お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

文字の大きさ
9 / 94
本編

C3 いびつな仮面

しおりを挟む
 僕はとても歪で罪深く、中途半端な存在だ。
 伯爵家の三男として生まれたにもかかわらず、人の上に立って他人の人生を丸ごと背負うのは怖い。かといって、地位の高い人に押さえつけられ踏みにじられるのも怖い。
 女性のドロドロした嫉妬や独占欲に晒されるのも怖いし、男性の征服欲に晒されるのも怖い。
 とにかく人間が怖いから、いつも愛想を振りまいて、嫌われ疎まれることのないようこびを売るいやしく浅ましい臆病者。そんな情けない存在が僕だ。

 僕が四歳の時、母が亡くなった。
 そしてちょうど一年が経って、新しい母上がやってきた。
 新しい母はとても美しく、そして貪欲どんよくな人だった。常に愛に飢えていた。
 誰かに愛され、称賛され、求められ、かしずかれなければ自分を保てない弱い人だった。

 義母上は僕の事をとても可愛がってくれた。
 父上が仕事で王宮や領地に行っている間、文字通り僕のことを余すところなく舐めるように可愛がったのだ。
 幼かった僕はそれが何を意味するのかわからず、ただ「親」の言いつけに素直に従い、「親から与えられた愛」に応えるのが子のつとめだと思いこんでいた。

 そろそろ十歳になろうかという頃になり、簡単なねや教育が始まった。
 といってもいきなり男女の交わりについて実践的に何かを教え込まれるという訳ではなく、ざっくりとした人間の男女の身体の違いや子供がどうやってできるか、といったごく基本的な知識を学んだだけではあるのだが。
 しかし、それによって僕は自分が義母に求められ受け容れてしまっていた行為が、いかにおぞましく、けがらわしく、許されざるものなのかを理解してしまった。

 教会で繰り返し教えられていた「姦淫かんいんの罪」。義母と僕の行為がそれなのだと初めて知ってしまったのだ。
 情けないことに、僕はその事実が受け入れられなくてひたすら吐いた。胃の中のものが何もなくなってもとにかく吐いた。何も食べる気になれなくて、それでも使用人たちに心配をかけたくなくて、無理やり食事を詰め込んではやっぱり吐いた。

 さんざん吐いて吐いて吐き続けて、食べては吐いて、吐いては気絶するように眠って……を繰り返し、いったい何日経っただろうか?
 意識もまだ朦朧もうろうとしている中、義母が家を出されたことを知った。
 どうやら眠っている間にうわ言で自分が何をされていたのか、何をさせられていたのか話してしまっていたらしい。

 父上も兄上たちも、そんなけがらわしい僕の事を責める事もいとうこともなく、むしろ気付かなかったことを繰り返し繰り返し詫びられた。
 詫びられるたびに僕が義母との行為を思い出しては、己のけがれに絶望する事には全く気付いていなかったようだ。

 罪悪感に苛まれ、やつれた父上や兄上たちの姿を見たくなくて、僕は気にしていないと笑って言った。ほっとした顔をする彼らは「すぐに言ってくれればあの女をもっと早くに追い出せたのに」と笑っていた。
 義母が追い出されたのも、義母をすぐに追い出せなかったのも僕のせいだった。

 義母は病気療養のため領地の別宅で静養することとなり、ほどなくしてはかなくなった。

 表向きは平穏な日々が帰ってきたが、僕たちの心は平穏とは程遠かった。
 五年もの間、義母の性的な玩具として存在した僕と、それに全く気付かなかった家族たち。使用人の中にはうすうす気付いていた者もいたのだろうが、立場上何も言えなかったはずだ。
 家庭内の切り盛り、すなわち使用人の管理をするのは夫人の役割で、主人ではない。夫人の機嫌を損なえば、紹介状なしで放り出されてしまう事になるし、そうなればもうまともな勤め先を得る事は不可能だ。
 僕の他にも玩具にされていた使用人が何人もいたようだし、そうでなかった者たちも被害に遭わぬよう必死だったのだと思う。

 父上や兄上たちにそういったしがらみはなかったはずだが、ただ単に僕に興味がなかったのだろう。僕が昼間から義母上の部屋に入り浸っていても何ら違和感を覚えなかったのだから。
 それだけ僕が価値のない、いてもいなくても変わりのない存在だったというだけ。形ばかりは高位貴族の伯爵家とは言え、長男のスペアにすらならない三男なんてそんなものだ。

 にもかかわらず、事が発覚した後の父上や兄上たちは僕の事を溺愛してくれた。まるでそれまでの無関心の埋め合わせをするかのように。
 あたかも義母などいなかったかのように。

 僕が沈んだ顔をしていると父上も兄上も暗い顔になって黙ってしまうので、僕はつとめて明るく振舞った。常に明るく素直に、無邪気に見えるよう。

 大人たちが望む、大切に育てられた天真爛漫てんしんらんまんな貴族のお坊ちゃまを演じる事で、父上たちも安心したのだろう。
 家族の間に笑顔が増えた。使用人たちの雰囲気も良くなった。

 心にもない笑顔を貼り付けるたびに、僕の心はきしみをあげ、ひび割れていった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜

恋せよ恋
恋愛
「君は僕の最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したくない」 命懸けの出産後、涙を流して私を抱きしめた夫ジュリアン。 その言葉通り、彼は「私を大切にするため」に夜の営みを断った。 私は、女としての寂しさを「愛されている誇り」に変え、 隣国へ赴任した夫を信じて二人の子供と家を守り続けていた。 毎週届く、情熱的な愛の手紙。タイプライターで綴られた その愛の言葉を、私は宝物のように抱きしめていた。 ……しかし、その手紙は「裏切り」だった。 夫が異国の地で、愛人と肌を重ねながら綴らせていた「偽りの愛」。 身分を隠して夫の赴任先の隣国へと向かった私が見たのは……。 果たして、貞淑な妻・メラニアが選んだ結論は……。 子供たちのため結婚生活の継続か、それとも……。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...