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七本槍
修理進撃
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安治が亀山城の出丸を奪ったことで、亀山城攻防の形勢は一気に羽柴方に傾いた。徹底抗戦の構えを崩さなかった城主滝川新助も、最後は滝川将監の勧告を受け入れ、天正十一年三月三日、亀山城は開城した。亀山城奪取をきっかけに、将監との決戦の機運が高まってきた矢先、柴田勢が越前を出立したと注進が筑前守のもとに届けられた。筑前守は、直ちに軍議を開いた。
「注進によると、総勢五千余騎が、三月七日に越前を出立した。主な面々は、柴田玄蕃亮、前田又左衛門親子、佐久間三左衛門、原彦次郎、徳山五兵衛、金森五郎八、不破彦助。八日には木の本付近に到着。周りに火を放った上で、軍勢を二軍に分けた。一軍の大将を柴田玄蕃として、京海道に向かわせ、もう一軍の大将を佐久間三左衛門として美濃海道に向かわせたようじゃ。」
あたりは重苦しい空気に包まれた。諸将も柴田勢が攻めてくることは分かっていた。しかし、いざその事実を目の前にすると不安がよぎる。しかも、既に北近江にまで至っている。滝川将監が盛り返してこようものなら、挟み撃ちに遭ってしまう。
「さらに京海道を進む軍勢は、北早水村まで焼き払い、美濃海道を進む軍勢は、春照宿まで焼き払ったようじゃ。」
諸将の不安をよそに筑前守は続けた。口を挟む者は一人もいなかった。一体、この危機をどう乗り切ろうというのか。諸将は固唾をのんで、筑前守を凝視した。
「全軍で柴田勢を迎え撃つ。ただし、蒲生忠三郎に一万騎を残し、伊勢に留まらせる。将監の押さえじゃ。」
筑前守は、はっきりと諸将に告げた。殿も勝負に出られたな…。筑前守に侍っていた安治は、筑前守の意図を理解した。修理さえ討てばこの戦は終わる。筑前守はそう踏んだのだ。だから、伊勢の押さえを手薄にしてでも、修理討伐に全力を傾けようというのだ。
「畏れながら、伊勢の押さえが一万では少々心許ないのではありますまいか?後顧の憂いを断つべく、せめて二万は後詰に充ててはいかがでございましょう?」
居並ぶ諸将の不安を代弁するかの如く、羽柴小一郎が申し出た。
「小一郎、弱気になって何とする。」
筑前守は、あたかも諸将を諭すように、小一郎を遮った。
「柴田と滝川の挟み撃ちに遭うのではないかと恐れているのであろう?その思い、わしとて分からぬではない。じゃがの、仮に我が軍を半分に分けて、柴田と滝川に立ち向かうとして、それで勝算はあるか?これで睨み合いが続けば、文字どおり、挟み撃ちじゃ。長引けば長引くほど、我らにとっては不利じゃ。この戦、柴田軍さえ討伐できれば、勝利は我らのもの。何より、修理自身が、我らは軍を半分に分けてくると踏んでいるはずじゃ。我らは、その裏をかく。柴田勢に充てられるだけありったけの兵をぶつける。これ以外に勝算はなかろう。」
「御意にございます。」
策士として知られる黒田官兵衛が大声で答えた。これを聞いた羽柴小一郎も筑前守に頭を下げた。
こうして羽柴軍の方針が定まった。
筑前守を大将とする総勢四万騎が木の本に向け出立した。木の本に着くと、筑前守は軍勢を二軍に分けた。筑前守率いる本体は東の山沿いを進軍し、もう一軍は道筋の西の山沿いを進軍させた。
「甚内、斥候を命じる。先手の筒井にその旨伝え、敵情探ってまいれ」
「畏まりました。」
命じられた安治は、覚兵衛他郎党十名ほどを引き連れ、筒井の陣を訪ねた。
「貴殿が斥候とな。相分かった。こちらからも五十名ばかりの手勢を授ける。よろしくお頼み申す。」
筒井の軍勢五十ばかりを率いた安治は、東の山手に向かって駒を進めた。駒を進めていくと川が見えてきた。川の向こうに敵らしき軍勢も見える。
「覚兵衛、あれに一当たりしてくる。筒井様に増援を頼む。」
「承知仕った。」
覚兵衛が筒井隊に戻るの見届けた後、安治は川を渡ることを全員に命じ、自ら先頭に立った。敵方も安治の動きを察知し、同じくらいの兵を繰り出してきた。
安治は行軍を止め、全員に弓を構えさせた。敵兵が百間ばかりに迫ってきたとき、安治を声を張り上げた。
「放て!」
五十本の矢が弧を描いて、敵兵に降り注いだ。今度は敵方から矢が放たれた。安治も直ちに弓で応戦する。
程なくして、覚兵衛が百五十ばかりの兵を引き連れ戻ってきた。
「殿、筒井様からの増援でございます。また、筒井様が堀様に鉄砲隊の増援を要請されました。直につくはずです。ここは、踏ん張り時でございます。」
「相分かった。一気に攻め入るぞ。」
安治は、槍に持ち替え、敵方に突っ込んでいった。安治らに呼応するかのように敵方も槍を繰り出してきた。安治は、堀体が到着するまで敵を上手くひきつけ、鉄砲で一網打尽にする腹積もりでいた。安治は、じりじりと後ろに下がり、敵方を誘い込んだ。安治の誘いに乗せられ、敵方が一気に押し寄せてきた。丁度そのとき、安治隊の後方から、蹄の音が響いてきた。後方から現れた三百ばかりの兵が、たちどころに敵方を押し返した。
「間に合ったか。」
増援の堀隊が到着したのだ。騎馬隊の後から鉄砲隊も現れた。これで、一気に勝勢に持ち込める。槍を握りしめる安治の手に力がこもった。
ところが、騎馬隊に蹴散らされた敵方は態勢を立て直すこともせず、一目散に逃げ去り、新手を繰り出そうともしてこない。しばらく、逃げ去った方に向かって、罵詈雑言を投げかけ挑発を試みたが、それに乗ってくることは無かった。
「敵は、我らをくぎ付けにするつもりか…。」
柴田軍と滝川軍による挟撃が安治の頭をよぎった。とはいえ、深追いは禁物である。安治はやむなく帰陣することにした。
「注進によると、総勢五千余騎が、三月七日に越前を出立した。主な面々は、柴田玄蕃亮、前田又左衛門親子、佐久間三左衛門、原彦次郎、徳山五兵衛、金森五郎八、不破彦助。八日には木の本付近に到着。周りに火を放った上で、軍勢を二軍に分けた。一軍の大将を柴田玄蕃として、京海道に向かわせ、もう一軍の大将を佐久間三左衛門として美濃海道に向かわせたようじゃ。」
あたりは重苦しい空気に包まれた。諸将も柴田勢が攻めてくることは分かっていた。しかし、いざその事実を目の前にすると不安がよぎる。しかも、既に北近江にまで至っている。滝川将監が盛り返してこようものなら、挟み撃ちに遭ってしまう。
「さらに京海道を進む軍勢は、北早水村まで焼き払い、美濃海道を進む軍勢は、春照宿まで焼き払ったようじゃ。」
諸将の不安をよそに筑前守は続けた。口を挟む者は一人もいなかった。一体、この危機をどう乗り切ろうというのか。諸将は固唾をのんで、筑前守を凝視した。
「全軍で柴田勢を迎え撃つ。ただし、蒲生忠三郎に一万騎を残し、伊勢に留まらせる。将監の押さえじゃ。」
筑前守は、はっきりと諸将に告げた。殿も勝負に出られたな…。筑前守に侍っていた安治は、筑前守の意図を理解した。修理さえ討てばこの戦は終わる。筑前守はそう踏んだのだ。だから、伊勢の押さえを手薄にしてでも、修理討伐に全力を傾けようというのだ。
「畏れながら、伊勢の押さえが一万では少々心許ないのではありますまいか?後顧の憂いを断つべく、せめて二万は後詰に充ててはいかがでございましょう?」
居並ぶ諸将の不安を代弁するかの如く、羽柴小一郎が申し出た。
「小一郎、弱気になって何とする。」
筑前守は、あたかも諸将を諭すように、小一郎を遮った。
「柴田と滝川の挟み撃ちに遭うのではないかと恐れているのであろう?その思い、わしとて分からぬではない。じゃがの、仮に我が軍を半分に分けて、柴田と滝川に立ち向かうとして、それで勝算はあるか?これで睨み合いが続けば、文字どおり、挟み撃ちじゃ。長引けば長引くほど、我らにとっては不利じゃ。この戦、柴田軍さえ討伐できれば、勝利は我らのもの。何より、修理自身が、我らは軍を半分に分けてくると踏んでいるはずじゃ。我らは、その裏をかく。柴田勢に充てられるだけありったけの兵をぶつける。これ以外に勝算はなかろう。」
「御意にございます。」
策士として知られる黒田官兵衛が大声で答えた。これを聞いた羽柴小一郎も筑前守に頭を下げた。
こうして羽柴軍の方針が定まった。
筑前守を大将とする総勢四万騎が木の本に向け出立した。木の本に着くと、筑前守は軍勢を二軍に分けた。筑前守率いる本体は東の山沿いを進軍し、もう一軍は道筋の西の山沿いを進軍させた。
「甚内、斥候を命じる。先手の筒井にその旨伝え、敵情探ってまいれ」
「畏まりました。」
命じられた安治は、覚兵衛他郎党十名ほどを引き連れ、筒井の陣を訪ねた。
「貴殿が斥候とな。相分かった。こちらからも五十名ばかりの手勢を授ける。よろしくお頼み申す。」
筒井の軍勢五十ばかりを率いた安治は、東の山手に向かって駒を進めた。駒を進めていくと川が見えてきた。川の向こうに敵らしき軍勢も見える。
「覚兵衛、あれに一当たりしてくる。筒井様に増援を頼む。」
「承知仕った。」
覚兵衛が筒井隊に戻るの見届けた後、安治は川を渡ることを全員に命じ、自ら先頭に立った。敵方も安治の動きを察知し、同じくらいの兵を繰り出してきた。
安治は行軍を止め、全員に弓を構えさせた。敵兵が百間ばかりに迫ってきたとき、安治を声を張り上げた。
「放て!」
五十本の矢が弧を描いて、敵兵に降り注いだ。今度は敵方から矢が放たれた。安治も直ちに弓で応戦する。
程なくして、覚兵衛が百五十ばかりの兵を引き連れ戻ってきた。
「殿、筒井様からの増援でございます。また、筒井様が堀様に鉄砲隊の増援を要請されました。直につくはずです。ここは、踏ん張り時でございます。」
「相分かった。一気に攻め入るぞ。」
安治は、槍に持ち替え、敵方に突っ込んでいった。安治らに呼応するかのように敵方も槍を繰り出してきた。安治は、堀体が到着するまで敵を上手くひきつけ、鉄砲で一網打尽にする腹積もりでいた。安治は、じりじりと後ろに下がり、敵方を誘い込んだ。安治の誘いに乗せられ、敵方が一気に押し寄せてきた。丁度そのとき、安治隊の後方から、蹄の音が響いてきた。後方から現れた三百ばかりの兵が、たちどころに敵方を押し返した。
「間に合ったか。」
増援の堀隊が到着したのだ。騎馬隊の後から鉄砲隊も現れた。これで、一気に勝勢に持ち込める。槍を握りしめる安治の手に力がこもった。
ところが、騎馬隊に蹴散らされた敵方は態勢を立て直すこともせず、一目散に逃げ去り、新手を繰り出そうともしてこない。しばらく、逃げ去った方に向かって、罵詈雑言を投げかけ挑発を試みたが、それに乗ってくることは無かった。
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