ドSな銀髪美人は復讐と、恋人の愛を両天秤にかける

液体猫(299)

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捕らわれたアレン

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 アレンのことを知らないはずの少女レナ。けれど彼女はアレンの名、そして姿すら知っていた。アレンからすればそれは奇妙なこと。
 いぶかしげに少女を見れば、レナは悦った様子で頬を赤らめていた。

「ああー。こんなところでお会い出来るなんて……運命ですわ」

「は?」

 いったい、何を言っているのか。困ったアレンとハワードは顔を見合せた。
 
 レナはくすくすと、怪しく笑う。そして二人へと近づいていき、アレンへと腕を伸ばした。
 そのときだ。耳をつんざくような何かが少女の方から聴こえてくる。それはレナを取り囲むかのような、あまたの人間の悲鳴そのもの。阿鼻叫喚あびきょうかん魑魅魍魎ちみもうりょうという異国の言葉が浮かぶほどだ。
 悪魔のように囁く声と、それを裏づけるような数多くの悲鳴。それらが、レナという少女の異質さを表していた。
 そしておかしなことがもう一つ。直前までは、人々の活気に溢れていたはずの声が消えていた。周囲を見渡せば建物はあるけれど、アレンたち三人以外の気配がなくなっている。
 空は暗黒に満ちていて、すべてが白黒だけの世界に成り果てていた。
 
 (な、んだこれは!? これではまるで、非現実的な……)

 この世界では魔法というものはある。けれどそれを使える者は殆どいなかった。貴族でもあり、美しいアレン。彼ですらそのような力は持っていない。
 持つ者はただ一人──

「レナ嬢、君はいったい……」

 どんな怪我や病気も治せると言われている治療魔術の使い手、レナだけだった。
 アレンは取りこまれまいと、彼女から視線を逸らそうとする。けれどおかしなことに体や視線という、あらゆるものが言うことを聞かなくなっていた。
 
「──ふふ。ようやく、捕まえた。私だけの、本物の王子様」

 彼女の黒い瞳が、みるみるうちに深紅へと染まっていく。周囲に吹く風の温度が低くなり、レナという少女の髪をばさつかせた。
 白く、傷一つない指先で、アレンの頬に触れる。瞬間、レナからは女性とは思えないような低い声が放たれた。

「眠りなさい。私だけの、アレン様」

「……っ!?」 

 不思議とその声は、アレンの脳に直接届く。彼は頭痛や吐き気、目眩すら覚えた。やがて妙な眠気すら襲ってきて、意識が朦朧もうろうとしてしまう。
 そして……
 隣で青くなりながらアレンの名を呼び続けるハワードの姿を最後に、彼の意識は完全に途絶えてしまった。

「アレン!?」

 前方に倒れこむアレンを、ハワードは受けとめようとする。けれど……

「……っ!?」

 彼女を覆っていた黒い何かが、数名の男へと姿を変えた。そしてその男たちにアレンは受けとめられ、横抱きにされてしまう。

「な、何を……アレンを離せ!」

 ハワードはありったけの力を拳に乗せ、アレンを奪おうとする男へと振り下ろした。けれど男は霧のように消えては、彼の後ろへと姿を見せる。

「……っ!?」

 何度も拳で応戦するが、結局当たることはなかった。
 そして、いつの間にか黒い何かで馬車が作られていることに気づく。黒い男たちはレナの命令で、馬車へと向かった。
 気を失ったアレンを馬車に乗せ、レナもまた、同席する。

「……ま、待て! アレン!」

 ハワードの声も空しく、馬車は少しずつ動き出した。彼はそれを必死に追いかけていく。

 その最中、馬車の窓からレナが顔を出した。ハワードに笑顔を送り、静かに「い・や」と、拒否をする。

「君はなぜ、こんなことを……っ!?」

 ハワードの声は闇に呑まれ、かき消されてしまった。息を切らしながら、地面を蹴って追いすがる。手を伸ばすけれど、馬車の常識を逸脱いつだつしている速度には追いつけるはずもなく。だんだん距離が離れていってしまった。

「アレン! くそっ! 待て!」

 空を切るだけの声は馬車に届くことはない。

 すると窓から顔を出しているレナが、深紅の瞳を怪しく光らせた。
 その瞳に見つめられた瞬間、ハワードは冷や汗を流す。全身からゾワリと押しよせてくる悪寒が、彼の体の動きをとめてしまった。

 (この女……どう考えても普通じゃない。アレンを、どうするつもりだ!?)

 馬車は彼の思考など知りもせずに、ハワードの前から霧の中へと消えていってしまう。

 残された彼は息を切らしながら、ガタガタと震える膝に無理やり力を入れて立った。唇を噛みしめ、拳をギュッと握る。

「レナ嬢、君はいったい何者なんだ……」 

 見えなくなった馬車に乗せられた愛しい人、アレンの姿が脳裏に過った。
 失ってはいけない、大切な人。
 意識を失い、人形のように動かなくなった美しくて儚い恋人。気高く、気品溢れる姿勢で、いつも隣に立ってくれていた。
  
 (目つきも悪くて口下手な俺を怖がることもなく、愛していると言ってくれた。ときどき子供のような悪戯をするけれど、その姿も愛らしくて……)

 見た目のせいで友だちにも、家族にすら怯えられていた日々を救ってくれていたのは、他ならないアレンだった。
 初等部に入学したときも、誰も声をかえてはくれなかった。遠巻きにヒソヒソされ、少し見ただけで睨まれていると、泣かれてしまう。

「……あのまま、ずっと一人。そう、思っていた」

 けれどそんな孤独な日々に、アレンという少年は光を与えてくれた。「目つきが悪い」だの「もっとハキハキと喋れ」だのと、言いたい放題。容赦のない言葉で、ハワードに立ち向かってきた。
 当初、ハワードはアレンを少し変わった少年としか思っていなかった。

 (女の子のようにきれいで、誰とでも仲良くなれる。人当たりがよくて、頭もいい。そんなアレンが俺みたいな嫌われ者に、毎日のように声をかけてきたっけ)
 
 ふっと、思い出し笑いをする。
 近くにあるベンチに座り、乱れた呼吸を整えた。息を思いっきり吸う。両目を閉じ、はあーと盛大に息を吐いた。

「俺のどこがよかったのか。それを聞く度に、アレンは笑って誤魔化す。だけど……」 

 一度だけ、そうなのだろうと思わせるような答えをくれたことがあった。アレンが屑皇子に辱しめられた日の翌日、彼は無理やり微笑みを作ってこう言う。

『──ハワードは俺のために、あの男を殴ってくれんだろ? ありがとう。やっぱり君は、一番大好きな友だちだよ』

 苦しいはずなのに。泣きたいはずなのに。その悔しさを閉じこめて、俺に笑顔を見せていた。強がってばかりで本音を言わない。
 それがアレンという、ハワードが好きになった人だった。

「……ここで、こうしていたって何も変わらないよな」

 パチンっと、両頬を強くたたいて気を引きしめる。立ち上がり、アレンならこういうときはどうするだろうかと考えた。

「彼ならきっと……協力できる相手を探すはず!」

 間近でアレンの手腕を見てきたからこそ、冷静に次の一手を打てるのだろう。
 アレンという冷静な頭脳派の彼は、どんなときでも手を組める人を求めていた。皇子に体を暴かれてしまったときも、両親が殺されたときですら、彼はあらゆる手を使って一族を守ってきた。
 そんなアレンだからそこ、ハワードは守りたいとすら思える。そして自分にはないものを持つ者への憧れでもあった。

「そうだ。こうしちゃ、いられない。ルシア嬢に連絡を取って、レナ嬢の行方を探すんだ」

 大切な人を助けるために、彼は遂に自ら動くことを選ぶ。立ち止まる暇などないのだと自分に言い聞かせながら、ルシアのいる屋敷へと赴くのだった。
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