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第三章 波乱の園民宴

予期せぬ出来事

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 永遠の宵闇が深く続く、冥界の一角。前王の館である蓮王閣レンワンカクでは、数えきれないほどの妖怪たちが中へと入っていった。

 そのなかでも一際目立つふたり組がいる。

 ひとりは妓女のような格好をした美女だ。薄桃色の漢服かんふくを、肩が見えてしまうほどに着崩している。彼女の頭には鹿の角のようなものがあり、下半身にいたっては動物のように毛むくじゃらになっていた。
 
「まさか、若様が妃を連れてくるなんて……わたくしがその女の魂を、直に食ろうてやろうかしら」

 彼女は辟邪へきじゃと呼ばれる妖怪で、冥界に人間の魂を持ちこんでは問題を起こしている。

「あー、やめておけ。若君は、お妃様をたいそう気に入ってるらしい。下手に手を出したら、我らの命が危うい」

 辟邪を戒めるのは革鎧を身につけた、白い牛だった。左手首には亀甲の盾、右手には緑色のほのおを宿すほこを持っている。
 頭が天井についてしまうほどの巨大で、一歩歩けば地響きが鳴るほどだ。

「何よ、閻魔えんま。わたくしよりも人の魂を奪うのがちょっと上手だからって、いい気にならないでちょうだい!」

 辟邪が気性の荒さを顕にする。閻魔と呼ぶ大きな牛を睨みつければ、ふんっとそっぽを向いた。
 
 閻魔は巨大な見た目に反し、気が弱い様子。彼女に睨まれただけで、しょんぼりしてしまう。

「若様も若様だわ。突然、明日蓮王閣レンワンカクに来い! だなんて連絡よこして。十二妖魔で時間の都合がついたのなんて、わたくしとあんただけなのよ!?」

「ま、まあまあ。若君の気まぐれは、今に始まったことじゃないし……」

 どうやら彼らは、高い地位に君臨しているようだ。その証拠に、ふたりの姿を見かけた瞬間、妖怪たちが片膝を折ってひれ伏していたのだ。

 彼らは堂々と妖怪たちの中心を歩く。やがて階段の前で止まり、左右それぞれに分かれた。
 辟邪へきじゃは右へ。閻魔えんまは左と、階段の横へと背筋を伸ばして立った。
 

『──お集まりの皆々様、此度はおこしくださり、ありがとうございます。それでは前帝猊下げいか並びに、現陛下のご挨拶となります』

 しわがれた声が内部に響く。すると階段を登った先にある左右の扉が開かれ、ふたりの美しい男が顔をだした。

 右側からは蓮王閣レンワンカクの主にして、前王の全 温狼チュアン ウェンランが現れる。彼は漆黒の衣に身を包み、ゆっくりと歩いた。

 右側の扉からは全 思風チュアン スーファンが姿を見せる。しかし彼はいつもの黒い漢服かんふくではなかった。
 長い髪を留める吉祥結びの紐色は朱《あか》になっている。肩、胸、手首などに金色の刺繍が施されているあかの衣だ。凪の眉に端麗な顔立ちそのまに、目元には優しさがにじみ出ている。

 そして隣には、彼よりも頭ひとつ分低い身長の者がいた。彼や全 温狼チュアン ウェンランと比べると、小さく見える。
 頭に桃色の布を被っているため、顔は見えない。けれど全 思風チュアン スーファンと同じあかの婚礼衣装だということが、誰もがわかった。
 後ろには老人の姿をした妖怪がいて、布の先が床につかないように持ち上げている。

 全 思風チュアン スーファンは隣にいる者の手を握り、ゆっくりと進んだ。

 シャラン、シャラン……

 彼に優しい眼差しを送られている人物が歩くたびに、鈴の澄んだ音色が響いた。

 ふたりが歩き終わると、階段の上でとまる。
 全 温狼チュアン ウェンランは彼らの後ろに並び、扇子で口を隠していた。



 皇族のふたり、そして妃であろう者の姿を目の当たりにした妖怪たちは、わぁと歓喜する。

 瞬間、全 思風チュアン スーファンが片手を上げた。
 妖怪たちは慣れた様子で口を閉ざし、一斉に片膝をついて頭を下げる。階段の下にいる辟邪へきじゃたちも両手を合わせ、膝を折った。

「──皆、私の祝いごとに参列してくれて感謝する」

 全 思風チュアン スーファンの強く、低い声が走る。顔をあげろと言えば、妖怪たちはホッとした様子で階段の上に視線をやった。
 妖怪たちの期待を一身に受けているのは、彼や前王ではない。全 思風チュアン スーファンの妃となる人間だった。

「…………」 

 全 思風チュアン スーファンは、ふっと微笑する。そして隣に立つ者の布に手を伸ばし、静かに取っていった。
 
 けれど──

 妃に会える喜びに満ちた空間となる。ただ、それは一瞬だった。
 妖怪たちからあっという間に笑顔が消える。ざわつきはじめ、誰もが動揺していった。妖怪たちの目が節穴だったのか。そう思えてしまうほどに、あり得ないことが起きていた。なぜならそれは……

「え!? あ、あれがお妃様!?」

「おいおい、どういうことだ!? 昨日見た人間と、全然違うじゃないか!」

 婚礼衣装を着ていたのは、どこをどうとっても男とわかる顔立ちをした人間だった──
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