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来訪者
暗雲
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初のお披露目を終えた日の夜、ふたりは蓮王閣の部屋で休んでいた。
全 思風は部屋の中心にある丸い机の上をきれいに拭き、包子や炒飯などを置いていく。その量たるや異常で、到底ふたりでは食べきれないほどだった。
けれど彼はニコニコとしながら、愉しそうに鼻歌を披露している。
「──小猫! ご飯食べよう」
弾んだ声をあげた。はたから見てもわかるほどに彼の頬は緩み、目尻は下がっている。
──ああ。早く小猫作ったご飯、食べたいなあ。宴でも大人気だったみたいだし。私の小猫は料理だけじゃなくて、家事全般が得意だからね。何より可愛いし。
可愛くて優しい。儚げで、庇護欲をそそる。それがどんなに男の心をくすぐるのか。
彼はいつもにまして、鼻の下が伸びきっていた。
そうこうしていると、部屋の奥にある布が動く。布で作られた壁は薄く、影がはっきりと見てとれた。
「もうちょっと待ってて。今、服着てるから」
布の向こう側で動く影は小柄で、とても細い腰をしている。服が肌とこすれる音と合わさり、とても魅惑的な影になっていた。
全 思風は影を凝視しながら喉を鳴らす。口を抑え、視線を逸らしてはチラチラと見ていった。
──んんっ! 布の先からでも、小猫の色香が伝わってくる。最高だ!
嬉しさのあまり、涙を流した。そのとき、布がゆっくりと開かれていく。布を閉じた瞬間、現れたのは沐浴桶だった。少しばかり水が漏れてしまっている。
沐浴桶を背に、華 閻李は朗らかな笑顔になっていた。濡れたままの髪は柔らかい布の中に、すっぽりと埋まっている。
けれど、いつもの朱い外套は着ていなかった。下に着る黒い服のみとなっている。
「小猫、沐浴終わったんだね?」
彼は何事もなかったかのように椅子に座り、心を隠して笑顔になった。
「うん、さっぱりしたよ」
「そう。それはよかった。さあ、食べようか」
向かい合うように座る。
ふたりは微笑み、机の上に山盛りになった食品を口に入れていった。
パリパリとした餃子皮は歯ごたえがあり、中身の肉汁が溢れだす。しゃきしゃきの白菜が入った八宝菜、少しばかり辛みを抑えた麻婆豆腐。他にも、プルプル食感が病みつきになる杏仁豆腐などもあった。
これらはすべて華 閻李の手作り料理となっている。宴で妖怪たちが絶賛していたものも、少年の手作りだ。けれどそれを知るのは彼含む、ごくわずかな者たちだけであった。
「……ねえ小猫、料理は小猫が作りました! って、言っちゃいけないのかい?」
目の前にいる少年を見れば、ご飯を口いっぱいに入れている。栗鼠のように両頬を膨らませ、もっもっと、幸せな笑顔を浮かべていた。
ふと、彼からの熱い視線に気づき、箸をとめる。こてんと、首を横に傾げた。
「ふみゅう?」
「好! 可愛い! ……じゃなくて!」
机から身を乗りだし、少年の顔をじっと見つめる。
華 閻李の大きくて純粋な瞳に吸いよせられながら、それでも必死に理性を保った。強く咳払いをし、席へと戻る。
──私としては嘗めた口を利く連中に、小猫の完璧さを知らしめてやりたい。それなのにさ……
肘を机の上にドスッと置いた。手のひらに顎を乗せ、頬を膨らませる。不機嫌なままに、向かい合う少年をチラッと見た。
美しい銀髪を布の中にしまった少年は、嬉しそうに食事をしている。机の上にあった食品を次々と平らげ、それでもまだ箸をとめなかった。
──この子の胃袋、本当にすごいな。無限だよね。
大量に置かれては一瞬で消えていく料理を見て、苦笑いしかでてこない。それでも愛しい子が幸せならばと、頬を緩ませた。
「小猫、美味しいかい?」
目元が緩む。それでも大切な子を慈しむ心を隠すことなく、幸せを噛みしめていった。
そのとき──
「…………っ!?」
彼の肌に悪寒が走る。
──っこれは何だ!?
口には出さなかった。けれど確かな不安が押しよせていることに我慢がならず、腰をあげる。瞬間、蓮王閣全体を爆発音が包んだ。
全 思風は部屋の中心にある丸い机の上をきれいに拭き、包子や炒飯などを置いていく。その量たるや異常で、到底ふたりでは食べきれないほどだった。
けれど彼はニコニコとしながら、愉しそうに鼻歌を披露している。
「──小猫! ご飯食べよう」
弾んだ声をあげた。はたから見てもわかるほどに彼の頬は緩み、目尻は下がっている。
──ああ。早く小猫作ったご飯、食べたいなあ。宴でも大人気だったみたいだし。私の小猫は料理だけじゃなくて、家事全般が得意だからね。何より可愛いし。
可愛くて優しい。儚げで、庇護欲をそそる。それがどんなに男の心をくすぐるのか。
彼はいつもにまして、鼻の下が伸びきっていた。
そうこうしていると、部屋の奥にある布が動く。布で作られた壁は薄く、影がはっきりと見てとれた。
「もうちょっと待ってて。今、服着てるから」
布の向こう側で動く影は小柄で、とても細い腰をしている。服が肌とこすれる音と合わさり、とても魅惑的な影になっていた。
全 思風は影を凝視しながら喉を鳴らす。口を抑え、視線を逸らしてはチラチラと見ていった。
──んんっ! 布の先からでも、小猫の色香が伝わってくる。最高だ!
嬉しさのあまり、涙を流した。そのとき、布がゆっくりと開かれていく。布を閉じた瞬間、現れたのは沐浴桶だった。少しばかり水が漏れてしまっている。
沐浴桶を背に、華 閻李は朗らかな笑顔になっていた。濡れたままの髪は柔らかい布の中に、すっぽりと埋まっている。
けれど、いつもの朱い外套は着ていなかった。下に着る黒い服のみとなっている。
「小猫、沐浴終わったんだね?」
彼は何事もなかったかのように椅子に座り、心を隠して笑顔になった。
「うん、さっぱりしたよ」
「そう。それはよかった。さあ、食べようか」
向かい合うように座る。
ふたりは微笑み、机の上に山盛りになった食品を口に入れていった。
パリパリとした餃子皮は歯ごたえがあり、中身の肉汁が溢れだす。しゃきしゃきの白菜が入った八宝菜、少しばかり辛みを抑えた麻婆豆腐。他にも、プルプル食感が病みつきになる杏仁豆腐などもあった。
これらはすべて華 閻李の手作り料理となっている。宴で妖怪たちが絶賛していたものも、少年の手作りだ。けれどそれを知るのは彼含む、ごくわずかな者たちだけであった。
「……ねえ小猫、料理は小猫が作りました! って、言っちゃいけないのかい?」
目の前にいる少年を見れば、ご飯を口いっぱいに入れている。栗鼠のように両頬を膨らませ、もっもっと、幸せな笑顔を浮かべていた。
ふと、彼からの熱い視線に気づき、箸をとめる。こてんと、首を横に傾げた。
「ふみゅう?」
「好! 可愛い! ……じゃなくて!」
机から身を乗りだし、少年の顔をじっと見つめる。
華 閻李の大きくて純粋な瞳に吸いよせられながら、それでも必死に理性を保った。強く咳払いをし、席へと戻る。
──私としては嘗めた口を利く連中に、小猫の完璧さを知らしめてやりたい。それなのにさ……
肘を机の上にドスッと置いた。手のひらに顎を乗せ、頬を膨らませる。不機嫌なままに、向かい合う少年をチラッと見た。
美しい銀髪を布の中にしまった少年は、嬉しそうに食事をしている。机の上にあった食品を次々と平らげ、それでもまだ箸をとめなかった。
──この子の胃袋、本当にすごいな。無限だよね。
大量に置かれては一瞬で消えていく料理を見て、苦笑いしかでてこない。それでも愛しい子が幸せならばと、頬を緩ませた。
「小猫、美味しいかい?」
目元が緩む。それでも大切な子を慈しむ心を隠すことなく、幸せを噛みしめていった。
そのとき──
「…………っ!?」
彼の肌に悪寒が走る。
──っこれは何だ!?
口には出さなかった。けれど確かな不安が押しよせていることに我慢がならず、腰をあげる。瞬間、蓮王閣全体を爆発音が包んだ。
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