昼の蟷螂 夜の蝶

歌川ピロシキ

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昼の蟷螂

其の十七

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 寮に戻ったオーウェンは、先ほどの半妖精との邂逅を何度も反芻するように思い返していた。
 狂っているはずの半妖精はとても友好的で、オーウェンの問いに一つ一つ素直に答えてくれた。
 しかし、どこか想定の斜め上の発言ばかりで、話し合えば話し合うほど訳が分からなくなる不思議な存在でもある。彼が何気なく語った内容は、神殿で育ったオーウェンにとって看過できないものであった。

(神殿で草原妖精たちを監禁して薬物を投与したり魔法をかけていた……)

 それではまるで人体実験ではないか。もしかすると、草原妖精のハーフと言う、極めて珍しい存在も、実験の『成果』なのではないか。そう思い至ると背筋にぞくりとした悪寒が走った。どのような『実験』をすればなかなか生まれない筈の半妖精が産まれるのか……頭ではわかっていても、感情が受け入れがたい。

 ぐるぐると出口の見つからない考えに囚われながらも、オーウェンは半妖精から聞いた話を騎士団に報告する事も、高司祭たちに相談する事もできなかった。
 半妖精が自分を惑わそうとして適当な嘘を言っているだけなのかもしれない。しかし、あの半妖精はそういった人間の損得勘定とは無縁に見える。もっと単純で短絡的で……そしておそろしく現実的で即物的だ。だからこそ魔力で現実を変容させる「魔法』という現象が効果をあらわしにくい。

 おそらく、彼は相手にとってそれがどんな意味を持つかを深く考えずに、単純に自分にとっての『事実』を口にしていただけなのだろう。となれば、彼の語った「神殿のえらそうな人に地下に閉じ込められて、薬を飲まされたり魔法をかけられたりしていた」という話は彼にとっての事実と考えて良い。
 かといって、神殿ぐるみで草原妖精を利用して何かを企んでいたと決めつけるのは早計だ。彼自身「神殿がやっていたのか、そいつらの独断なのかは知らない」とはっきり言っていた。それに、ただ何らかの治療などを受けたのを草原妖精が勘違いしているだけかも知れない。

 事実を知りたい。でも知るのが怖い。相反する二つの気持ちに苛まれ、オーウェンは食事を摂る気にもなれなかった。こんな時には身体を動かすに限る。彼は訓練用の木剣を携え神殿の裏庭に行った。一心不乱に剣を振っていると、次第に乱れていた心の糸もほどけてきたようだ。

(まずは自分が知りたい事、知らねばならない事を明確にしなければ)

 どう考えても、何も見なかったこと、知らなかったことにするのが一番手っ取り早いはずだ。今まで通り何の疑問もなく栄光ある金獅子騎士団の一員として生きていく事も可能だろう。

 しかし、オーウェンの誇りと良心がそれを許さなかった。あの半妖精の言ったことが正しければ、理不尽に監禁され、人体実験の材料にされていた者がいたという事だ。まずはそれが事実なのか、あの半妖精の勘違いなのかを確かめなければ。

 万が一事実であるならば、それが一部の造反者によるものなのか、それとも組織的なものなのか。造反者によるものならば、彼らの不正を暴いて罰を受けさせれば良い。
 問題は組織的な犯行の場合だ。その場合、いくらオーウェン一人が騒いだところでもみ消されるのがオチだろう。かと言って見て見ぬふりもできない。一体どうしたものか......

 そこまで考えてオーウェンは苦笑した。これではまるで教会が組織ぐるみで草原妖精を監禁して人体実験を行っていると確信しているようではないか。まだあの妖精が勘違いしている可能性も捨てきれない。
 いずれにせよ、いつどこで何が起きたのか調べなくては。しかし、騎士団や神殿の伝手は頼れまい。あの半妖精に訊くのが手っ取り早そうだが、訊けば訊くほど混乱するような気もする。
 いっそ、あの闇ギルドの男にでも訊いてみるか。あの男は表向きの盗賊ギルドの長も兼ねていると言った。ならば、冒険者ギルドから紹介してもらえば会うことも不可能ではあるまい。

 ようやく考えがまとまって落ち着いたオーウェンは、いったん自室に戻ることにする。しかし、意識を思考に囚われていたからか、それとも薄暗がりに目が慣れていなかったからか、あらぬところでつまずいてしまった。

「いたた……なんだこれ?」

 転んだところを良く見てみると、背の高い雑草の生い茂った中に、何か落と戸のようなものが埋もれている。草と土で隠れて目立たなかったものが、上でオーウェンが足を滑らせたために草が倒れ、被っていた土の一部も削れたために露わになったようだ。

(食料の貯蔵庫か何かだろうか?)

 平素ならばそのまま興味を持つこともなく立ち去ってしまうところだが、今は無性に気になってしまう。このような人のほとんど来ない一角に、まるで隠すようにして作られているのだ。何か表に出せないようなものがしまってあるのかもしれない。

 しばしの逡巡ののち、オーウェンはその落し戸の中に入ってみる事にした。
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