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第三章 波乱の園民宴
※王の宝物
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華 閻李が冥界に住むようになって、いくばかの月日が流れた。
前王の屋敷での一見以来、ふたりの間には妙な壁が生まれてしまっている。全 思風がというよりは少年の方に、だった。
全 思風に、いつものように抱かれる。毎日ではなかったものの、体を重ねていた。
そして華 閻李は彼の優しさと愛を受け入れている。けれど……
「ん、あっ! ……ふっ、あっ」
「……小猫、小猫!」
「あ、んっ、はっ! ひゃう!」
肌がぶつかる音の直後、ドクドクと、ふたりは果てた。それでもなお全 思風は、少年の中へと注ぐことをしない。
華 閻李の体中に、ふたり分の欲がべっとりとついてしまう。
──ああ、まただ。今日も思は、中にだしてはくれない。覚悟が決まらないって言って、いつも僕のお腹の上にする。
悔しさというよりは苛立ち。寂しいのではなく、苦しい。愛してくれているのに、最後の一歩手前で足を止めてしまう。説明され、納得はできていた。それなのに行為のたびに、ついと思ってしまう。考えてしまう。
──大事に想ってくれるのは嬉しいけど、ずっとこんな調子だと……
「……本当に、このままでいいのかな?」
牀の上で、横になる彼を見つめた。
全 思風は華 閻李を抱き枕のようにし、小さな寝息をたてている。端麗な顔立ちの彼は、長い黒髪をほどいてしまっていた。少年の輝く銀髪と絡み合い、妙に艶めかしく見える。
逞しい筋肉を持つ彼の腕や体、頼もしい肩幅。すべてを使って、華 閻李だけを愛し続けていた。
「…………」
──僕、最低だ。思の優しさにつけこんで、自分の意見だけを押し通そうとしてるんだもん。
彼の腕にガッチリと抱きこまれながら、瞳を潤ませた。声を殺して俯く。
ふと、彼の腕の力が強くなった。涙を溜めた瞳で見上げれば、苦く笑んでいる全 思風がいる。
「どうしたの小猫?」
日焼けした彼の肌が少年を包容した。
「…………」
華 閻李は力なく、両目を瞑る。首を左右にふって「何でもない」と、ズキリとする心を隠した。
──思にばかり答えを求めてる。僕自身は……あのことすら、言えてないのに。
素直に、彼からの愛を受けとることができない。それを悔やみながら、全 思風の厚い胸板へと顔を埋めていく。
彼は、それが少年からの甘えだと思ったのだろう。幸せを噛みしめるかのような微笑みを落としていた。
「ふふ。本当に君は可愛いね……って、ああ。そうだ小猫」
何かを思い出した様子で体を起こす。裸のまま牀から降り、鍛え上げられた肉体をあますことなく披露した。床に散らばっている脱ぎ捨てられた漢服を拾い、ゆっくりと重ね着していく。
すべてを着ると、最後に波のようにうねる髪を三つ編みに結い上げた。
「明日、蓮王閣で宴が開かれるんだ。小猫も参加してみないかい?」
「宴?」
少年もまた、生まれたばかりの赤子のような姿になっている。お世辞にも肉づきがいいとは言えない体格だけど、妙な色香を放っていた。髪を耳にかければ美しく、吐息を溢せば艶が生まれる。
「う、うん! そう! 父亲も、小猫に会いたいって言ってるし」
少年の色香に惑わされた全 思風からは、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
華 閻李はそれを無視し、漢服を着ていく。しばらくして靴を履き終え、牀に腰かけた。軋む音を耳に入れながら、宴という言葉の意味を尋ねる。
「堅苦しい集まりじゃないから大丈夫だよ。父亲の気まぐれで催されるだけだから」
いつも突然に発表されるんだと、遠い目をした。
「……ふーん」
「あまり興味ない?」
「うーん……興味はあるけど、知らない人たちも来るんでしょ? 僕、自分から話しかけられないから」
「じゃあ、やめておく?」
無理やり連れていくのは本位ではないのだろう。行きたくないなら、やめておこうと言ってくれた。
「……思、そうはいかないでしょ? 僕はともかく、思は王様なんだよ? 嫌だって言っても、行かなきゃならない」
それが政を先導する者の役目だよと言いながら、彼の耳たぶを少しだけ弄る。すると彼が、少年の手の甲に優しい口づけをした。
身なりを整え終えた少年の美しさと儚さに、とろけたような瞳をする。
「私は、君と離れたくないな。だから君が行かないのなら、私も行かない。王として必要なことだと言うなら、遠慮なくその地位を捨てる」
政よりも華 閻李。國が危機に陥ったとしても、少年さえいれば他はどうでもいい。一生、離れたくはないから。
全 思風は真剣な面持ちで、そう答えた。
愛を囁かれた少年は一瞬だけ目を丸くする。ふふっと儚げに笑んだ。彼のわがままに、しょうがないなとため息をつく。
「そんなこと言われたら、僕も行かなきゃならないじゃない」
「ふふ。ついてきてくれるのかい?」
少年の心を読みとったのか、彼は晴れやかな笑顔を見せた。
前王の屋敷での一見以来、ふたりの間には妙な壁が生まれてしまっている。全 思風がというよりは少年の方に、だった。
全 思風に、いつものように抱かれる。毎日ではなかったものの、体を重ねていた。
そして華 閻李は彼の優しさと愛を受け入れている。けれど……
「ん、あっ! ……ふっ、あっ」
「……小猫、小猫!」
「あ、んっ、はっ! ひゃう!」
肌がぶつかる音の直後、ドクドクと、ふたりは果てた。それでもなお全 思風は、少年の中へと注ぐことをしない。
華 閻李の体中に、ふたり分の欲がべっとりとついてしまう。
──ああ、まただ。今日も思は、中にだしてはくれない。覚悟が決まらないって言って、いつも僕のお腹の上にする。
悔しさというよりは苛立ち。寂しいのではなく、苦しい。愛してくれているのに、最後の一歩手前で足を止めてしまう。説明され、納得はできていた。それなのに行為のたびに、ついと思ってしまう。考えてしまう。
──大事に想ってくれるのは嬉しいけど、ずっとこんな調子だと……
「……本当に、このままでいいのかな?」
牀の上で、横になる彼を見つめた。
全 思風は華 閻李を抱き枕のようにし、小さな寝息をたてている。端麗な顔立ちの彼は、長い黒髪をほどいてしまっていた。少年の輝く銀髪と絡み合い、妙に艶めかしく見える。
逞しい筋肉を持つ彼の腕や体、頼もしい肩幅。すべてを使って、華 閻李だけを愛し続けていた。
「…………」
──僕、最低だ。思の優しさにつけこんで、自分の意見だけを押し通そうとしてるんだもん。
彼の腕にガッチリと抱きこまれながら、瞳を潤ませた。声を殺して俯く。
ふと、彼の腕の力が強くなった。涙を溜めた瞳で見上げれば、苦く笑んでいる全 思風がいる。
「どうしたの小猫?」
日焼けした彼の肌が少年を包容した。
「…………」
華 閻李は力なく、両目を瞑る。首を左右にふって「何でもない」と、ズキリとする心を隠した。
──思にばかり答えを求めてる。僕自身は……あのことすら、言えてないのに。
素直に、彼からの愛を受けとることができない。それを悔やみながら、全 思風の厚い胸板へと顔を埋めていく。
彼は、それが少年からの甘えだと思ったのだろう。幸せを噛みしめるかのような微笑みを落としていた。
「ふふ。本当に君は可愛いね……って、ああ。そうだ小猫」
何かを思い出した様子で体を起こす。裸のまま牀から降り、鍛え上げられた肉体をあますことなく披露した。床に散らばっている脱ぎ捨てられた漢服を拾い、ゆっくりと重ね着していく。
すべてを着ると、最後に波のようにうねる髪を三つ編みに結い上げた。
「明日、蓮王閣で宴が開かれるんだ。小猫も参加してみないかい?」
「宴?」
少年もまた、生まれたばかりの赤子のような姿になっている。お世辞にも肉づきがいいとは言えない体格だけど、妙な色香を放っていた。髪を耳にかければ美しく、吐息を溢せば艶が生まれる。
「う、うん! そう! 父亲も、小猫に会いたいって言ってるし」
少年の色香に惑わされた全 思風からは、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
華 閻李はそれを無視し、漢服を着ていく。しばらくして靴を履き終え、牀に腰かけた。軋む音を耳に入れながら、宴という言葉の意味を尋ねる。
「堅苦しい集まりじゃないから大丈夫だよ。父亲の気まぐれで催されるだけだから」
いつも突然に発表されるんだと、遠い目をした。
「……ふーん」
「あまり興味ない?」
「うーん……興味はあるけど、知らない人たちも来るんでしょ? 僕、自分から話しかけられないから」
「じゃあ、やめておく?」
無理やり連れていくのは本位ではないのだろう。行きたくないなら、やめておこうと言ってくれた。
「……思、そうはいかないでしょ? 僕はともかく、思は王様なんだよ? 嫌だって言っても、行かなきゃならない」
それが政を先導する者の役目だよと言いながら、彼の耳たぶを少しだけ弄る。すると彼が、少年の手の甲に優しい口づけをした。
身なりを整え終えた少年の美しさと儚さに、とろけたような瞳をする。
「私は、君と離れたくないな。だから君が行かないのなら、私も行かない。王として必要なことだと言うなら、遠慮なくその地位を捨てる」
政よりも華 閻李。國が危機に陥ったとしても、少年さえいれば他はどうでもいい。一生、離れたくはないから。
全 思風は真剣な面持ちで、そう答えた。
愛を囁かれた少年は一瞬だけ目を丸くする。ふふっと儚げに笑んだ。彼のわがままに、しょうがないなとため息をつく。
「そんなこと言われたら、僕も行かなきゃならないじゃない」
「ふふ。ついてきてくれるのかい?」
少年の心を読みとったのか、彼は晴れやかな笑顔を見せた。
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