お飾りの私を愛することのなかった貴方と、不器用な貴方を見ることのなかった私

歌川ピロシキ

文字の大きさ
19 / 94
本編

D7 自分で自分が情けない

しおりを挟む
 神殿に行った日。
 やっぱり寝込みました。ああもう、また皆に心配かけちゃったよ。反省しなきゃ……
 しっかり鍛錬してたし、ご飯も食べて夜も寝て、体力蓄えておいたつもりなんだけどなぁ……ちょっと情けない。

 エリィが迎えに来てくれた時はほぼ意識がなかった。
 そのまま抱っこで馬車まで運んでもらって……気付いたらもう真っ暗で、エリィの屋敷の執務室のソファで寝ていた。身体を起こす事もできなくて、僕の傍らで書類とにらめっこするエリィの横顔を見ていた。

「起き上がれるか?」

 訊かれたけれども声も出なかった。恥ずかしくて目を伏せる。

「いい、無理をするな」

 彼は優しいバリトンで囁くと、水を持ってきてくれた。
 ちょっと自力で飲めそうにないなぁ……と困っていると、口移しで飲ませてくれる。上手く飲み込めなくてむせそうになっていると、軽く舌を絡めて咀嚼そしゃくを促してくれた。
 おかげでこくりと飲み込めて、少しだけ身体が楽になった気がする。
 一口、もう一口と飲ませてくれて、そのたびに接触する粘膜の感触からエリィの温もりと生命の息吹のようなものを感じて、少しずつ重く冷たかった僕の身体が軽く温かくなってくる気がする。
 そのまま僕はそのぬくもりに身を預け、いつの間にかまた眠っていた。

 翌朝になると、昨日の辛さが嘘みたいに起き上がれるようになった。
 重いものは無理だけど、温かなヨーグルト粥も食べられるようになって、かなり元気が出てきたような気がする。

「ぐっすり眠ったらすごく楽になったよ。なんか、ずっとエリィの夢見てたな」

 具体的には覚えていないんだけど、ずっと一緒にいたぬくもりだけは覚えている。
 お互いの生命の息吹が一つになって、ぐるぐるとめぐっているような、とても幸せな感触だった。

 その日は絶対に私室から出ないように厳重に言われて、強制的にお休みを取らされた。
 次の日もだいぶ回復してきたんだけど、朝起きて鍛錬して、ご飯の後にトリオと遊んでいたら「おとなしく寝ていなさい」と大目玉。

 でも、うちでゆっくりしているのもそれが限界。子供のころからいつもずっと一緒だったから、一人だと寂しいし手持無沙汰なんだよね。
 仕方なくてつい身体を動かしたり、本に没頭してしまったりと、かえって休まらない。

 それに、うっかりパトリツァ夫人に出くわしちゃうと、視線が痛くて……悪意とか敵意の籠った視線というのはどうにも心身が摩耗まもうする。

 あの人、僕の事が大嫌いなくせに、何とかして僕と身体の関係を持とうと必死なんだよね。
 一度でも肉体関係を持った男は自分の下僕か所有物だと思ってるタイプ。だから、会うたびに敵意と嗜虐親しぎゃくしんの籠った眼で全身を嘗め回すように見られて、本当に気持ち悪い。
 普段ならともかく、こういう弱ってる時はものすごく疲れて、すごく気力を消耗するんだ。

 それで、早めに帰宅してくれたエリィに次の日からは一緒に出勤したいとおねだりしてしまった。
 はじめのうちは頑固に「寝ていなさい!」と言われてしまったのだけど、一人は寂しいと一生懸命訴えた。

「うちに一人でいても、つい身体動かしちゃったりしてかえって休まらないし。一緒にいちゃ、だめ?」

 しまいには涙目になってたらしく、不承不承連れて行ってくれることになった。もちろん、無理はしないこと、エリィに休めと言われたらすぐ休むのが条件だけどね。

 戸籍に納税記録、教会への寄付……

 登庁したら、資料の山ができていた。
 仕方ないよね。二日も続けて休んじゃったんだもん。

 色々な資料を突き合わせ、矛盾する点を書き出していくと、どこでどう不正が行われたかがおぼろげに見えてくる。
 やってる奴らは別々の省庁で扱っているものに不正を分散させればバレないとタカをくくってるんだろうけど……それに関連する省庁に該当する時期の記録を見せてもらえばちゃんと証拠が浮かび上がってくるんだよね。
 それぞれの役所で管理している書類の間の矛盾は、うっかり書き写し間違えたと言い張るには無理があるほど、あまりにも数が多すぎるし、同じパターンを繰り返してる。

 一人で見ていると気付かず見逃してしまう事があっても、エリィと一緒にやっていると不思議と見落としがない。やっぱり視点が違うけれども気心が知れた相手だからだろうか?
 他の人だとこうはいかないもの。

 月虹教団は身寄りのない子供や口減らしで棄てられる子供を安く買い叩いて、あちこちで売りさばいている。
 一番の得意先は鉱山と船だけど、見目の良い子供は特殊な「躾」をした上で、王都の孤児院に連れて来られるらしい。
 きっと娼館まがいの事をやっているんだ、と思うとそのおぞましさに寒気がする。
 まだ善悪の区別がつかない子供に、大人に絶対に逆らわないよう徹底的に躾けて、性的な奉仕をさせるなんて。

 幼いうちはまだいい。
 子供たちが成長してきて、されている事、やらされている事の意味が分かった時、その行為のけがらわしさに絶望するだろう。僕にも嫌というほど覚えのある感情だ。

 僕にはエリィがいたから乗り越えられた。
 この子供たちには僕たちが寄り添ってあげなくては。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜

恋せよ恋
恋愛
「君は僕の最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したくない」 命懸けの出産後、涙を流して私を抱きしめた夫ジュリアン。 その言葉通り、彼は「私を大切にするため」に夜の営みを断った。 私は、女としての寂しさを「愛されている誇り」に変え、 隣国へ赴任した夫を信じて二人の子供と家を守り続けていた。 毎週届く、情熱的な愛の手紙。タイプライターで綴られた その愛の言葉を、私は宝物のように抱きしめていた。 ……しかし、その手紙は「裏切り」だった。 夫が異国の地で、愛人と肌を重ねながら綴らせていた「偽りの愛」。 身分を隠して夫の赴任先の隣国へと向かった私が見たのは……。 果たして、貞淑な妻・メラニアが選んだ結論は……。 子供たちのため結婚生活の継続か、それとも……。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中――完結!】 積み上がった伏線の回収目前!! 夫にも子どもにも、私は選ばれなかった。 長年の裏切りを抱え、離縁状を置いて家を出た――。 待っていたのは、凍てつく絶望。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉が開く瞬間でもあった。 「夫は愛人と生きればいい。  今さら縋られても、裏切ったあなたを許す力など残っていない」 それでも私は誓う―― 「子どもたちの心だけは、必ず取り戻す」 歪で、完全な幸福――それとも、破滅。 “石”に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...