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59.厚焼きホットケーキ-2-
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「夢、でしたか・・・」
(お母様・・・ヴァージルお兄様・・・)
慌てて起き上がった少年は夢であった、否、悲惨な過去を夢で見てしまったという事実に涙を流す。
少年はクリフといい、回復魔法の使い手として【紅蓮の剣】というパーティーのメンバーとして冒険者ギルドに登録している。
彼が冒険者として登録しているクリフというのも偽名で、本名はクリスティアナ。
インペラトーレ帝国の第一夫人であったルイーズを母に持つ第一皇女という立場にある少女だった。
そんな彼女が冒険者として活動しているのかというと実母と尊敬していた夫人達、兄皇子達が皇后となったヘレナを傷つけようとしたという理由で処刑されたからだ。
このままインペラトーレ帝国に留まっていたら処刑されるか、異母姉であるクリスティアナを好色に満ちた目で見ているフールの侍女というか妾にされるかも知れないと危惧した母、そして祖父をはじめとする帝国の重臣達が彼女にそっくりな少女の死体を用意した上でこっそりと逃がしてくれたからだ。
一年半前の事である。
ちなみに、インペラトーレ帝国の重臣とでもいうべき内務大臣に外務大臣、大将軍はというと身の危険を感じたのか、既に他国に亡命していたりする。
亡命したからといっても他国に生活基盤はないので、彼等は貴族だった頃に得た知識や技能を生かして日々の生活を送っているのだ。
回復魔法の使い手であるクリフとして生きる事を決意したクリスティアナは、色に溺れたあの男の血を引く子孫を残したくないという思いが非常に強い。
そんな自分も何時かは愛する男性が出来るのかもしれない。
愛する男性との間に産まれた我が子を腕に抱けない事を後悔する日が訪れるのだと分かっていても彼女は女である事を捨てる道を選んだのだ。
女を捨ててクリフとして生きているクリスティアナにも唯一の楽しみがあった。
カフェ・ユグドラシルでの食事である。
後宮で暮らしていた頃のディッシュとデザートの盛り付けは芸術と言えるレベルで美しかった。
だが、ディッシュはパサパサしているのに香辛料が多く入っていたからなのか舌が麻痺してしまいそうな位であった。にも関わらず冷めていたし、デザートは歯が痛くなってしまう程に砂糖と蜂蜜を使っていたからなのか甘過ぎたのだ。
父親・・・ではなく場末の踊り子だった大淫婦の色香に溺れている暗愚な皇帝と亡き母ルイーズを含む夫人達、兄皇子達は後宮の料理長が作った料理を美味なるものとして受け止めていたが、クリスティアナにしてみれば不味い以外の何物でもなく苦痛でしかなかった。
そんなクリスティアナに調理の仕方次第で料理は美味しくなるのだと教えてくれたのがカフェ・ユグドラシルである。
一年半前、手っ取り早く大金を稼ぐ為にクリフとして冒険者登録したクリスティアナに声を掛けたのが【紅蓮の剣】というパーティーだった。
彼等の話によると、回復魔法を使えるメンバーが結婚を機にパーティーを抜けるので回復魔法を使える人を探していたらしい。
回復魔法は使えるが剣術や槍術といった武芸を扱えない。女一人で行動する事に不安があったクリスティアナは彼等の提案を受け入れ紅蓮の剣のメンバーとなった。
新メンバー加入祝いとして訪れたのがカフェ・ユグドラシルだったのだ。
シチュー、パスタ、揚げ物、デザート───どれも美味しくて盛り付けも綺麗だがクリスティアナの一番のお気に入りは厚焼きホットケーキである。
甘くてふわふわで柔らかい、仄かにバニラが香るホットケーキ。
これを食べている時のクリフはクリスティアナになるのだ。
(今日のランチは厚焼きホットケーキで決まりですわね・・・)
シンプルにバターとメープルシロップの厚焼きホットケーキもいいが、カスタードクリームと季節のフルーツでデコレーションしたのも捨て難い。いや、生クリームと季節のフルーツでデコレーションした厚焼きホットケーキも食べたい。
(ホット、ケーキ・・・)
大好きな厚焼きホットケーキを思い浮かべながらクリスティアナは静かに目を閉じる。
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