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ハラハラ同居編

オスの昔語り③【大輔視点】

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「勝手に触るのやめてもらえます?隣に座られるのも迷惑ですし、気分が悪いのでさっさと帰ってください」

希帆さんの初めて見る顔に、俺は内心でドキドキしていた。
希帆さんが怒っている。
酔って喚く顔は知っているが、それとはまったく別ものだ。
静かに、けれど全身で、左に座るその男を拒否している。

「え~?冷たくない?そんな事言っても良いの~?超失礼な友人を持つ花嫁なんて、あの家で居場所なくなっちゃうと思うよ?俺、あの家の人たちと仲良しだし、面白おかしく吹聴しちゃうよ?」

ゲスが。
何が『面白おかしく吹聴しちゃうよ』だ、そんな口説き文句しか言えないのか。
気持ちが悪い。
希帆さんに触るな。

頭の悪い喋り方をするその男は、下卑た顔を浮かべて希帆さんの身体を撫でまわしている。
背中、腰、そして太もも。

「…お客さん、帰ってもらっていいっスかね」

バーカンから殺気立った気配を隠すことなく、仏頂面をした彼が言い放つ。
けれど、男は小馬鹿にしたように首を傾げながら、ますます下品な顔を濃くして答えた。

「はぁ?ここは従業員の言葉遣いも教育しない訳?躾がなってねぇなぁ!客に向かってちゃんとした敬語も使えねぇなんて、バーテンとして終わってるだろ。そんな奴に帰れって言われてもね~。話にならねぇよ」

男は右手を希帆さんの太ももに置いたまま、左手でシッシッと彼を払う様な仕草をした。
そして再び希帆さんに向き直り、更に汚い言葉を吐く。

「ねぇ、こんな終わってる店なんてやめてさ、俺の行きつけの店に行こうよ~。会員制のBarだから、カードがないと入れないような店!君みたいな女の子は自分じゃ行けないような高級店だよ~?行ってみたいと思わない?」

男は胸ポケットからブラックのカードを取り出すと、希帆さんの前にヒラヒラと掲げてみせた。
希帆さんはそのカードを横目でチラリと一瞥して、今にも飛び掛かりそうなバーテンダーの彼に制止の為に片手を上げる。

「悪いけど、私もそのカード持っているので、連れて行ってもらう必要がありません。このお店が貴方に合わないのなら、どうぞ今すぐお帰り下さい。おひとりで」
「はぁ?君みたいなパンピーが持てるような代物じゃないんだけど?バレバレな嘘つくのやめたら?いっそのこと哀れ!あ、もしかして、ちょっと嫌がって俺の気を引こうとしてる?もうさ、君も30超えた市場価値なしの女なんだからさ、俺みたいな金持ちに言い寄られる機会逃しちゃダメよ~?女なんて股開いてナンボでしょ♪」

ニタァ、と笑ったその男が本当に不愉快で、俺は拳を握り締めた。
バーカン内の彼も同じく、血管が浮き上がるほど手を固く結び、歯を食いしばって怒りに流されまいと必死で堪えている。
品のない言葉を浴びせられた希帆さんは、それでも静かに、本当に静かに怒りを纏わせて、ゆっくりと口を開いた。

「教養も品格もない…。そんな男に抱かれるほど、安い女じゃありませんので」

男に視線も向けず、優雅にミルクティーをすする希帆さんは、ともすれば由緒ある財閥のご令嬢のようだった。

「はぁぁぁ?こっちだってお前みたいな賞味期限切れの女、本気で相手にしてねぇし!貧乏そうな女に良い夢見せてやろぉって言う慈善事業なんだけど?その辺分かんないとか、マジで終わってるな、お前!!お前が一生行けないような店に俺が連れてってやるっつってるんだから、黙ってついて来いよ!!!」
「…だから、その店のカードなら持ってます。自分で行きたいときに一緒に行きたい人と行きます」

希帆さんは財布から男が持っているものと同じ黒いカードを出してカウンターに置いた。
それを見た瞬間、男の目が大きく開かれる。

「はぁぁぁぁぁ?偽造っしょ?このカード持つのにいくらかかると思ってんの?俺クラスの人間でもオーナーに挨拶するまで何百万も使ったんだぞ!!お前が持てる訳がねぇんだよ!!」
「と、言われましても…。そのオーナーの黒木さんから頂いたものですし、私は一銭も払ってないので、分かりません」

淡々と答える希帆さんは、静かにミルクティーを飲み終えた。
そして、ようやくその男に顔を向けると、更に静かな声で言い詰める。

「貴方、言葉や態度は下品だけど、少しは見れる容姿をしているんだから、私みたいな貧乏臭くて賞味期限も切れて市場価値もないような女で妥協するんじゃなくて、誰もが振り返るイイ女を口説きに行ったら?お帰りはあちらです、どうぞお気をつけて」

希帆さんはツイ、と入口のドアを指さし、小さく小首を傾げた。
俺に背を向けた状態の為、その表情は分からない。

「……っざけんなよ!俺は帰らねぇ!!酔っ払って店に迷惑をかけた訳でもねぇのに、客を追い出すなんて最低の店だな!!!口コミで広めてやる!お前が詫びて身体を開くなら、考え直してやっても良いぜぇ?」

クズが。
俺の身体を黒い感情が渦巻いた。

「ちょっと、お客さんいい加減に…---」
「そうですね、酔って迷惑してる訳でもないのに、追い出すなんてもってのほかですね」
「ちょ、希帆さん!」
「あ?そ、そうだよ、わかりゃいいんだよ、わかりゃ。じゃあ、ホテル…ーーー」
「なので、私と貴方、どっちかが酔い潰れるまで勝負しませんか?貴方が勝てばホテルでもどこでも行きますし、私が勝てば貴方を迷惑客として追い出します。…どうですか?やりますか?」
「希帆さん!マジ無謀っス!!下戸なのに…!」
「はぁ?下戸のくせに勝負持ち掛けるとか、どんだけだよwww本当は俺に抱いて欲しいんだろ?物欲しそうな顔してるもんなぁ。酔い潰れて最中さいちゅうにゲロ吐くなよ?」

よくもまぁ、そんな汚い言葉が次から次へと出てくるもんだ。
同じ男として反吐が出そうになる。
希帆さんも希帆さんだ。
普段はカシオレだって2杯も飲めやしないのに、どうして勝負なんか…!

「で?やるの、やらないの?」
「っ!…やるよ!!」

それまでの声とは一変して、怒気を含んだ冷たい声に、男がビクリと身体を震わせる。

「木野くん、テキーラショットでお願いね」

希帆さんは男の返事を聞いて、狼狽えているバーテンダーにニッコリと笑顔を向けた。
彼はしばらく希帆さんの目を見つめた後、意を決して奥のキッチンへ向かう。
キッチンの冷蔵庫に冷やしてあるテキーラを取りに行ったのだ。
いつの間にか騒動に聞き耳を立てていたテーブルの女性客が、気遣わし気な視線を希帆さんに送っている。
よく見ると、その女性客はいつも希帆さんに恋愛相談をしている二人だった。
彼女らも希帆さんがお酒が弱いのを知っている。
そんな希帆さんが下品な男とテキーラ勝負なんて勝ち目がないと思っているのだ。
俺だって希帆さんに勝算があるとは到底思えない。
けれど、先ほど盗み見た希帆さんの顔は、不安とは程遠い自信に満ちたものだった。

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