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本編
C3 いびつな仮面
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僕はとても歪で罪深く、中途半端な存在だ。
伯爵家の三男として生まれたにもかかわらず、人の上に立って他人の人生を丸ごと背負うのは怖い。かといって、地位の高い人に押さえつけられ踏みにじられるのも怖い。
女性のドロドロした嫉妬や独占欲に晒されるのも怖いし、男性の征服欲に晒されるのも怖い。
とにかく人間が怖いから、いつも愛想を振りまいて、嫌われ疎まれることのないよう媚を売る賤しく浅ましい臆病者。そんな情けない存在が僕だ。
僕が四歳の時、母が亡くなった。
そしてちょうど一年が経って、新しい母上がやってきた。
新しい母はとても美しく、そして貪欲な人だった。常に愛に飢えていた。
誰かに愛され、称賛され、求められ、傅かれなければ自分を保てない弱い人だった。
義母上は僕の事をとても可愛がってくれた。
父上が仕事で王宮や領地に行っている間、文字通り僕のことを余すところなく舐めるように可愛がったのだ。
幼かった僕はそれが何を意味するのかわからず、ただ「親」の言いつけに素直に従い、「親から与えられた愛」に応えるのが子のつとめだと思いこんでいた。
そろそろ十歳になろうかという頃になり、簡単な閨教育が始まった。
といってもいきなり男女の交わりについて実践的に何かを教え込まれるという訳ではなく、ざっくりとした人間の男女の身体の違いや子供がどうやってできるか、といったごく基本的な知識を学んだだけではあるのだが。
しかし、それによって僕は自分が義母に求められ受け容れてしまっていた行為が、いかにおぞましく、穢らわしく、許されざるものなのかを理解してしまった。
教会で繰り返し教えられていた「姦淫の罪」。義母と僕の行為がそれなのだと初めて知ってしまったのだ。
情けないことに、僕はその事実が受け入れられなくてひたすら吐いた。胃の中のものが何もなくなってもとにかく吐いた。何も食べる気になれなくて、それでも使用人たちに心配をかけたくなくて、無理やり食事を詰め込んではやっぱり吐いた。
さんざん吐いて吐いて吐き続けて、食べては吐いて、吐いては気絶するように眠って……を繰り返し、いったい何日経っただろうか?
意識もまだ朦朧としている中、義母が家を出されたことを知った。
どうやら眠っている間にうわ言で自分が何をされていたのか、何をさせられていたのか話してしまっていたらしい。
父上も兄上たちも、そんな穢らわしい僕の事を責める事も厭うこともなく、むしろ気付かなかったことを繰り返し繰り返し詫びられた。
詫びられるたびに僕が義母との行為を思い出しては、己の穢れに絶望する事には全く気付いていなかったようだ。
罪悪感に苛まれ、やつれた父上や兄上たちの姿を見たくなくて、僕は気にしていないと笑って言った。ほっとした顔をする彼らは「すぐに言ってくれればあの女をもっと早くに追い出せたのに」と笑っていた。
義母が追い出されたのも、義母をすぐに追い出せなかったのも僕のせいだった。
義母は病気療養のため領地の別宅で静養することとなり、ほどなくして儚くなった。
表向きは平穏な日々が帰ってきたが、僕たちの心は平穏とは程遠かった。
五年もの間、義母の性的な玩具として存在した僕と、それに全く気付かなかった家族たち。使用人の中にはうすうす気付いていた者もいたのだろうが、立場上何も言えなかったはずだ。
家庭内の切り盛り、すなわち使用人の管理をするのは夫人の役割で、主人ではない。夫人の機嫌を損なえば、紹介状なしで放り出されてしまう事になるし、そうなればもうまともな勤め先を得る事は不可能だ。
僕の他にも玩具にされていた使用人が何人もいたようだし、そうでなかった者たちも被害に遭わぬよう必死だったのだと思う。
父上や兄上たちにそういったしがらみはなかったはずだが、ただ単に僕に興味がなかったのだろう。僕が昼間から義母上の部屋に入り浸っていても何ら違和感を覚えなかったのだから。
それだけ僕が価値のない、いてもいなくても変わりのない存在だったというだけ。形ばかりは高位貴族の伯爵家とは言え、長男のスペアにすらならない三男なんてそんなものだ。
にもかかわらず、事が発覚した後の父上や兄上たちは僕の事を溺愛してくれた。まるでそれまでの無関心の埋め合わせをするかのように。
あたかも義母などいなかったかのように。
僕が沈んだ顔をしていると父上も兄上も暗い顔になって黙ってしまうので、僕はつとめて明るく振舞った。常に明るく素直に、無邪気に見えるよう。
大人たちが望む、大切に育てられた天真爛漫な貴族のお坊ちゃまを演じる事で、父上たちも安心したのだろう。
家族の間に笑顔が増えた。使用人たちの雰囲気も良くなった。
心にもない笑顔を貼り付けるたびに、僕の心は軋みをあげ、ひび割れていった。
伯爵家の三男として生まれたにもかかわらず、人の上に立って他人の人生を丸ごと背負うのは怖い。かといって、地位の高い人に押さえつけられ踏みにじられるのも怖い。
女性のドロドロした嫉妬や独占欲に晒されるのも怖いし、男性の征服欲に晒されるのも怖い。
とにかく人間が怖いから、いつも愛想を振りまいて、嫌われ疎まれることのないよう媚を売る賤しく浅ましい臆病者。そんな情けない存在が僕だ。
僕が四歳の時、母が亡くなった。
そしてちょうど一年が経って、新しい母上がやってきた。
新しい母はとても美しく、そして貪欲な人だった。常に愛に飢えていた。
誰かに愛され、称賛され、求められ、傅かれなければ自分を保てない弱い人だった。
義母上は僕の事をとても可愛がってくれた。
父上が仕事で王宮や領地に行っている間、文字通り僕のことを余すところなく舐めるように可愛がったのだ。
幼かった僕はそれが何を意味するのかわからず、ただ「親」の言いつけに素直に従い、「親から与えられた愛」に応えるのが子のつとめだと思いこんでいた。
そろそろ十歳になろうかという頃になり、簡単な閨教育が始まった。
といってもいきなり男女の交わりについて実践的に何かを教え込まれるという訳ではなく、ざっくりとした人間の男女の身体の違いや子供がどうやってできるか、といったごく基本的な知識を学んだだけではあるのだが。
しかし、それによって僕は自分が義母に求められ受け容れてしまっていた行為が、いかにおぞましく、穢らわしく、許されざるものなのかを理解してしまった。
教会で繰り返し教えられていた「姦淫の罪」。義母と僕の行為がそれなのだと初めて知ってしまったのだ。
情けないことに、僕はその事実が受け入れられなくてひたすら吐いた。胃の中のものが何もなくなってもとにかく吐いた。何も食べる気になれなくて、それでも使用人たちに心配をかけたくなくて、無理やり食事を詰め込んではやっぱり吐いた。
さんざん吐いて吐いて吐き続けて、食べては吐いて、吐いては気絶するように眠って……を繰り返し、いったい何日経っただろうか?
意識もまだ朦朧としている中、義母が家を出されたことを知った。
どうやら眠っている間にうわ言で自分が何をされていたのか、何をさせられていたのか話してしまっていたらしい。
父上も兄上たちも、そんな穢らわしい僕の事を責める事も厭うこともなく、むしろ気付かなかったことを繰り返し繰り返し詫びられた。
詫びられるたびに僕が義母との行為を思い出しては、己の穢れに絶望する事には全く気付いていなかったようだ。
罪悪感に苛まれ、やつれた父上や兄上たちの姿を見たくなくて、僕は気にしていないと笑って言った。ほっとした顔をする彼らは「すぐに言ってくれればあの女をもっと早くに追い出せたのに」と笑っていた。
義母が追い出されたのも、義母をすぐに追い出せなかったのも僕のせいだった。
義母は病気療養のため領地の別宅で静養することとなり、ほどなくして儚くなった。
表向きは平穏な日々が帰ってきたが、僕たちの心は平穏とは程遠かった。
五年もの間、義母の性的な玩具として存在した僕と、それに全く気付かなかった家族たち。使用人の中にはうすうす気付いていた者もいたのだろうが、立場上何も言えなかったはずだ。
家庭内の切り盛り、すなわち使用人の管理をするのは夫人の役割で、主人ではない。夫人の機嫌を損なえば、紹介状なしで放り出されてしまう事になるし、そうなればもうまともな勤め先を得る事は不可能だ。
僕の他にも玩具にされていた使用人が何人もいたようだし、そうでなかった者たちも被害に遭わぬよう必死だったのだと思う。
父上や兄上たちにそういったしがらみはなかったはずだが、ただ単に僕に興味がなかったのだろう。僕が昼間から義母上の部屋に入り浸っていても何ら違和感を覚えなかったのだから。
それだけ僕が価値のない、いてもいなくても変わりのない存在だったというだけ。形ばかりは高位貴族の伯爵家とは言え、長男のスペアにすらならない三男なんてそんなものだ。
にもかかわらず、事が発覚した後の父上や兄上たちは僕の事を溺愛してくれた。まるでそれまでの無関心の埋め合わせをするかのように。
あたかも義母などいなかったかのように。
僕が沈んだ顔をしていると父上も兄上も暗い顔になって黙ってしまうので、僕はつとめて明るく振舞った。常に明るく素直に、無邪気に見えるよう。
大人たちが望む、大切に育てられた天真爛漫な貴族のお坊ちゃまを演じる事で、父上たちも安心したのだろう。
家族の間に笑顔が増えた。使用人たちの雰囲気も良くなった。
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