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ハラハラ同居編

オスの昔語り④【大輔視点】

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信じられない。
希帆さんが…、カシオレ1.5杯でへべれけになる希帆さんが…
テキーラをショットで飲み干している。
しかも、次で8杯目だ。

「…大丈夫ですか?身体が揺れてますけど」
「……っ、はぁぁぁぁぁぁぁ?…っく……じぇん、じぇん…っく……だいじょ……っく…だしっ!」
「お酒弱いんですね。まだ8杯目ですよ?しゃっくり止まってないし、酔っ払いじゃないですか」
「…っく……じゃねぇ…っく……しっ!」

顔面を真っ赤にしながら左右に大きく揺れている男は、誰がどう見ても酔っ払いで、逆に頬を赤らめもせず飄々とショットグラスを片付ける希帆さんは、まるで素面しらふだ。

「お客さん、これ以上はやめた方がいっスよ」

フラフラの男にお絞りを渡しながら、バーテンダーの彼が仲裁に入る。
それでも醜態を晒し続けているその男は、小さな声で「まだやれる」と抵抗した。

「急性アル中なられても困るし…どーしたらいっスかね?希帆さん」
「だる。マジだる。超めんど。ほんと最低。結婚式とかマジで行かなきゃ良かった。ご祝儀も吹っ飛んでったし、こんな男の相手しなきゃだし。めんど。帰りたい。だる」

希帆さんがブツブツと小言を言いながらカウンター席を立つ。
しっかりとした足取りでテーブル席まで歩くと、くるりと振り返り、両手を広げた。

「さ、ここまで歩いて来て下さい♡私を捕まえられたら貴方の勝ちって事で良いですよ♡好きにしてください♡」

まるで大輪の花が咲き開くような顔をして、半ば意識を飛ばしている男に優しく呼びかける。
その声に素早く反応した男は、ゾンビを思わせる足取りで希帆さんに向かう。

一歩、二歩、そして三歩…

三歩目を地面につけるや否や、彼の身体は大きく傾いだ。
そのまま長い手足とその長身を大の字にして、男が床に寝っ転がる。

「…このまま永遠に目を醒まさなきゃ良いのに」

だらしなく肢体を投げうって、阿保みたいに寝息を立てる男を見下ろしてから、希帆さんがボソリと呟く。
男を見下ろす希帆さんは、よく研がれたナイフのような目をしていた。

「お水、くれる?」

ツカツカとカウンターまで戻って来た希帆さんは、いつもと違う怜悧れいりな表情で、倒れた男を介抱しようと駆け寄ったバーテンダーの彼に短く希望を伝える。

「あ、えっと…」
「すぐに回収に来るから、その男はそのまま寝かしてて大丈夫」
「っス」

背筋をしゃんと伸ばしてカウンターに座る希帆さんは、アルコールが入ったなんて全く思えない。

「お待たせしました!…希帆さん、めちゃめちゃお酒強いんスね!!!」
「にゃははは」

ようやく相貌を崩した希帆さんは、透明な液体が入ったグラスを受け取ると一気に飲み干した。
グビリ、グビリ、と水が喉を通り落ちる音が俺の耳にまで届く。


チリ、チリーンッ

乱暴に扉を開け放たれて、来客を告げるベルが幾分か忙しない音を出す。
息を切らして入って来た男は、喉を潤して一息ついている希帆さんを見つけるや否や、飛び掛かるようにして駆け寄って来た。

「希帆!無事か?」
「おん?りゅうにぃ、おっそいよぉ!きほちゃん、まちくたびれちゃったんらから~~~~」
「うぇ……おい、希帆はだいぶ飲んだのか?」

ケタケタと笑う希帆さんを抱き留めて、バーカン内に立つ彼にその男性が問いかける。

「テキーラをショットで7杯…あ、8杯目まで飲み干してるっス、希帆さん」

彼は男性の気迫に押されて、カウンターのグラスに目を彷徨わせながら、なんとか正確な数字を伝えた。
希帆さんは男に話しかける前に8杯目のショットグラスを空にしていたのだ。

「うげぇ…。そんなん飲んだら、ぜってぇ暴れるだろ、希帆…」
「きほちゃん、いいこよ~♡らから、あばれないもん!ねぇねぇ、りゅうにぃ、だっこ、だっこぉぉ♡」
「はいはい。お前、酔ったら相変わらずだなぁ」

面倒臭そうに返事をするものの、目尻が下がりっぱなしのこの男性は誰なのだろう。
歳の頃は30代後半?希帆さんよりも年上だと思うが若々しく、希帆さんと同い年にもみえる。
立派な体躯で、しな垂れかかる希帆さんをしっかり支えていた。
少し強面こわもてではあるが、盛大に相貌を崩しているせいであまり怖くない。

「や!りゅうにぃ、ちゃんとだっこしてぇ!きほちゃん、がんばったのに!!げひんなおとこに、かららさわられて、いやなこといわれても、がまんしたのに!!!」

ぷぅっ、と両頬を膨らませて男性に迫る希帆さんは、さながら5歳の駄々っ子だ。
先ほどまでの希帆さんが幻のように思えた。

「ぁあ゛?身体を触られただぁ?あの男にか?どこ触られたんだ、消毒しねぇと!」
「いーから、だっこぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「ふぐっ」

慌てて立ち上がった男性の鳩尾みぞおちに、強烈なタックルをお見舞いした希帆さんは、スリスリと男性に身体を摺り寄せている。

「お…まえ…。ほんと、酔ったら本能のままに動くのな…」

既に乱れてバラバラの髪を、更にもみくちゃにしながら、男性は希帆さんの頭を優しく撫でた。
その男性の手に撫でられるに任せている希帆さんは、ゴロゴロと喉を鳴らしそうな勢いだ。

「りゅうにぃ、だいすきーー♡たすけにきてくれて、ありがとうねぇ♡」
「どーいたしまして。全然間に合ってねぇけどな。これでもお前のLIME見て直ぐに駆けつけたんだぞ?」
「どぅふふふふ♡きほちゃん、あいされてるぅぅぅ!!」
「いたた…暴れんなって」

酔いが回って来たらしい希帆さんは、男性の腕の中で活きの良い魚のようにビチビチと跳ねて男性の腹に頭をしこたま打ち付けている。
男性の言葉で、希帆さんが先ほどスマフォを操作して連絡を取っていたのは彼なのだと思った。

この男性は希帆さんの何なのだろう。
希帆さんが随分と甘えているところを見ると彼氏なのだろうか。

彼氏、という響きに、背筋がゾワリと粟立つ。

龍臣タツオミさんっ!希帆ちゃんは…っ」

開けっ放しのドアから慌てた様子のマスターが顔を出す。
遅れてもう一人、今希帆さんが抱き着いている龍臣と呼ばれた男性と同じ年頃の男性が入って来る。

「見ての通り、出来上がっちまってるよ。テキーラ8杯だと」
「えぐ…。なんでこんなことに…」
「希帆からのLIMEによれば、結婚式でその男に目ぇつけられて、この辺追いかけ回されたんだと。んで、ここに避難してるうちに……ん?何で酒なんて飲んでんだ?…ヲイ!そこのお前、何でこんなことになってんだよ!?」

鋭い眼光を向けられたバーテンダーの彼は、可哀想な位に身体を縮めてしまう。

「んもぉっ!りゅうにぃ、どなっちゃダメでしょ!」
「どぁっ!…こ、こら、希帆!急に動くなって…」

男性の怒鳴り声に機敏に反応した希帆さんは、男性の腰元に回していた腕を、首にガッチリと回してグイッと立ち上がった。
恋人同士のキスの距離で男性の顔面を捕らえた希帆さんは、どこか妖艶に微笑んでいる。

「ね?りゅうにぃ、いいこだから、おこらないの!おこったら、きのくんがビックリするでしょ!!」
「…はー。はいはい、分かった分かった。怒って悪かったよ」
「にゃはは♡えらいねぇ、りゅうにぃ♡じゃあ、はい!いいこ、いいこのチュー♡」

そう言うと希帆さんの口が男性の頬に寄せられる。
男性の顔はデレデレに崩れて、元に戻りそうになかった。

これって恋人同士のイチャイチャなんだろうか…。
元カレの『大輔』が忘れられない希帆さんは、もう居ないのだろうか。

そう思いながら、その異様な光景に目を奪われていると、男性の頬にキスを繰り返す希帆さんが、おもむろに男性に、猿のように身体を巻きつけ始めた。
男性の首にガッチリと回した腕で宙に浮き、その両足を男性の腰元に巻きつけたのだ。
そうするとワンピースを着ている希帆さんの足は広く露わになり、少し丈の短いスカートが捲り上がって、下着まで見えそうになっていた。

「ちょ、ちょ、ちょ!待て!!希帆!!!このままじゃパンツが見える!!!!い、一回降りろ!何でこんな丈の短けぇスカート穿いてんだよ、お前!!」
「にゃははは!おかね、ないから、わかいころの、きたー♡」

顔面崩壊し散らかしていた男性が、真顔になり酷く慌てている。
そんな二人の元に、三富さんの後に店に入って来た男性が静かに近寄った。

「希帆、お前相変わらず良い尻してんのな」
「ヲイ!こら!!逸弥イツヤどこ見てんだ!!散れ!んの野郎!!」
「触らねぇだけマシだろ」
「にゃははは!イツくん、きょうもイケメンだねぇ♡」
「希帆、こいつと喋るな!!妊娠するぞ!!!」
「過保護な兄貴で大変だなぁ、希帆。いつでも攫ってやっから声掛けろよ」
「にゃははははは!!イツくんは、おもしろいじょーらん、いうねぇ」

楽しそうに笑い声をあげる希帆さんをよそに、店内の空気は騒然と、重苦しく、それでも夜は粛々と更けていった。

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