかったとしても、地区の外れに住む若い夫婦なんて、やっぱりいままで聞いたこともない。それくらい、ここはお互いにお互いが存在や情報を把握し合っているような場所なんだ。どうしてお前が嘘をつくのかはわからないが、俺はお前に信頼されてないのかって、そのことの方がショックだぜ」

 気がつけば、先を歩いていたホゥロが立ち止まって振り返っていた。自然と私たちの足も止まると、ホゥロのペールブルーの瞳が私を見つめる。

「この者は主様を攻撃していますか? 困らせていますか?」

 意味がわからないなりに、彼は真澄の発する言葉から私への非難を感じ取ったらしい。問いかけは短く、怒りの感情がこもっているわけでもない。しかしその声の奥に、ゾッとするような冷徹な響きが潜んでいる。

「いや、大丈夫だ。こちらのことは気にせずに進んでくれ」

 慌てて促すと、ホゥロはいま一度真澄の顔をジロリと睨んでから、再度前を向いて歩きはじめる。

「ホゥロはいま、なんて? すげぇ睨まれた気がしたが」

「真澄が、私のことを困らせているかどうかを確認していた。問題ないと伝えたよ」

 真澄からの問いかけには、素直に答えた。

「言葉が伝わるからって、ホゥロのお前に対する態度もおかしいよな。はじめ、お前に平伏しているように感じたのは、きっと勘違いじゃないんだろう?」

 穏やかに問いかけられ、私はついに頷いた。真澄が感じているすべての疑問を解消できる別の嘘を考えることは難しい。それに、私はなにも真澄を騙し続けたいわけではない。

「嘘をついたのは、すまなかった。ただ、本当のことを言っても、信じてもらえないのではないかと思ったのだ」

 真澄は小さく笑う。

「正直さ、ホゥロの姿を庭で初めて見たときから、これは常識の範疇でおさまる話じゃないんじゃないかっていうのは、ずっと感じてたんだよ」

 前を向けば、ホゥロの後ろ姿が見える。仄かな月光を受け、闇夜の中でも自ずから発光しているような、美しい白髪が揺れていた。どこかの地域の人種というよりも、アルビノという先天性の遺伝子疾患を持つ人々に近い容貌をした彼は、存在自体が現実離れしている。

「覚悟はできてるさ」

 真澄の真剣な言葉を聞き、私は、私自身が持つ特殊能力を含めて、ホゥロから聞いたことのすべてを真澄に話すことにした。

 ホゥロの先導に従って、獣道のようになりはじめた山道を歩きながら、順を追って語る。真澄に向かって話す日本語がホゥロに伝わることはないと知りながらも、

「ホゥロは私のことを主だと言っているが、それは私の持つ特殊能力が引き起こした勘違いだと思う」

 と説明を締めくくるとき、私の声は自然と、真澄にだけ聞こえるように小さくなった。

「じゃあ俺たちはいま、その神様が陰の民のために作ったっていう、広大な地下空間への出入り口に向かってるってことか」

 説明を聞き終えた真澄は、笑いも訝しみもしなかった。ただ、事実としてすべてを受け入れてくれたようだ。自分の特殊能力を祖父母以外の人に話したのは生まれてはじめてのことで、真澄が驚きや拒絶感を示さなかったことに、私は心底安堵する。

 話しながら足場の悪い獣道を下り続けたせいで、いつしか息が上がっている。今日は夜になっても蒸し暑く、かいた汗は、周囲の高い湿度のせいで蒸発さえしない。雨に濡れた周囲の枝葉に触れてしまうこともあり、全身がびっしょりと濡れていた。服が肌に張り付いて気持ちが悪い。

「ああ。そうだ、地下空間の中にも案内してくれると言っていて……」

 私が真澄へそう返事をした瞬間。

「あああああああああっ」

 私たちよりも少し先に行っていたホゥロが唐突に叫んだ。その声は、彼がはじめて私と出会ったときに発したものに似ているが、より悲嘆の色が強い。

「どうした、ホゥロ」

 慌てて歩む速度を早め、ホゥロの元へと辿り着く。ホゥロは開けた木々の間から遠くを眺め、地面に崩れ落ちるようにして膝をついていた。放心したままで、問いかけた私への返事はない。

 しかし、ホゥロの隣に立った私もまた、そこから見える景色には思わず息を飲んだ。

 目の前に広がっているのは、月光に照らされた水を湛えたダムだ。水を堰き止めるコンクリート造の構造部分はここからでは視界に入らず、一見して大きな湖のようである。木々の生えている位置と水面を比べてみれば、おそらく通常よりも水位は低いのだろう。しかし、過去にはそこにあったはずの集落のすべてを、濁った水が覆っていた。

 私は、穂地村がダムになった後の姿を見るのはこれがはじめてだった。穂地村がダムに沈んだことを、頭では理解していた。ただ、故郷と呼ぶべき場所が完全に失われている様子を目の当たりにするのは、なかなか胸に迫るものがあある。

「もしかして……」

 放心するホゥロと私の様子を見て、真澄が唸る。

「その地下空間への出入り口は、ダムの底にあるんじゃねぇのか」

「しかし、出入り口がダムの底にあったのなら、ホゥロはいったいどこから出てきたというのだ」

「このタイミングでホゥロが出てきたことは、偶然じゃない。今年の異常な空梅雨のせいだよ。実は、数日前までは水が干上がって、ダムの底まで見えてしまっていたんだ。そんな状態になるのは、このダムができてからはじめてのことだった。だけど、昨日の大雨で、きっとまたダムに水が溜まって、入り口もまた沈んだ」

 私は思わず唸った。真澄の説明には、納得せざるを得ない。

 ダムの底に出入り口があったからこそ、陰の民は飢餓に苦しみながらも、十三年間も外に出てくることがなかった。いや、出たくても、出られなかったのだ。その閉塞感と地獄のような苦しみを思えば、胸の奥が苦しくなる。

「ホゥロ。地の底への出入り口は、この先にあるのか?」

 放心したままのホゥロに問いかけると、彼は涙に濡れた顔をゆっくりとあげて私を見る。

「はい、おそらく、あの水底に……」

 震える声で答えてから、ホゥロは出会ったときと同じように私の足に縋り付いてくる。

「主様。陰の民は、我を残して、皆死んでしまったのでしょうか。これは、我らを滅ぼさんとする敵の策略によるものですか」

 問いかけられた内容に、一度深く息を吸って、私は努めて落ち着いて答える。

「これは敵の攻撃などではないよ。この土地は、いまではダムといって、周辺に住む人々の生活のために使う水を貯めておく場所になっていたのだ。だから、私たちは影の民に食糧を渡すことができないでいた」

「ダム……どうして、人の暮らす土地にそのような非道なことを」

「この辺りは深刻な渇水に陥りやすかった。だから、多くの人の生活を支えるためにダムを作った。当然ながら、穂地村に住んでいたほとんどの人は、ダムができる前に古鳥に移住している。真澄もその中の一人だ。陰の民を閉じ込めるような形になってしまったことに対しては、本当に申し訳ないとしか言いようがない。しかし、穂地村の地中に人が住んでいるなどということを、地表にいた人間たちは知らなかったのだ」

 黙り込むホゥロを見て、私は言葉を続ける。

「今年は旱が続いていて、昨日まではその水が枯れてしまっていた。だからホゥロが出てこられたのだと思うのだが……これまで地の底で生活していて、地下空間が水で埋まるようなことはなかったのだよな?」

「はい、そのようなことはありませんでした。出入り口には扉がありまして、昔は自由に開けることができたため、下賜をいただく約束の夜以外にも地表と地の底を行き来することもあったのですが。十三年前より、その扉がまったく開かなくなって」

 水圧で扉が開かなくなっていたと考えると、辻褄は合う。

「ホゥロが出たあとは、その扉は閉めてきたか?」

 ホゥロはただ頷く。

「であれば、地下空間は無事だと考えていいと思う。入り口だけが、水の底に隠れてしまったのだ」

 足に縋り付いていたホゥロの腕から、力が抜けていく。

 私は真澄へと視線を向けると、いまホゥロから聞いた言葉を短くして伝えた。

「おそらく、真澄の予想は正しい。渇水でたまたま出入り口を塞いでいた扉が開いたんだ。しかし、水位が上昇したことで、また水の底に戻ってしまった」

「そうか。残酷だが、今日のところは、もうどうしようもないんじゃねぇか」

 真澄は、まだどこか放心したままでいるホゥロへ憐れみの眼差しを向ける。私もまた頷きながら、先のことを考えていた。

「相談なのだが、ホゥロが地下に帰れるようになるまで、またしばらくホゥロも一緒に家に住むことになっても構わないだろうか」

「もちろんだ。出てきたはいいものの、家に帰ろうにも帰れなくなっちまったってわけだろ。旱が続いて、またダムの底が見えてこないか、いま以上にダムの水位情報に注意しておくよ」

「ありがとう」

 真澄に感謝の言葉を述べてから、私はホゥロの肩をポンポンと叩く。

「ホゥロ。出入り口がダムの底に沈んでしまった以上、そこから帰ることはできないと思う。どうにかできないか考えるから、今日のところは、また一度杉原家に戻ろう。問題が解決するまで私もそばについているし、あの家にいて良いと、真澄も言ってくれている」

 そう声をかけると、ホゥロは顔を上げ、私を見ると頷いた。

 無言ながらもゆっくりと立ち上がって、来た道を戻るべく歩き出す。表情は暗いままだが、足取りはしっかりしている。真澄も踵を返す。ホゥロの姿が不憫に思えて眉を下げながら、私もまた彼らの後を追おうと一歩足を踏み出した、そのとき。


 聞いたこともない嗄れた声が、背後から耳に届く。

 ——其は敵か、味方か。

 背骨を直接やすりでなぞられたかのような不快感が襲い、飛び跳ねるように振り向いた。真の闇が広がる夜の深い森の中、風でもなく、不自然に揺れる下生えが目の前にある。

 口の中に粘ついた唾液が溜まっていくのを感じながら、私はその下生えを凝視したまま微動だにすることができない。

 じぃっと見ていると、ただの影だと思っていたところが、しゃがみ込んだ不気味な人の形になっていることに気づく。ビー玉のようなまん丸な黒い瞳が二つ、そこにあった。

 緊張がピークに達した瞬間、肩を掴まれる。

「っ……!」

「おい大和、帰るんだろ。離れたら迷子になるぞ……って、どうした、すごい顔してるぞ」

 視線を向けると、真澄が立っている。返事をしようと口を開きかけたとき、その声が同じ場所から再度響く。

 ——敵か、味方か。

 先ほどとまったく同じ、不快な声。しかし、語調が強く、問いかけを強めている。私は手の震えを抑えることができぬまま、真澄の腕を握る。

「真澄っ、いまの、聞いただろ」

「なんだ、猫か」

 真澄はあっけなく笑う。

「……猫?」

「ただの猫の鳴き声だろ。この近くにいるんだな。大和って猫苦手だったっけ? 大丈夫だよ、突然飛びかかってきたりしねぇって。ほら、手繋いでやるから」

 真澄は笑いながら言うと、言葉どおりに私の手を握り、歩き出す。

 思い返してみれば、たしかにあの声が聞こえたとき、同時にニャアと猫の鳴き声のようなものも聞こえていた気がする。

 真澄に手を引かれ歩き出しつつ、人のような影があった下生えを再度見るが、そこには辺りの茂みを埋め尽くすものと同じような影があるばかり。

 どうしようもない違和感に包まれる。

 しかし、私はいまの状況に、謎の既視感を覚えていた。

 真澄に手を引かれて、夜の森を歩く。闇に沈んだ草や木の間から、なにか恐ろしいものが覗いている。とても怖くて、泣き出したかったが、泣いてはいけないことはわかっていた。気づいていないふりをしなくてはならない。その正体を見てはいけない。振り返ってはいけない。見たら、私も殺されてしまうから。

 この記憶は何だ?

 こんなこと、過去にあっただろうか。あったとしたら、それはいつの話で、いったいどういう状況だったのか。考え込むと、堪らない頭痛に襲われる。

「あれはきっと、猫じゃない」

 痛みを堪えながら言葉を紡ぐが、真澄は軽い調子で笑う。

「田舎の猫は都会のやつよりでかいんだって」

 そのまま、手を引かれるままに歩き続けた。

 真澄の家に帰り着いた頃には疲労困憊の状態で、私はまともに立っていられなくなっていた。


 真澄に担がれるようにして部屋へ戻り、敷きっぱなしにしていた布団で、泥のように三時間ほど眠った。

 当然のことながら、目が覚めたときに見えたのは杉原家の薄暗い天井だった。この部屋は四方を襖に囲まれていて窓はなく、電気をつけない限りは暗い。ただ障子の入った欄間があり、そこからぼんやりと、広縁から差し込む仄かな月光が届く。

 私は深く息を漏らしながら起き上がり、布団から出る。まだ頭の奥がズキズキと痛んでいた。加えてこの謎の疲労感は、慣れない山道を歩いたせいか。それとも、環境の変化に風邪でもひいたのだろうか。

 なんの寝支度もしないまま布団に入ってしまったので、私はチノパンに半袖シャツのままだった。せめて歯だけは磨こうと、静かに襖を開けて広縁へと出る。部屋にいたときからわかっていたことだが、家の中は静まり返っていて、人が活動している気配はなかった。もう皆眠ったのだろう。

 そのまま洗面所へと向かおうとして、ホゥロが歴史を語った中で、陰の民は日中に眠ると言っていたことを思い出した。あれは過去の話だったが、もしその習慣が続いているのなら、ホゥロは、今も起きているのではないだろうか。

 ダムを見て、ホゥロは相当にショックを受けていた。あそこでは満足な会話はできなかったし、家についてから私はすぐに眠ってしまった。ダムのことについて、ホゥロが納得していたかどうかが気がかりだった。

 私は隣奥の部屋の襖の前に立つと、静かに声をかける。

「ホゥロ、起きているだろうか」

 部屋の中で人が動いた気配がした。この声量で反応するということは、やはり眠ってはいなかったのだろうと思う。返事はないが聞いているものと考え、言葉を続ける。

「地下への出入り口がダムの水底に沈んでしまったこと、約束の食糧を長年渡すことができていなかったことについて、本当に申し訳なく思っている。ホゥロからしたら、裏切られたように感じるだろう。しかし、私が陰の民のことについて知らなかったように、陰の民や地下の存在は、地上では知られていなかったのだ。いまになってはダムをなくすことはできないし、陰の民の受けた苦しみを思うと、私には謝ることしかできないが、許して欲しい……っう」

 話している間、私はなぜか再び強烈な頭痛に見舞われた。こめかみに指を押し当て、小さく呻く。すると、小さな物音がして、目の前にある襖が開いた。

 部屋の中からホゥロが出てくる。ホゥロの背は百九十センチを超えて高く、至近距離に立つとかなりの圧迫感がある。彼のペールブルーの瞳は、月光のみが照らす薄暗い広縁で、俺の目にはどこか冴え冴えと映った。

「ホゥロ……」

「すべて、わかりました」

 ホゥロの声は低く落ち着いているが、溢れ出す感情を抑え込んでいるようでもある。

 彼はゆっくりと私の前に膝をついた。

「主様」

 彼がする呼びかけは、ひどく優しい。ホゥロは私の手をとると、その手の甲に自身の額を押し当てる。

「どうした?」

 困惑して問いかけるが、彼の手を払ったり、体を離そうとは思えなかった。彼が私に向けている感情はとても温かい。例え偽りの上にあるものであったとしても、決して悪いものではないと感じられる。

「我は、主様の御心を守り、必ずやその無念を晴らします」

 ホゥロの言葉からは、私との会話に齟齬が生じている感覚がした。奇妙なものを感じる。

 しかしそれは、厳かなる誓いのようだった。
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