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七本槍
砦
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安治は、柴田勢がまともに戦おうとしない状況を筒井順慶に伝え、その足で筑前守のもとに注進に向かった。
安治の注進を聞いた筑前守は、腕を組んだまま黙り込んだ。さて、殿はどうなさる…。筑前守の答えを、安治はじっと待った。
「甚内、わしがこの目で確かめねばならん。わしの共をせよ。」
そういうなり、筑前守は近習に足軽が纏う、陣笠と胸当てをもってこさせた。
「殿、まさかそのお身なりで行かれますのか!?」
筑前守の変装に、安治は驚きを隠せなかった。
「別に驚くことはあるまい。わしとて、昔はこの姿で槍働きしたものじゃ。お主にだって後れをとるものではないぞ。」
「恐れ入ります。」
「それはさておき、このあたりで小高い山は、行市山であったな。この目で見ておかねばなるまい。甚内、共をせよ。」
筑前守は安治と小姓一人を召し連れ、木の本から余呉川に沿って北に進路をとり、堂木山に入った。堂木山から行市山を臨むことができる。行市山には、三つ引両の旗が見えた。
「玄蕃か…甚内、長居は無用じゃ。木の本に戻るぞ。」
木の本に戻った筑前守は、直ちに軍議を開いた。羽柴小一郎、桑山修理亮といった面々が固唾をのんで筑前守を見つめていた。
「行市山には、佐久間玄蕃が張り付いておる。平攻めを仕掛けたところで容易には落とせまい。とはいえ、玄蕃に背を見せようものなら、たちどころに襲い掛かってくることは必定。よって、我らも賤ケ岳に砦を築く。ここから玄蕃に睨みを利かせる。また賤ケ岳の北の押さえとして、堂木山、東野山、菖蒲山にも出城を築く。何としても、柴田勢はここで食い止めねばならん。早急に取り掛かれ!」
筑前守の一声で、鍬入れが始まった。安治は、筑前守から直々に材木集めを命じられた。安治は、土地勘を頼りに、近隣の山々から大木を切り出した。加えて、柴田勢の焼き討ちにあった寺社に赴き、焼け残った木材、石材を搔き集めた。
ここ長浜は羽柴家に鞍替えした柴田伊賀守の領地だが、それまでは筑前守が長年治め、その間に百姓どもを撫育し、職人たちを手懐けていた。その甲斐もあり、砦の築城は順調に進み、賤ケ岳に堀、土手を備える大きな砦が現れた。時を同じくして、堂木山、東野山、菖蒲山の出城も完成した。
もっとも、柴田勢も羽柴勢の動きは察知していたようで、三月十九日には、柴田修理率いる本隊が柳ケ瀬の中尾山に着陣したとの注進があった。
「甚内、ついてまいれ。巡見じゃ。」
筑前守は再び安治と小姓を引き連れ、賤ケ岳の尾道を登り、味方の要害の普請を隈なく見て回った。
「甚内、ご苦労じゃが、材木集めじゃ。大岩山と岩崎山に出城を築く。」
安治は一瞬耳を疑った。既に四つの出城まで築いた上で、さらに二つも増やすとは。とはいえ、殿には腹案がおありなのであろう。ここで柴田勢に敗れるようなことがあれば、どの道先はない。ここは踏ん張り時か…。
「承知仕りました。」
安治は腹を括って答えた。
安治の必死の努力で材木、石材が集まり、筑前守の下知から二日ばかりで大岩山と岩崎山に出城が築かれた。筑前守は早速軍議を開いた。
「皆の衆、大儀であった。これで柴田勢を迎え撃つことができる。中川瀬兵衛は大岩山を、高山右近は岩崎山を守れ。堂木山の守りは、山路将監、大金藤八じゃ。また、堂木山の上で、蜂須賀彦右衛門尉、木村隼人が待機。そして、賤ケ岳は桑山修理、羽田長門に任す。各々方、防備を怠るでないぞ。」
名指しされた者は、皆その場で平伏した。
「わしは、一旦大垣に戻る。伊勢の動向も気になるからのう。よいか皆の者、今が正念場じゃ。何としても柴田勢はここで食い止めよ。これにて評定は終わりじゃ。一同、たちませい。」
筑前守の一声で、各々持ち場に戻った。評定の場に安治しか残っていないのを確かめると、筑前守が安治の肩に手をかけてきた。
「甚内、材木集め大儀であった。お主はこういう気の利いたことが出来るからの。そこでじゃ、もうひと働きしてもらいたい。堂木山の見張りに行ってこい。修理が動けば、まずここを狙ってくるはずじゃ。よいか、修理を猪武者などと思ってならぬぞ。あの手、この手で仕掛けてくるはずじゃ。少しでもおかしいと思ったら、すぐに知らせよ。」
斥候か…。信頼の証ということにしておこう。
「承知仕りました。」
筑前守の人使いの粗さに多少辟易としながらも、安治は平伏した。
安治の注進を聞いた筑前守は、腕を組んだまま黙り込んだ。さて、殿はどうなさる…。筑前守の答えを、安治はじっと待った。
「甚内、わしがこの目で確かめねばならん。わしの共をせよ。」
そういうなり、筑前守は近習に足軽が纏う、陣笠と胸当てをもってこさせた。
「殿、まさかそのお身なりで行かれますのか!?」
筑前守の変装に、安治は驚きを隠せなかった。
「別に驚くことはあるまい。わしとて、昔はこの姿で槍働きしたものじゃ。お主にだって後れをとるものではないぞ。」
「恐れ入ります。」
「それはさておき、このあたりで小高い山は、行市山であったな。この目で見ておかねばなるまい。甚内、共をせよ。」
筑前守は安治と小姓一人を召し連れ、木の本から余呉川に沿って北に進路をとり、堂木山に入った。堂木山から行市山を臨むことができる。行市山には、三つ引両の旗が見えた。
「玄蕃か…甚内、長居は無用じゃ。木の本に戻るぞ。」
木の本に戻った筑前守は、直ちに軍議を開いた。羽柴小一郎、桑山修理亮といった面々が固唾をのんで筑前守を見つめていた。
「行市山には、佐久間玄蕃が張り付いておる。平攻めを仕掛けたところで容易には落とせまい。とはいえ、玄蕃に背を見せようものなら、たちどころに襲い掛かってくることは必定。よって、我らも賤ケ岳に砦を築く。ここから玄蕃に睨みを利かせる。また賤ケ岳の北の押さえとして、堂木山、東野山、菖蒲山にも出城を築く。何としても、柴田勢はここで食い止めねばならん。早急に取り掛かれ!」
筑前守の一声で、鍬入れが始まった。安治は、筑前守から直々に材木集めを命じられた。安治は、土地勘を頼りに、近隣の山々から大木を切り出した。加えて、柴田勢の焼き討ちにあった寺社に赴き、焼け残った木材、石材を搔き集めた。
ここ長浜は羽柴家に鞍替えした柴田伊賀守の領地だが、それまでは筑前守が長年治め、その間に百姓どもを撫育し、職人たちを手懐けていた。その甲斐もあり、砦の築城は順調に進み、賤ケ岳に堀、土手を備える大きな砦が現れた。時を同じくして、堂木山、東野山、菖蒲山の出城も完成した。
もっとも、柴田勢も羽柴勢の動きは察知していたようで、三月十九日には、柴田修理率いる本隊が柳ケ瀬の中尾山に着陣したとの注進があった。
「甚内、ついてまいれ。巡見じゃ。」
筑前守は再び安治と小姓を引き連れ、賤ケ岳の尾道を登り、味方の要害の普請を隈なく見て回った。
「甚内、ご苦労じゃが、材木集めじゃ。大岩山と岩崎山に出城を築く。」
安治は一瞬耳を疑った。既に四つの出城まで築いた上で、さらに二つも増やすとは。とはいえ、殿には腹案がおありなのであろう。ここで柴田勢に敗れるようなことがあれば、どの道先はない。ここは踏ん張り時か…。
「承知仕りました。」
安治は腹を括って答えた。
安治の必死の努力で材木、石材が集まり、筑前守の下知から二日ばかりで大岩山と岩崎山に出城が築かれた。筑前守は早速軍議を開いた。
「皆の衆、大儀であった。これで柴田勢を迎え撃つことができる。中川瀬兵衛は大岩山を、高山右近は岩崎山を守れ。堂木山の守りは、山路将監、大金藤八じゃ。また、堂木山の上で、蜂須賀彦右衛門尉、木村隼人が待機。そして、賤ケ岳は桑山修理、羽田長門に任す。各々方、防備を怠るでないぞ。」
名指しされた者は、皆その場で平伏した。
「わしは、一旦大垣に戻る。伊勢の動向も気になるからのう。よいか皆の者、今が正念場じゃ。何としても柴田勢はここで食い止めよ。これにて評定は終わりじゃ。一同、たちませい。」
筑前守の一声で、各々持ち場に戻った。評定の場に安治しか残っていないのを確かめると、筑前守が安治の肩に手をかけてきた。
「甚内、材木集め大儀であった。お主はこういう気の利いたことが出来るからの。そこでじゃ、もうひと働きしてもらいたい。堂木山の見張りに行ってこい。修理が動けば、まずここを狙ってくるはずじゃ。よいか、修理を猪武者などと思ってならぬぞ。あの手、この手で仕掛けてくるはずじゃ。少しでもおかしいと思ったら、すぐに知らせよ。」
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