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第一章 王の愛し者
独身を貫く冥界の王
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「──陛下、今日の予定は以上でございます」
数人の家臣が横に並ぶ。
そして家臣のひとりが、両膝を床につけて頭を下げる。両手を漢服の中で組み、畏まった。
家臣の見た目は年老いているけれど、言葉や動きはキビキビしている。そんな家臣が敬意を払うのは玉座にいる青年だった。
「……そうか。ご苦労だった」
無表情で玉座に腰かける端麗な顔立ちの青年は、豪華な椅子の肘かけに片肘を乗せ、老人を見下ろす。
青年の名は全 思風、人が住めぬ國を治める若き王だった。
「私は今から人間界へ視察に向かう。前にも言ったように、その状態の私は王ではない。魏 宇然という、ただの一市民だ」
「心得ました。……それはそうと陛下、何度も言いますが人間界へ出かけるならば、恋人を作るなりなんなり……」
「いらん! そんなものは私には不要。何度言えば理解できるのだ!?」
「し、しかし……鎖の花である番が見つからぬ以上はもう、適当な女性を選ぶしか……」
「くどい! いい加減にせぬか!」
家臣たちを見下ろす全 思風の姿はまさに、美形という言葉が合うほどに整った顔をしている。
腰まで伸びた濡羽色の髪は三つ編みで、艶があった。白と黒の紐を花の形にし、丸い玉で留めた吉祥結びを髪留めとしてつけている。
同じ濡羽色瞳は少しだけつり目だ。美しい凪の眉、高めの鼻や薄い唇。日焼けした肌と合わさり、非常に端麗さが目立つ男だった。
肩幅は広く、黒い漢服の上からでも体格のよさが伺える。
年齢的には三十代か。若々しく見え、仕草には気品があった。
「お前たちが急かす理由は、何となく理解はできる。跡継ぎのためであろう?」
すっと、腰を上げる。スラリと伸びた長い足で歩き、家臣たちの横を通りすぎた。振り向かず、家臣たちに怒気を放つ。
「私は、そんなものはいらぬのだ。必要ない。永遠にも近い時間を過ごす私には、跡継ぎは不要。覚えておくがよい」
王の言葉は絶体。低いけれど、よく通る彼の声に合わせ、窓がビリビリと振動する。
老人は頭を下げたまま「陛下の意のままに」と、冷や汗まみれになって両袖の中で手を合わせた。
他の者たちは怯えながら顔を伏せている。
そんな跪く者たちを目に入れながら、彼はポツリと呟く。
「私が愛してやまないのは、この世でたったひとりだけだ──」
□ □ □ ■ ■ ■
全 思風は城の外へ出ると、大きく背伸びをする。ふあーとあくびをし、腰にある剣の柄を触った。
「剣は外れていないな。……さて、今日も」
明るい声と一緒に笑顔になった。
王座で命令を下していたときとはまるで違う雰囲気を放つ。のんびりとした様子で、重たい空気はひとつも持ち合わせてはいなかった。それでも気品さはなくさずにいるので、高貴さが溢れている。
「人間界に行って、あの子を探そう」
周囲を見渡し、ふうーとため息をついた。
よしっと両頬をたたき、行き先を決める。
──妻はいらない。それは事実だ。だが、実際はそうも言っていられない。王である以上、誰かしらを娶らねばならない。
彼は王だ。同時に、跡継ぎを期待されている。しかし本人は、恋人を作る気すらなかった。
それでも跡継ぎをと、ことあるごとに言われ、辟易する日々が続く。
──体裁は必要だ。嘘でもいいから作っておけば、文句を言われぬだろうからな。だけど……
どこまでも続く暗闇を眺める。大きなため息をついた。そして一言、「あの子以外は、いらない」とだけ口にし、冥界を後にした。
数人の家臣が横に並ぶ。
そして家臣のひとりが、両膝を床につけて頭を下げる。両手を漢服の中で組み、畏まった。
家臣の見た目は年老いているけれど、言葉や動きはキビキビしている。そんな家臣が敬意を払うのは玉座にいる青年だった。
「……そうか。ご苦労だった」
無表情で玉座に腰かける端麗な顔立ちの青年は、豪華な椅子の肘かけに片肘を乗せ、老人を見下ろす。
青年の名は全 思風、人が住めぬ國を治める若き王だった。
「私は今から人間界へ視察に向かう。前にも言ったように、その状態の私は王ではない。魏 宇然という、ただの一市民だ」
「心得ました。……それはそうと陛下、何度も言いますが人間界へ出かけるならば、恋人を作るなりなんなり……」
「いらん! そんなものは私には不要。何度言えば理解できるのだ!?」
「し、しかし……鎖の花である番が見つからぬ以上はもう、適当な女性を選ぶしか……」
「くどい! いい加減にせぬか!」
家臣たちを見下ろす全 思風の姿はまさに、美形という言葉が合うほどに整った顔をしている。
腰まで伸びた濡羽色の髪は三つ編みで、艶があった。白と黒の紐を花の形にし、丸い玉で留めた吉祥結びを髪留めとしてつけている。
同じ濡羽色瞳は少しだけつり目だ。美しい凪の眉、高めの鼻や薄い唇。日焼けした肌と合わさり、非常に端麗さが目立つ男だった。
肩幅は広く、黒い漢服の上からでも体格のよさが伺える。
年齢的には三十代か。若々しく見え、仕草には気品があった。
「お前たちが急かす理由は、何となく理解はできる。跡継ぎのためであろう?」
すっと、腰を上げる。スラリと伸びた長い足で歩き、家臣たちの横を通りすぎた。振り向かず、家臣たちに怒気を放つ。
「私は、そんなものはいらぬのだ。必要ない。永遠にも近い時間を過ごす私には、跡継ぎは不要。覚えておくがよい」
王の言葉は絶体。低いけれど、よく通る彼の声に合わせ、窓がビリビリと振動する。
老人は頭を下げたまま「陛下の意のままに」と、冷や汗まみれになって両袖の中で手を合わせた。
他の者たちは怯えながら顔を伏せている。
そんな跪く者たちを目に入れながら、彼はポツリと呟く。
「私が愛してやまないのは、この世でたったひとりだけだ──」
□ □ □ ■ ■ ■
全 思風は城の外へ出ると、大きく背伸びをする。ふあーとあくびをし、腰にある剣の柄を触った。
「剣は外れていないな。……さて、今日も」
明るい声と一緒に笑顔になった。
王座で命令を下していたときとはまるで違う雰囲気を放つ。のんびりとした様子で、重たい空気はひとつも持ち合わせてはいなかった。それでも気品さはなくさずにいるので、高貴さが溢れている。
「人間界に行って、あの子を探そう」
周囲を見渡し、ふうーとため息をついた。
よしっと両頬をたたき、行き先を決める。
──妻はいらない。それは事実だ。だが、実際はそうも言っていられない。王である以上、誰かしらを娶らねばならない。
彼は王だ。同時に、跡継ぎを期待されている。しかし本人は、恋人を作る気すらなかった。
それでも跡継ぎをと、ことあるごとに言われ、辟易する日々が続く。
──体裁は必要だ。嘘でもいいから作っておけば、文句を言われぬだろうからな。だけど……
どこまでも続く暗闇を眺める。大きなため息をついた。そして一言、「あの子以外は、いらない」とだけ口にし、冥界を後にした。
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